軋轢
◆◇◆◇◆
小さく生まれた緊張がほどける。
レインは安心するように笑った。ヴァインズに至っては吹き出している。
笑ってくれるなら本望だわ…
言われた当人であるクウェリは奇妙なモノを見る目を私に向けるばかりだ。
「何よ?」というように見返した。
そんなイリスに、レインが呆れ笑いをしながら横から突っ込んできた。
「……いやお前、兄上の魔法は見たことあるだろ?儀式の時の」
「まぁそうなんだけどね。でもあれぞ儀式!って感じで。変装?みたいな実用的なものって見たことなかったから。レインもできるの?」
興味を隠さずにワクワクとレインを見ると、彼は少々たじろいだ。
「まぁできないこともないけど…。こいつらの変化魔法は里で一二を争うぐらいだから、比べると下手だぞ」
なにがそこまで面白いのか、ヴァインズはレインを見て目に涙を浮かべるほど笑った。
彼は笑い上戸なのかもしれない。
あまりにも笑い続けるので下手をすれば馬鹿にしているとも取れるが、そういった陰険さが全く含まれない豪快な笑いは見ていて清々しくすらあった。
「とか言いながら、レインは俺より確実に上手く化けられるから。期待しちゃっていいぞ~イリスちゃん」
「勝手なこと言ってハードルあげんな」
レインは心底嫌そうにしかめ面をした。その遠慮のない口調は少し珍しい。ヴァインズとはかなり親しいようだ。
「ま、レインの得意なのは火とか水とかを扱う魔法だから、機会があれば見せてもらえばいいさ」
「ええ。そうするわ」
一瞬敬語にしようか迷ったけど、ヴァインズにもなんとなくタメ口にしてしまった。
相手も拘っていないみたいだから良しとするか。
一連のやり取りを見て、不機嫌オーラ全開のエルフがいた。
それに気づいたイリスがクウェリへ視線を投げれば、即座に睨みが飛ぶ。
そして数秒間たっぷり睨み付けた後、ヴァインズや兄貴がお前ごときと話していることが気に入らないというように、クウェリはふんっと腕組みをして明後日の方向を見た。
分かりやすく嫌われているなぁ
こうも隠さずに敵意を向けられると、傷付くというより感心してしまう。
ルールルさんは穏やかな笑顔の裏で腹黒そうだし、レインだって一族のために秘匿すべきと判断した感情や事柄は、器用に隠しそうな気がする。
それを思うと、ある意味クウェリが三兄弟の中で一番裏表のない性格である気がした。
人である私が嫌いなのか、私自身が嫌いなのか。
多分前者だろうけど、今ので私自身が嫌いになったかもしれない。
図々しいとか思われたのかも、とちらりと考えたが、不思議と他のエルフ達にそう思われているかもと考えた時より心は痛まない。
こういう時は、嫌っている人間が何を言っても無駄だしなぁ…
イリスは対話をあっさりと諦めて、レインに向き直った。
「ところでレイン。なんでまたこんなにタイミングよく来てくれたの?」
「ん?ああ……お前のことをミューズ達が探してたからな」
「そうなの?なんで…」
私を?と聞くより前に、高く澄んだ声が聞こえた。
「イリスー!イリスー?いるんでしょー?」
ミューズだ。どうやら本当にイリスを探してるらしい。
「ミューズー!こっちー!」
とりあえずミューズの方へ歩きながら、イリスも声を張って応えた。
イリスが数歩も行かないうちに、里の方へと続く茂みが小さく動くのが見えた。
そしてすぐにミューズの顔がひょっこりと覗いた。
こうして見ると妖精のように愛らしい。
あれ?妖精とエルフって同じなのかしら?
そんな馬鹿げたことを考えて、イリスが感慨深くミューズを見ていたら彼女は小さな口を大きくあけた。
「イリス!!森の中の一人歩きは危ないのよ!こんっっなに奥まで来て!!」
開口一番、雷が落ちた。
小さいのに凄い迫力だ。思わずごめんなさいと縮こまってしまった。
頭に血が上っているミューズには周りにいるレインやヴァインズ、クウェリの姿が見えていないみたいだ。
今は一人じゃないよーと、レイン達をチラチラ見ながら弁解をしようとしたが、ミューズはその勝ち気な目を真っ直ぐイリスに向けるばかりで他を見ようとしない。
それに、そもそもはじめは一人だったので、言い訳にはならないだろう。
端から見たら子供に説教されている様なのだろうけど、ミューズが真剣に心配して怒ってくれているのが判るので反発心も起きない。
結局もごもごと口の中で、慣れてるから、みたいなことを口走ったのが間違いだった。
「お婆様から“森に受け入れられし者”だとは聞いたけど、それが絶対じゃないのよ!?気が立ってる獣だっているし、危ない場所だってあるんだから!」
「ご、ごめんなさい…」
下手な言い訳はしない方が良い。
さっきの倍の勢いで説教をされながら、イリスは学習した。
◇◆◇◆◇
「………イリスも反省してるみたいだし、そこまでにしてやってくれないか?ミューズ」
説教が一段落した頃見計らい、レインが声をかけた。
見るとその顔は半笑いしてる。
……ひ、他人事だと思って!自分だってミューズの勢いに圧倒されてた癖に!
