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ファンタジーもの

俺の美しい人

作者: 花ゆき

油絵のにおいがしみついたアトリエ。

僕の目の前には、同い年の幼馴染がいる。

黒い髪で、そばかすがあって、地味で、華奢な彼女。

翠の瞳は澄みきっていて、いつも絵を描きながら目を輝かせる。

背筋をしゃんと伸ばして、キャンバスに向かう彼女を、僕はいつもまぶしそうに見ていた。


僕の、愛しい人。


「カイン、暇でしょう? アリアったら、絵を描き出したら夢中になるんですもの」


彼女の姉マリアが優しく微笑んで、紅茶を僕に渡す。

マリアさんは母親似らしく、波立つ金の髪に、色白の肌、女性らしいふくよかな体をもつ。

アリアとは違い、華美な外見だが、彼女の優しい空気が好きだった。

勝手ながら、姉のようだと思っていた。


「そこがアリアらしいじゃないですか」


絵の具まみれになりながらも、キャンバスに向かう彼女を見て、マリアさんと微笑みあう。

そこでアリアの鼻がすん、と動く。


「紅茶のいいにおい! お姉様、いつの間に?」

「さっき来たところ。今日の紅茶は温かいわよ」


いつもは没頭して、彼女が気がついたころには冷たい紅茶になっているのだ。

まったく……、そんな彼女すら愛おしい。


「カイン、そんなに笑わないでよ!」




けれど、幸せな時間は続かない。

アリアの誕生日がきた。

貴族の娘として、早々に婚約者が決められるのだ。

ボクも候補として、選定の場にいた。


「さぁ、アリア。ここにいるのは未来の婿候補だ。好きに選びなさい」


彼女の父がアリアに決断を促す。

当然、彼女は幼馴染の僕を選ぶと思っていた。

けれど彼女の手は僕をすり抜け、騎士である一般市民の手を握っていた。


僕、いや俺は耐え切れずにその場から逃げ去った。




「カイン!!」


休憩室でうずくまる俺を、マリアさんは見つける。

ひどく身体が寒い。


「カイン、カイン……」


俺をひたすら抱きしめる彼女の腕で、ようやく俺は涙を流すことが出来た。

どうして俺じゃない。あの日々は嘘だったのか?

