学校生活の始まり
明日香と梓は華陽の提案を呑んで、華陽の通う学校に入れてもらうことにした。どうやら、華陽自身はかなり学校でも上の立場にいるらしく、学校に着いてしばらく待つとすぐに寮の準備がされていた。
明日香たちの部屋は相部屋になっていて、華陽の心遣いに感謝したが、
「やっぱ…こうなっちゃうよね…」
明日香がうな垂れている原因は、
「あ~す~かっ♪お風呂は~いろっ♪」
もちろん、相部屋だと分かってから終始ハイテンションの梓である。どうしようか処理に困り、どこかに埋めようとしたが、二人で登録されている以上そんなこともできない。
どうしようか本気で困っていると、
「えっと、御影さんと藤堂さん…ですよね?」
扉が開いて、気の弱そうな女性が顔を覗かせてくる。明日香はそれに頷くとその女性はほっと息を吐いて、
「よかった…あってましたか…私はこの学園の教師をやっています壱月 優です。どうか、お願いしますね」
そう言って腰を折る優に二人は少し驚きながら、明日香たちは優の話を聞くと、明日は授業には出ず実力を試すらしい。それから、クラスを決めて授業を受ける。と優が言っていた。
「それでは、12時に一斉に消灯しますので。明日は9時半に体育館に来てください。朝食は7時から食堂で食べられますので、それではおやすみなさい」
優が部屋の扉を閉め、再び二人きりになると。
「さぁ、明日香…お風呂、一緒にはいろ?」
明日香は観念して、一緒にお風呂に入ることにした。
「おはよ、お姉ちゃん…」
梓はあの後、結局お風呂だけでは飽き足らず、いろいろと明日香にやったお陰で寝る時間が結局3時になってしまう、という事態になった。
そのため、盛大に寝不足の明日香、とは対照的に。
「おはよ~明日香♪」
つやつやだった。完璧なまでに、まるで明日香から生気を吸い取ったかのように梓は元気いっぱいだった。
「うぅ…おねえたん、許さない…」
「噛んだ明日香も可愛い~♪」
寝不足の明日香にはとことん不運だが、そのまま寝ぼけ眼をこすりながら洗面所に行き、意識を無理やり覚醒させる。
「んっ…ふぅ、よし…もう大丈夫」
本調子に戻した明日香はぐだぐだの部屋着から着替え、この学校の制服に着替える。華陽の着ていた服と同じ、黒と赤の制服と、白のラインの入ったプリーツスカートだ。
梓も同じように着替えながら、
「あれ?明日香、おっぱい大きくなった?」
梓のセクハラまがいの発言に明日香は頭を抱えて、
「気のせいだよ…結局お風呂にも一緒に入ったんだから分かるでしょ?」
「いや…だって、言わなきゃいけないじゃん?」
何に対してだ…と考えながら、明日香は着替え終える。梓もそんな事を言いながら着替えを終えていた。
「それじゃ、ご飯食べに行こっか」
明日香達が食堂に行くと、そこはすでにかなりの賑わいがあった。明日香達はどこか座れる場所がないかと考えていると、ちょうど前の集団が食事を終えたようで、席が開いたのでそこに座らせてもらった。
「お姉ちゃんは私と一緒でいいんでしょ?」
「ええ、それでいいわよ♪」
明日香は梓のその答えにやっぱり…と言いながら明日香は列に並ぶ。朝だが、明日香はカレーを選ぶ。
香辛料の力で朝を乗り越える明日香の切実なメニュー選びだ。
「あら、ごめんなさい」
明日香の肩にぶつかった少女が謝ってくる。明日香も不注意によるものだし、謝ろうとしたが、
「あれ…?」
その姿はどこにもなく、探そうとしたがその姿はどこにもなく列の後ろから、早く行けとばかりの視線が飛んできたので、明日香はささっと料理を貰って梓の元へと戻ると、
「……お姉ちゃん、その人誰?」
見知らぬ少女と食事をとっていた。
何故か、その少女の雰囲気はほかの生徒とは違い、周りの空気に溶け込んで自分の気配を敢えて消しているようなそんな感じがとれた。少女がこちらを向くと、
「あれ…さっきの…」
少し癖のある特徴のある声だった。そして、その声はつい先ほど聞いたことのある声であると、明日香は気づく。
「あ、さっきぶつかった人?」
少女はこくりと頷く。明日香はそれを聞いて改めて少女に謝って自己紹介をする。
「私は御影明日香。よろしくね」
「…深月 詩緒、S教室に居るから…何かあるなら、呼んで……」
詩緒はそう言って席を立つ。そして、眼を離すといつの間にかその姿が消えていた。
その後時間を見ると8時を指していたため、急いで食事を済ます。そして、体育館に向かうのだが、残念なことに、二人とも場所を優に聞いていなかったのだ。
そして、明日香は梓と居ると何故か方向音痴になってしまうため、この広い学園の中の体育館を1時間ほどで見つけられるのか不安になっていたら、
「……あったわ」
「……あったね」
食堂を出て突きあたりに体育館とでかでかと文字が書いてあった。
制服のままでもいいのだろうかとか考えながら、扉をあけると既に優が中で準備をしているようだった。明日香たちに気付いた優がこちらにやってきて、
「あれ、お二人とも早いんですね。どうします?用意はできていますけど…」
体育館、と言ったが実際の中身は体育館というよりも屋内戦闘施設、と言ったほうが近かった。とは言っても、それなりに体育館としての機能も要しているようで、目を走らせて見ればバスケットゴールや何かの球技で使うネットも置いてあったりした。
