真実と現実
阿鼻叫喚の地獄絵図と化したコロシアムでは魔物が跋扈し、逃げ遅れた観客達を襲おうとしていた。
明日香達と一部の出場者はそれから観客達を守りながら、避難を促していたが、当然全員がそういう訳にも行かず、観客に混じって避難している出場者もいた。
「どういうことよ…この国には強力な結界が張ってあるから、魔物は入ってこれないって言ってたのに……!」
柚姫が歯噛みしながらそう呟く。明日香もこの国に来たときに国をすっぽりと覆うようににできていた結界には気づいていた。それもかなりの精度だと思えるほどのものだ。
それなのに、この魔物たちは結界の中に入ってきた。しかもこの軍勢だ。普通に入ってきたならば、気づかないはずが無い多さだ、ということは何者かがこれを手引きしていると考えるのが自然なのだが、
「こんな馬鹿げた量の魔物転移魔法でも無理よ!一体どうやって持ってきたっていうの…?」
そう、このコロシアムに入ってきた魔物だけでも軽く数百匹。しかも、気配は国全体にまばらにしているのだ。総数はこの数の数十倍近くに上るだろう。
しかも、その中にはかなり強力な魔物の気配も含まれている。
そんな風に柚姫が考えていると。
「柚姫!今は細かいことを考えてる暇なんか無いよ!とにかくこのコロシアムに入ってきた魔物の殲滅が最優先!」
明日香の鋭い声が柚姫の耳に響き、現状を再認識する。と、同時に襲ってきた魔物を呼び出した槍で貫く。
柚姫の天姫槍には、対魔・対竜・対巨などの耐性を持っている。そのお陰で、今ここにいる魔物にはほぼ無双と言っても良いほどの強さを秘めている。
コロシアムの中に入ってきたのは、小型のゴブリン、オーク、スケルトンなどの一体一体の強さはさして高くない魔物たちだが、狭い空間に何百と投入されては、話が変わってくる。実際、柚姫は槍の一突きで複数の敵を貫いて攻撃できるのだが、引き抜くときにゴブリン達の肉や骨が引っかかり、引き抜きにくくなるのだ。
だが、そんな中でも恐ろしい強さを発揮している姉妹がここにはいた。
「お姉ちゃん!上の敵お願い!」
「任せなさい!『旋風よ、わが敵を薙ぎ払いこの地を蹂躙せよ!『極風天月』』」
梓の魔法が、上から襲い掛かってきたゴブリンやスケルトンを一瞬のうちに細切れにしてしまう。明日香は、平面状のすべての敵を標的にして、緋焔と闢零を鞘に収める。
「御影流『神薙鳳華』」
刹那、明日香が緩やかにくるりと一回転する。その手にはいつの間にか剣は抜かれていて、いつ抜いたかも気づけないほどだった。
柚姫がその動きに見惚れていると、明日香がもう一度剣を鞘に収める。
瞬間、明日香の周りにいた魔物達が、まるで世界が切られたかのように、綺麗に上半身と下半身に分かれてずり落ちた。
柚姫はそれを見て、再度認識する。このコロシアムで戦うときに一番危険だったのはあの二人だったのだと。
「…なんて強さなの、あの二人本当に、人間……?」
明日香達がコロシアムで魔物たちと戦っているとき、パニックとなっている都市部で一人白亜は頭痛に痛む頭を抑え、歩いていた。
(誰…誰が、私を呼んでるの……?)
コロシアムに突然魔物が雪崩込んだその一瞬後くらいに、突然頭の中に響いてきた。
───貴女の真実を教えてあげる───
最初は幻聴だと思っていたが、梓に抑えてもらっていた頭痛が突然ぶり返し、
───私の声を辿ってきて───
と、頭の中に直接響いてきた。
白亜は確かに自分の真実が気になった。
自分の記憶では極普通よりは少し豪華な家庭に生まれたという記憶だが、何よりその記憶があまりにも出来すぎている。というか、違和感を感じるのだ。
───本当に自分はこの家庭で育ったのか?───
人間なら多少なり考えそうなことだが、白亜はその違和感が拭いきれず、悶々としてついには家出してその後、自分で生活するために柚姫と同じ独立治安維持部隊に入ったのだ。今は、寮の中で三人で生活していたが、それでも白亜は自分の真実が気になっていた。
この声が言う真実が自分と関係ないものだったら…とも思うが、その時はその時だ。
そう思って、白亜は入り組んだ路地に声に惹かれるようにして歩いていく。
正確には、何となくだが近づけば近づくほど、頭痛がだんだんと酷くなっていくのだ。それは、自分の本能が、真実を聞くな、と言っているようだった。
路地を抜けたその先には、小さな広場があった。治安維持部隊には国の地形の把握が必須なのだが、こんな広場は無かった気がする。だが、それは白亜の記憶に無いほどの小さな広場だったのか、それとも最近新しく作られたのか、それは白亜が知るところではないが。
この場所に踏み入れた瞬間、白亜の頭痛が一段と酷くなった。恐らくここに声の主がいるのだろう。
痛む頭を我慢して、歩いていくとそこには金髪の美女の姿があった。
「あなたが…私を…呼んだ人…?」
白亜の言葉にその女性は静かに笑う。
「ええ、そうよ。真実を求めるのはあなた?」