ずっと見てきた、10年も好きだったんだ。

簡単に捨てられるものか。




あれからアリアのアトリエに行くと、婚約者殿がいるのを見るようになった。

婚約者殿を見つめる彼女はとても綺麗で、尚更惨めになった。

俺が何年かけても無駄だったことを、あいつは成し遂げている。



気づいたら、逃げるようにマリアさんの部屋にいた。

彼女は時期当主になるため、日々難しい勉強をしている。

部屋にある本棚は、どれも難しいものばかりだった。


「マリアさんは、どうしてそんなに優しいんだ」


マリアさんは俺の正面に立ち、優しく微笑んで、頭をなでる。


「あなたが好きだからよ、弟のように思っているわ」

「俺もマリアさんのこと、姉さんみたいだと思ってる」

「俺って言うようになったのね」


マリアさんは、ぎこちなく笑った。




アリアとアリアの婚約者殿とマリアさんと俺で、午後の紅茶を楽しんでいた時のことだ。


「マリアさんの髪、綺麗ですね。太陽のようだ」


唐突に婚約者殿が言った。

そんなことは前から知っている。

だが、本当は月のような美しさなんだ。

彼女は月のように暖かく俺に寄り添ってくれる。

俺は彼女がいなかったら、狂っていただろう。


ふと、俯いたアリアが目に入る。

お前は気づいているのか。

アリアが自分の地味な黒髪を気にしていることを。

しかし、婚約者殿はマリアさんに見とれている。

マリアさんは気まずそうに妹をフォローした。


「ア、アリアも私似ですもの。大丈夫よ」




次の日、アリアの髪が金に染められた。

それから、そばかすを消すために美容を気にするようになって、外にも日焼けするから出なくなった。

俺の愛したアリアが消えていく。

これもあいつらのせいだ。


アリアの婚約者殿と、マリアさん――いや、マリアのせいだ。




屋敷内を本を片手に歩く彼女を見つける。


「あら、カイン――!?」


彼女の手を引っ張り、そのへんにあった客室につれこむ。

逃げられないように、壁に押さえつけた。

いつの間にか俺よりも小さくなっていた彼女を見下ろす。


「一体何があったの?」


彼女は、手首を押さえつける圧倒的な力に震えながら、聞いてきた。

一体、とはよく言えたものだな。


「理由は知っているはずだろ、マリア?」


彼女が変わった日から、彼女を姉のように思えなくなった。

アリアを変えた、憎い女。

マリアは目を見開き、ぼろぼろと涙をこぼす。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


マリアは涙ながらに謝り続ける。

だけど、悪いな。

もう、そんなもんで許せる状態じゃないんだ。


「上流貴族は純潔を尊ぶよな? マリア、お前の将来を壊してやるよ」


上流から落ちこぼれてしまった俺に、汚されてしまえばいい。

マリアは涙を流しながら、頭を振って激しく抵抗した。


「やめて、それだけはっ、お願いだから!」


そんな彼女を押さえつけ、俺は一輪の花を手折った。

隣で気を失って眠る彼女を見て、笑いがこみ上げてきた。

憧れていた俺の聖域を、俺が穢した。

いつの間にか、彼女はもう姉じゃない。




それから、彼女を手荒く扱った。

彼女に暴力をふるい、毎日のように荒く抱いた。

抱きながら、彼女にアリアを重ねた。

彼女は次第に何の抵抗もしなくなった。

それにもかかわらず、彼女の美しさは変わらず、増していく。

彼女に色香も加わり、より拍車をかけることとなった。


その傍らで、俺は相変わらずアリアを諦められなくて、アリアに迫っていた。

彼女は黙っておとなしく見ていた。




ある時、婚約者殿がマリアを見つめているのを見かけた。

いつもは嫌なやつを見たと引き返すのに、見逃せないものを見つけた。

やつの瞳の色、あれは恋情だ。


マリアはもう俺のものなんだ。

おまえなんかに、くれてやるものか。


俺は飛び出して、マリアに激しく口付ける。

マリアは一瞬驚いたようだったが、大人しく俺の首に手を回す。

最近は受け入れるようになったのだ。


そしていつものように彼女の口内に舌をねじ込み、舌を絡めとって啜る。

マリアはとけきった顔で、俺に体を預けている。

お前はマリアのこんな顔を知らないだろう?

優越感に、婚約者殿を見て嗤ってやった。

やつは顔を蒼白にしていた。

俺の視線でやつに気づいたマリアは、俺にやめるよう懇願したが全て遅かった。


その日から、婚約者殿はマリアに距離を置くようになった。

そのことに俺はほくそ笑んだ。



アリアがまったく振り向かず苛立っていた頃、俺に上流貴族に返り咲く話がきた。

そうだ、彼女が振り向かないのは俺が上流貴族じゃないからだ。


条件は一般人を全て殺すこと。

貴族だけの世の中にするためだ。

俺は二つ返事をした。


しかし、毎日のように会う彼女には気づかれてしまった。

俺が一方的に抱いているだけといえども、変化を感じたらしい。


「見損なったわ、確かに妹の件は私のせいよ。だから耐えてたのに。

幼いころに『弱い人を助けれる貴族になるんだ』って話していたあなたはどこにいったの!?」


アリアの婚約者最有力候補としてもち上げられていた当時、選ばれなかった我が家は一気に没落していった。

もち直そうにも親父の資金運用が下手で、どうにもならなかった。

だから今の俺は、婚約者殿と同じ一般市民が大嫌いだ。


「お前煩い」


口を塞ぎ、彼女の非難も飲み込んだ。

ただ俺に足をひらいてればいい。

これを期に、彼女とは会わなくなった。




それから大規模なテロを起こした。

アリアには嫌悪の目で見られるようになったが、いつか報われると信じていた。

多くの一般人を殺した。

テロの数と比例して仲間は捕まっていき、俺が最後の一人になったところで彼女が現れた。

それも、大きなお腹で。


「なんだよ、今は幸せですって見せびらかしに来たのか!? よかったな、もらってくれるやつがいて!」

「カイン、なにか勘違いしてるわ」


彼女、マリアはお腹を愛おしそうに撫でて言った。


「お腹の子は、カイン、あなたとの子よ」

「な、なぜ、どうして、堕ろさないんだ。望んだ子じゃないだろう!?」


彼女は力なく首を振った。

変わらない慈愛の目で俺を見ていた。


「私は好きでもない人に、何年も抱かれたりしない」

「嘘言え! なら、どうしてあの時拒んだんだ!?」


今でもはっきりと覚えている。

彼女は涙を流しながら、ずっと抵抗していた初めてを。


「当主になることが分かっているのよ。当然将来は好きでもない人を婿にもらうわ。だからこそ、あなたの熱を知るわけにはいかなかったのよ。なのにあなたは私を何度も抱いた。苦しかったわ、あなたを忘れられなくなるから。憎くなった、私を妹の名で呼ぶから。でも、嬉しくもあった。あんなことがないと、一生あなたは私をみないもの」


マリアは俺に目線を合わせて、頬に触れる。

こんなに話す彼女は初めて見た。

いいや、俺が言わせなかった。いつも彼女の言おうとした言葉を飲み込んでいた。

微笑む彼女の頬を流れる一筋の光が、神秘的に見えた。

太陽の光が彼女を一層輝かせる。


「ずっと好きだったの。まっすぐなあなたが。たとえ妹を好きだとしても」


彼女がそっと、触れるだけのキスをした。

そんなキスは何年ぶりだろう。


「帰りましょう、私の旦那様」


彼女は俺に抱かれても、穢れずに美しいままだった。

俺の聖女マリア。


昔から彼女は美しくて、姉のようだと憧れていた。

彼女を無理やり抱いた時、俺のものにしたと征服感があった。

だから婚約者殿がマリアに惹かれてるのが許せなかった。

そんな子どもな俺を彼女は包んでくれた。


彼女は今でも俺を受け入れてくれる。

ありがとう。

これからは俺の一生をかけて、幸せにする。

俺は、これまでの人生で初めて彼女を優しく抱きしめた。




その後、カインはテロ犯罪者として罵声をあびせられながらも、社会貢献に尽力した。

実家も地道に立て直させた。

マリアの婿と認められるよう努力をし、暖かい家庭を築いている。

自サイトのブログにのせていたものを、修正しました。

純粋さゆえに恋に狂う男と、妹と重ねられる姉が書きたかった作品です。


誤字見つけたので、修正しました。

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