朝靄の中へ
自分でも読みにくいな、と思ったので修正しまくりました。(2013.8.14)
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早朝。
靄が立ち込める木立の中へエルフたちに見送られてイリスは出発した。
レインの姿がそこに見えなかったのが残念だったけれど、彼は朝が弱いらしいから仕方ないかもしれない。
もらった地図通りに里の近くに流れている小川に沿って上流を目指していると、ガサガサと木をかき分ける音がした。
………足音、だわ……
貴重な薬草を森の奥まで取りに行くために、何度か野生動物に遭遇したこともあった。足音の感じや広範囲に揺れる木々がその大きさを物語っている。
咄嗟に木の幹に隠れて、息をとめる。
手には昨日即席で作った小袋を握り締めた。
「おい。そんなところに隠れたって意味ねぇぞ」
この2日で慣れてしまった呆れたような声が聞こえた。
「え!?レイン!?」
慌てて木の影から顔をだして確認する。
その姿を認めてイリスは脱力した。
さっきの別れの切なさと今の緊張はなんだったのよ……。
見送りに遅れたからわざわざ来た……とか?
それもそれでなんだかマヌケである。脱力感は否めない。
しかし、よくよくレインを見てみるとどうやら見送りではないようだ。イリスと同じように旅装だった。濃紺のマントで全身を覆っているので、一瞬出逢った時のことが思い返されたが、アクセサリーの数は昨日の昼と変わらず、シンプルに耳元で紅い石が揺れていた。
「レイン?どうしたの?」
「俺も行く」
「え!?」
まるで当然、というような口調で言い切られた。
けれど……
「これは私の試練だし、お婆様が許してくれないでしょ?」
「いや、あの性悪は何にも言ってねぇよ。そこのとこを指摘したら笑って肯定しやがった」
「でも」
正直見知らぬ森では助かる申し出だった。
けれど自力で成し遂げなければいけない気もする。
魔法をほとんど自在に操れるレインと居ては、試されているとは言えない気がした。
ズルをしているようで気が引けた。
躊躇うイリスを見やって、レインはゆっくりとコートの中に隠れていた右手首を差し出した。
そこには表面に緻密な文様が彫られた幅広のブレスレットが鈍色に光っていた。
「本来は罰則に使う魔法制御のブレスだ。今の俺は魔法が使えない。この条件下なら受け入れるか?」
「…辛かったりしないの?」
「ぜんぜん。魔法が使えなくて不便なだけだ………それに、実はこの試練、数百年前に山火事があったとき資料が一部損失してて未知の部類に入ってる。そこらへん考慮してババァは最初からエルフの誰かを付ける気だったらしいな」
「本当に?レインは困ったりしないのね?」
念を押して問えば、レインは再度頷いた。
「しねぇって。で?最後はお前の判断に任せる」
イリスは意思をかためるために少しだけ目を瞑った。それからゆっくりと瞼を上げて、蜜色の瞳でレインを捕らえる。
その視線を受け、一瞬だけエメラルドの瞳に漣が広がったように見えた。
しかしそれもすぐに凪ぎ、まっすぐに見つめかえしてくる。
「……お願い、するわ。ついてきて」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
イリスと目が合うだけで落ち着かないような、心の芯が震えるような奇妙な感覚が全身を貫いた。
昨日から、自分でも把握しきれない自身の反応に、レインはこれを解明することもイリスに付いていく理由に加えるべきだな、と思った。
昨日。
疑うことを教え込んだのはあんただと言ってから、お互いを長いこと睨み続けていた。
いや、実際にらみつけていたのは俺だけだったらしく、ババァはまるで探るような視線をふいに中断させて問いかけてきた。
「それで?レイン、結局お主の望みはなんじゃ?わしを罵ればそれで満足できるなら今のですんだじゃろうて。まだ言い足りないならさっさと言って、さっさと帰りやれ」
違う!と反射的に思った。
不満を言いに来たわけなかったはずだ。
イリスへの処遇は理不尽であるからどうにかしたいと思って。
―――――では、どうやって?