随分と詩的な言い方だったが、間違っているわけでもないので、白亜は静かに首肯した。
「なら、真実を教えてあげましょう───例え嫌だといっても全て」
その女性の言い回しに少し不安を感じたが、今の白亜はそれよりも真実のほうが重要だった。
一方、王国中心部のエルフェディア城の一室、緊急作戦司令部では、皇女であるエメルダが中央の指令席に座っていた。
「全く…『先輩』達と私が創った『夢幻迷宮』を突破するってことは~少なくともただの魔物じゃないし~とりあえず、皆さ~ん敵の勢力把握、30秒でお願いします~」
エメルダの声に合わせて、司令部にいた人間が一斉に機器を操作して敵の全勢力を把握する。
その速さはエメルダの言った30秒よりも10秒ほど早く終わり、一人が小走りで報告しに来た。
「把握終了しました。全勢力はこの王国5キロ圏内……総数約10万、内6万は通常種、4万9千は高位種残り900は災害級100は神災級クラスの魔物です……」
その言葉に、司令部の空気が凍りつく。
それもその筈だ。今言った高位種は通常種のいわばリーダー個体だ。強さは通常種の約5~10倍と大きく聞こえるが、倒せない敵ではない。
問題は残りの1000体だ。災害級は文字通り存在そのものが災害に匹敵するほどの脅威と強さを持つ。さらにその上に立つのが神災級だ。この種類に該当される魔物は、どれを取っても規格外の一言だ。そもそも神災級と定義される基準が『現段階ではこの世界の魔法、武器では討伐不可能な個体』という定義なのだ。そんなものが100体も現れてはどうにもならないと普通は思うだろう。
ただし、エメルダはそんなことを微塵も思っておらず、報告した女性を「ありがと~」と言って返すと。
「それなら~……久々に本気出しちゃおうか♪」
刹那、エメルダの纏っている空気が変わる。今までは、優しい雰囲気を放っていたが、今の雰囲気はまるで女王のような、威圧的で冷酷な雰囲気を纏っている。
「さぁ、お仕事だよ。出てきて『アルトリア・ギミックドール』」
その声に呼ばれ、虚空から金髪碧眼の少女が舞い降りる。その少女の瞳には光が宿っていなく、まるで人、というよりも天使を彷彿とさせた。
「久しぶりにこの名前も使うかな?……『極光の歌姫』虹の七姫が一人『青鎖の人形師』さぁ、楽しく踊りましょうか」
そして、一息おいてこう告げる。
「さぁ、楽しい殲滅戦をはじめましょう♪」
一方、白亜と、金髪の女性の方は話を始めようとしていた。
「さて…話を始めましょう。まずは、貴女はこの国で行われていた『アーク計画』について知っているかしら?」
聞きなれない言葉に白亜は戸惑う。女性のほうは白亜の反応を見て、分からないものだと判断して説明を始める。
「『アーク計画』の正式名称は『人工高位能力者創造計画』極秘事項だから分からないことも当然かもしれませんね。その内容は、人工人間に人工的に高位能力を発現させて、その個体を戦争の道具にする。という計画だったの」
それを聞いて白亜はゾッとした。自分の国の知らない場所でそんな恐ろしい実験が行われていたのだ。
だが、それが自分に何の関係があるのかと疑問に思った。
女性は、さらに続けて。
「作られた人工人間は約7000体。それでも、高位能力を発現する前に9割が力に耐え切れず壊れていった。適性のあった残り1割でさえも力を使うことに多大な代償を必要とするため、とても軍事用には使えなかった」
一息おいて。
「でもその中に一体だけ、代償を必要としない個体があったことが発見された。でもそれは、欠陥が存在すると廃棄された抹消個体だった」
自分には関係の無い話。それなのに白亜の体からは冷や汗が次から次へと出てくる。
「消息不明となった抹消個体、識別名『奇稲田の宝珠』はあろう事か、人間と暮らしていたの。人工人間には基本的な教養はインプットしてあるからコミュニケーションはきちんと取れるように設定されているからね」
頭の中に警鐘が響き渡る。
───これ以上聞くべきではない───
───もう戻れなくなる───
その声を、白亜は無理やり振り払って、続きを聞く。
「その個体はとある家庭で普通に暮らしていた。名前は…なんだったかしら?まぁ、いいわその個体もそれなりに幸せだったのでしょう。でも、自分の存在が気になってしまう」
白亜は自分の血の気が引いていくのを感じる。
もう白亜は逃げ出したくなった。だが、足が動かない。まるで足が地面に固定されているかのように動かなくなっているのだ。
女性のほうを見ると、その表情は薄くだが嗤っている様にも見えた。
「さて、ここで問題です♪その逃げた個体は今何処にいるでしょう?1、もう死んでいる2、既に回収されている」
その先は言わないで。
その言葉は口から出ることは無く、三番目の選択肢が突きつけられる。
「3、今、私の目の前にいる」
その女性の口は愉悦に歪んでいた。