「用意出来てるなら、早めにやっちゃう?」
梓が明日香に問いかけると、一瞬迷った後に頷く。優もそれに答えて、用意を始める。
「じゃ、はじめちゃいますね~」
優がタブレットを操作すると、体育館の中央で透明な壁が作られて仕切るような形になり、優は右側に明日香たちは左側にずれる。
仕切られてると、スピーカーから優の声が聞こえてきて、
『一応聞いておきますけど…通常の魔力検査でも問題ないですよ?わざわざ実技で決めることもないというか…』
実力を決める方法は実は二通りあるのだ。明日香達が行おうとしている実技の成績によるクラス分け、もう一つは魔力検査による潜在能力を加味してのクラス分け。この二つなのだが、それぞれに長所と短所がある。実技の方はその名の通り、戦闘での技量を図る。もちろん、戦闘系の能力で無い場合は、別のやり方があるのだが明日香達はバリバリの戦闘系なので割愛する。これの長所は実力を目で確かめることができること、そしてその場で判定が出せることだ。
魔力検査は専用の機材を使い、対象の現在使用な魔力、使える魔法の種類、そして潜在的に眠っている魔力を計り、それをもとにクラスを分ける。こちらは多少時間がかかる代わりに潜在量といった戦闘では計れないものまで計ることができるが、
「実技でいいよ。だって早く決めちゃいたいし」
明日香は伸びをしながら、優に向かって言う。といっても、壁越しなので聞こえるのはモニターを通した声なのだが。
『分かりました…それではどのレベルを指定するんですか?』
実技にはそれぞれクラスに応じたレベルがある。上位のクラスであればあるほど、戦うことになる相手も強さを増す。明日香は勿論。
「一番強いので!」
『ほ、ほんとにいいんですか!?怪我しても知りませんよ!?自己責任ですからね!!』
優が、明日香の言葉に投げやり気味に答えてコンソールを操作する。すると、空間がブレ、四足歩行の獣が現れるが、通常のそれとは違い、黒々とした体毛と血走った深紅の眼、あらゆるものを食い千切らんとばかりの獰猛な牙、そして凶悪な鳴き声。犬とも言えなければ、狼とも言えない醜悪で凶悪な生き物。おそらくこれが呪獣なのだろう。それが、明日香の回りに数十と現れた。
『式神の使用は許可しますので、準備ができたら合図、お願いします』
式神、使い魔、どれも似たようなものだが、明日香のそれに当たるのは、緋焔や闢零だろう。
明日香は二人を呼び出すと、壁の向こうの優が驚いているのを見つける。この世界では人の姿をとれる式神というのはかなり位が高いのだ。それが二人も出てくれば驚きもする。
「今回、式神…つまり、緋焔と闢零は使っていいらしいけど…どうしよっか?」
そのどうしよっか?は、自分だけで戦うか、それとも三人で戦うか、といったところだろう。緋焔はそれに恭しく答える。
「お嬢様、今回はお嬢様自身の力を試されるようですので、私たちが戦うのは少し如何なものかと思います」
「わ、私もっ、お嬢様、だけで戦った方が、いいと思いますっ」
闢零も緋焔と同じ意見だったため、明日香もそれにする事にした。
「じゃあ、一人でやることにするわ!」
明日香はそう言うと、二人を剣の姿に変える。そして、準備完了の合図を優に送る。
『それじゃあ、始めますよ!』
機械音声がカウントダウンを始めると、実技用の呪獣達が次々と明日香に狙いを定めて、唸り声を上げ始める。
『スタートです』
機械音声と同時に呪獣達が一斉に明日香に襲い掛かるが、明日香はまるでそれを狙っていたかのように、不敵な笑いをこぼす。
「御影流『絶風』!!」
身体を回転させての全包囲攻撃。その一撃は強烈な衝撃波も巻き起こし攻撃範囲にいた呪獣だけではなく、範囲外の呪獣ですらも等しく斬り裂いた。
死の風にも等しいそれが止んだときには呪獣は一匹も生き残ってはいなかった。
『な…なんですか、今の…!?』
優が驚いている反面、梓は調子を乱すことなく明日香可愛いな~と呟いていた。
その様子に優は戦慄する。これほどの力を持っている少女が、まだ横にもいるのだ。それは優の動物的な本能が危険と警告していた。
「ん~これで終わりか…意外と手ごたえなかったかな…」
明日香はつまらなさそうに剣を振るい鞘に戻して、少女の姿にする。
優は急いで壁を開けて、明日香を中に入れる。そして、入れ替わるように梓が壁の向こうに入っていく。
『藤堂さんも同じく最高難度でいいんですよね?』
それに、梓はこくりと頷くと、先ほどと同じ相手が現れた。梓は白銀の杖『エクスリディア』を構える。
優もそれが合図と受け取り、試験を開始する。
「始めって言っても、一瞬で終わるんだけどね♪『身を裂く咆哮』」
梓が魔法を詠唱した瞬間。体育館中に甲高い音が響き渡る。それは遮る壁をも貫通し、優と明日香の耳を塞がせた。対して、呪獣たちへの音は凄まじく、その音によって、呪獣の身体は次々と破裂していき、血が通っていたときの恐ろしさを想起させた。
「ほい、おしまい」
梓は軽くそう言って杖をバトンのようにクルクルと回して背中に収めた。
梓は意気揚々と戻ってくる。優は、戻って来た二人を見てひそかに思う。
(なんでしょう…すごく、苦労しそうです…)