「試練を――――」
「―――止めさせる?いいや、それはイリスが望まぬじゃろう。今回、このことに関して、お主が動かせるのはお主の意志のみじゃ」
「俺の?」
何を長老が伝えたいのか分からなかった。けれどこの師匠が親切に答えを教えてくれないのも知っていた。
俺の今、したいこと。
俺はただイリスが理不尽な思いをしないように助けてやれれば、と。
ならば、そのためには。
「……一緒に行く。明日の試練、俺も一緒に」
言葉にすると、始めからこれを宣言しようとここに来ていたような気がした。
「ほう?わしが許可すると思うか?」
「許可せざるを得ないだろ。エルフの助けを借りてはいけないなんて条件はつけてない。もしそれを守るとするなら今日イリスに渡したモノも全部没収だ」
「ふむ。確かにの……だがそのままお主がついていっては"試練"にならん。魔法制御ブレスをつければ許可しよう。どうじゃ?」
「分かった」
その答えを聞いて、長老はニヤリと満足げに笑っていた。
しかしすぐにその表情を消して、真顔に戻った。
「実は最初から誰かを案内役として付けるつもりじゃった。このエリスの花の試練、存在自体は知られているが、実施されたのは数百年も前のことじゃからな」
「そういや、エリスの花は見ることはあるのになんでここ最近は実施されなかったんだ?昔は頻繁に用いられたって話だろ」
「試練の記録の一部……その花を摘んでからの記録が一部、あの山火事で損失してしもうたようじゃ。それ以来、なんとなく避けているうちにすたれたのじゃ」
「待て。そんな未知のもんをイリスに試そうとしたのか」
一瞬にしてまた怒りがこみ上げた。無責任にも程がある。
レインが表情を堅くするのを長老は興味深げに見たが、弁明をすることにした。
「エルフに、イリスに、エリス……なんだか運命的なものを感じるのぅ」
「言葉遊びなのか!?………くそババァ、道中何かあったらただじゃおかないからな……」
「ホッホッホッ。"望み"を掴んで帰ってくるのを、楽しみにしておるぞ」
長老が手を一振りして下がれ、と指示した。
こういう時はもう何を言っても無駄だ。
もう一度長老を睨み付け、レインは荷造りのためにその部屋をあとにした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
雨が降りそう。
森の匂いよりも雨独特の匂いが微かに強くなった気がして、イリスはぼんやりと空を仰ぎ見ようとした。けれど見上げた先には鬱蒼とした木の葉と靄の名残によってほとんど空が見えなかった。
どうにもさっきから、頭が痛い。
動くのも少し辛かった。
こんなでこぼこした道、歩き慣れてないわ
身体がふらつくのをそのせいだと思い込んで無理矢理に自身を納得させた。
あくまでレインには慎重に足を運んでいる態度に見えるように努めた。
「雨が降るな」
「そうね」
イリスの速度に合わせて隣を歩くレインの声には確信があった。
きっとエルフの方がそういった自然を感じとる感覚に自信があるのだろう。
イリスも先ほどから感じていたことなので、素直に相槌を打ったのに、レインは少しだけきょとんとして見返してきた。
「なに?」
「いや……人間ってそういうことに鈍いものだって聞いていたから、あっさり頷かれて意外だった」
「そういう人もいるけど、私は割合敏感なほうみたいだわ。それより、聞いたって誰から?それともエルフの中では人間についての記録みたいなものがあるの?」
歴史や試練の方法についてエルフたちも記録をとっていると聞いて、イリスのエルフへの興味は膨れた。
もともと兄の影響でイリスの未知のものに対する好奇心は強かった。
呪文を伝達することが必要なため魔法を操る人間はほとんど字の読み書きができるという。
反対に村では村長や少数の者達のみしか読み書きできず、ほとんどが必要最低限の名前や動作を表す字しか知らなかった。
イリスが一通りの読み書きができるのは、村では変わり者の兄の教育の賜物なのだ。
エルフの里での識字率は?文字は違うのか?
なんとか息が整う隙間に、レインに質問を投げかけていた。
「人間に関して本からの知識もあるけど、俺の場合は弟と知り合いのエルフからがほとんどだな。そいつらが国中歩いて人と関わることが多い」
「弟?じゃあ3人兄弟なの?」
「ま、そうだな」
「賑やかなのねぇ。国中歩いてって旅に出てるってこと?」
「仕事としてな。人の世界の情勢はある程度知っておかないとならないからな」
イリスが息が上がりそうになるのをなんとかこらえてレインと話していると、ポツリと鼻先に最初の雨粒があたった。
「あっ雨だわ」
急いで革製のコートについたフードを頭に被せる。隣でレインも同じようにしていた。
「どこかで雨宿りするか?」
「うーん……エリスの花が咲いてる渓谷ってここからどれくらいかかるの?行ったことある?」
「まぁ普通は一日もしないで往復できる………いや、それはエルフの駆け足の場合だな。けどこのペースでも2日で帰れるはずだ」
ちらりとレインがイリスを見やった。
今の言葉に嘘はないだろう。
けれど付け足された言葉は明らかにイリスを気遣っていた。
今や雨足は強まり、四肢の先から冷え始めていた。
夏の雨でまだ良かった。これがもっと冷たい雨だったら熱を根こそぎ奪われていたはずだ。
――――だから、大丈夫。
しかし強がってみても、イリスはだんだんと手先が震え、熱があるように頭がぼうっとするようになっていた。
それでもイリスは心配げな視線を振り切るように、歩きから小走りにかえた。
「そっか。でもなるべく急いで余裕は残した方がいいよね?こうやって雨が降ったり、予測不能な事態が起こるかもしれないし……」
「そうだな。とりあえず様子を見て、これ以上雨足が強まったら途中にある洞窟で休憩だ」
「うん。分かった」
少し不服だったが、雨の勢いが視界を遮るほどになりつつあることから、イリスも了承するしかなかった。
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