「もう分かっているのでしょう?自分が何者か、早く自覚しなさいよ。これが現実よ」
───私は人じゃない───
そう悟った瞬間。自分の頭の中に本当の記憶、人工人間である部分の記憶が修復される。
「あは、はははは…あはっははははハはハハははハハ!!」
自分は人ではない。人間のふりをしていただけ。そう気付き笑いが零れる。そして、そんな事を笑っている自分を嗤う。
「……皆、私を人間じゃないって陰で笑ってたのかな?皆、私のことをニセモノって蔑んでたのかな?」
そんな考えが思わず言葉に出るが、自分の本心から思っていることは、口からは一言も出ない。
───私の居場所は何処にあるの?───
「皆、私のバカみたいな『人間ごっこ』に付き合ってくれていただけだったって事なのかな?」
───私を認めてくれる人は何処にいるの?───
「私がニセモノなら、今までの思い出も、嬉しいのも、悲しいのも、関係も、友達も皆、み~んなニセモノ」
───誰か教えて───
「それなら、皆壊しちゃえ。何が偽物で、何が本物だったか分からないくらいぐちゃぐちゃにしちゃえ」
突然、白亜の周りを白い電光が渦巻く。瞬間、その電光が広場の周りを囲っていたビルに弾ける。
『デプス・ボム』
刹那、ビルの一つの階が一斉に爆発した。
ビルたちは次々と地鳴りと割れるような轟音と共に崩れ落ちてゆく。
女性はそれの様子を見て、内心で確信する。
(これが成功個体に与えられた能力『絶対命令権』…間違いないようね)
白亜はそれを見てけらけらと笑う。
「あっははははは!!私の力こんなに強いんだ!もっともっと壊してあげる!!」
「貴女はそれで満足しますか?」
狂ったように高笑いしている白亜に、金髪の女性が話しかける。
「貴女は本当にそれで満たされるのですか?」
「………何言ってるの?楽しいに決まってるじゃない」
「貴女は居場所がほしいんじゃないんですか?」
金髪の女性の言葉に、白亜は息を呑む。その言葉は白亜の本当の願いと同じだったから。
それでも、白亜はその言葉を否定する。
「だとしたらどうなの?こんな紛い物の、ニセモノの私に居場所なんて───」
「ある、と言ったら?」
その言葉に白亜の表情が一瞬だが揺らぐ。
「そんな場所あるわけない!皆、私を騙していたのだから信用なんてできるわけが無い!!」
それでも白亜は女性の言葉を否定する。
「信用…ですか、なら…これで如何ですか?」
そう言うと、女性は着ていたワンピースの裾を捲くり、白亜に足を見せた。
そこには健康的な足、というには程遠いものがあり、白亜は思わず息を呑む。
「それ…足に魔法がかかってるの……?」
「それだけではないですよ」
そう言って、指を鳴らすと、見る見るうちに女性の腕の色が変色していく、否、本来の色を取り戻していく。
その色は闇のように黒い漆黒だった。
「この腕と足は私が幼いときに改造されたものです。こんな私でも受け入れてくれる場所はあります、それだけではなく私の今いる場所は誰もが話せない過去を持っているのです。有体に言えば『言えない秘密を持つもの同士の溜まり場』と言った所ですか。そこなら貴女の過去は関係ないし、貴女のやりたい用にやればいいそんなギルドです」
その言葉は、今の白亜にとってはまさに最高の飴だった。
「でも…私が、必要とされないかもしれないし…」
先ほどとは打って変わって弱気になる白亜。だが、女性は微笑んで手を差し伸べる。
「貴女は私たちのギルドにとって、とても大切な役割を持つ人になれるでしょう。貴女の能力がそれを裏付けてくれます。だから安心して受け入れてください、私たちを、受け入れられなかった『闇』を」
その言葉は白亜の脳内に直接響いてくるような、甘美な響きだった。
白亜の周りを渦巻いていた白雷はなりを潜めたかのように静まり、白亜のその目には期待と願いが込められていた。
「本当に…私を受け入れてくれるの…?こんな私を、ニセモノの、紛い物の私を……」
「はい、貴女も私たちと同じ境遇を持つ者。拒むことはありません」
白亜はそれを聞いて、ゆっくりと女性の手をとった。
その女性は笑みを、白亜は安堵の表情を浮かべて。
「なら…貴女の名前、聞かせて?」
「そうですね、ギルドに入っていただく事になる以上名乗るのは礼儀でしょうし…私はクロエです」
「よろしく、クロエ」
それでは行きましょう、とクロエが指を鳴らすと空間が歪み不気味な穴が開く。
クロエに手を引かれ、白亜も続いて入ろうとした瞬間、ビルの陰から見慣れた人影が走ってくるのが見えた。
「白!待って!」
鏡華の声を背中で聞いて、白亜は振り返り何かを鏡華に伝えた。
だが、鏡華には突然響いた轟音によって掻き消されてしまった。恐らくまだ街中で魔物が暴れているのだろう。
それでも、白亜の言っていた言葉は鏡華に伝わった。
────ごめんね、さよなら────
そして、白亜はクロエに手を引かれ穴の中に入って行った。