「え!?」
そのときになってようやくミューズはレインの存在に気づき、辺りを見渡した。
「レ、レイン様…と……」
そして一点を見つめて何故か、ミューズはサッと顔を強ばらせた。
彼女の視線を辿ると、クウェリが先ほどよりさらに不機嫌そうな顔をしていた。
不意にミューズは片膝をついて、エルフの礼をした。
前も思ったけど、物語の挿し絵で見た騎士の礼に似ている。胸にあててる手の形が違うけど。
さらにミューズは突っ立ったままのイリスの手を引いて、同じ姿勢をするように促してくる。
素直にイリスも従って、一応同じ礼をしてみた。
クウェリに頭を下げるのは内心悔しいと思ったけど、ミューズが必死に見えたので仕方ない。
「無事のご帰還、嬉しく思います。ヴァインズ様、クウェリ様」
凛と響くその声がいつもより固く、外見で忘れてしまいそうなミューズの実年齢を思い出させた。
けれど大人っぽいというより、よそよそしい雰囲気だ。緊張感が隣にいるイリスにまで伝わってくる。
また奇妙な沈黙が落ちたので、不思議に思ってそろそろと皆の顔を窺った。
ミューズは隣で固い表情を礼をして伏せているし、クウェリは先ほどの不機嫌から冴えざえとした冷たい無表情になっていた。
ヴァインズはやれやれと苦笑し、レインはどこか思い詰めた表情をしている。
やがてクウェリは礼の姿勢をとり続けるイリスとミューズを冷めた目で一瞥し、無言のまま歩き出してしまった。
完全な第三者でも空気が軋み、ピリピリとした緊張が判る。
どうしよう。ここはまた惚けておくべき?
イリスがはらはらしていると、ヴァインズと目が合った。
彼は目元を優しくするだけで、安心するようにと伝える合図を送ってくれた。
「おう!ただいまミューズ!土産もあるから後でな」
そしてそんなやり取りは無かったかのように、すぐにその場を取り繕う明るい声をあげる。
ヴァインズの笑顔につられて、やっと顔を上げたミューズの表情も幾分柔らかくなった。
「はい!楽しみです」
「そんじゃ俺らは先行ってるな、レイン」
ポンっとレインの肩を叩いてヴァインズはクウェリの後を追うように里へ歩いていった。
さっきの四者四様の表情が、何を意味しているのか。
ただ単にミューズとクウェリの仲が悪いというだけの単純な問題ではないことを、それは示している気がした。
「えーっと、ミューズ。私を探してたって、なにかあるの?歌の練習?」
気まずい雰囲気をとりあえず横にやるために、イリスは当初の疑問を投げ掛けた。
今日はお休みだとてっきり思っていたんだけど、自主練みたいなのがあったのかもしれない。
「違うわ。ちょっとついてきて」
とたんに、ミューズはふふっと悪戯っ子のように笑うとイリスの手をとって里へと歩き出した。
なにか良いことがあったのだろうか。かなりご機嫌だ。
不思議に思ってレインを見上げると、肩を竦めるだけだ。
そしてなんともスマートに私から薬草や木の実を入れていた籠を取り上げた。
「行って、楽しんでこい」
◆◇◆◇◆
追ってこないレインを置いて、先導されるままにミューズについて行くと大きな垂れ幕がいつも歌の練習をする広場に掲げられていた。
そこにはーーー
『ホロの里へようこそ!イリス!!』
赤い花を基調とした飾りに囲まれて、垂れ幕にはそう書いてあった。
3つの簡易のテーブルが配置され、その上にところ狭しと料理が乗っていた。
他にも自然のものを器用に使って飾り付けが行われていて、いつもと明らかに楽しげな雰囲気がある。
「ね。どう?イリス」
茫然と広間の変わりようを見ている私を、ミューズは目を輝かせて覗きこんできた。
……どうも、こうも…
イリスは沸き上がってくる嬉しさを抑えきれずに、屈んで小さな彼女に抱きついた。
「ミューズ大好き!!」
年甲斐ないことは分かっているけど、こうでもして顔を隠さないといけなかった。
不覚にも泣きそうになった顔はこの場には似合わない。
代わりにぎゅーっとミューズの肩に顔を埋めた。
「ちょっ!ちょっともー。大袈裟なんだから」
イリスの勢いにたじろいぎながらもミューズはしっかりと抱き返してくれた。呆れながらも嫌そうではない。
嬉し涙をなんとか誤魔化して、えへへーと笑いながら顔を上げた。
「……っておーい。俺たちだって手伝ったぞー」
「そーだ。そーだ。ミューズだけずっりーぞ!」
そうやって突っ込みを入れるのは、ピジョンやその他練習をともにしているエルフたち。
わらわらと寄ってくる彼らもどことなく満足そうだ。
その中には今朝会ったエルフの子達もいる。
その子の一人と目が合うと、ばつがわるそうに笑った。
「…朝はよそよそしくしてごめんな。一緒に遊ぼうって言われたら、どうやって誤魔化そうかとか考えて…なんか変な態度になっちまったんだ」
ああ。だからちょっと挙動不審だったのか。
なんだか朝の時とは逆に、ほっこりとした心持ちになる。
イリスはその子にも手を伸ばした。
「いろいろ考えてくれたんだ。ルーフくんもありがとー!」
「って、バカッ!な、何すんだよ!!」
すると途端にルーフくんは焦り出した。
「?」と腕の中の顔を見ると、可哀想なくらい真っ赤だ。
「熱があるの!?」と焦ってさらに覗きこもうとした時、モコシアのおっとりとした声が聞こえた。
「……イリス。忘れてるようだけど、私たちの実年齢はあなたと同じよ?」
「あ。」
ぱっと腕を緩めると、勢いよくルーフくんが離れていった。
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