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贄はエルフの付き人に  作者: Fleur
影を踏むもの
25/27

遭遇

◆◇◆◇◆



 イリスはエルフの里周辺の森を散策していた。

 今日はレインやアンという歌の教師たちが、揃って自分達の役割のために打合せや練習をしているのだ。


 当初はミューズ達と遊べるかなと思った。

 けれどまだ私を快く思っていないだろう大人エルフに会った時、彼女たちに迷惑をかけるかもしれないと考えて、ミューズが教えてくれていた家へと行くことを躊躇った。


 結局のところ彼女達とは約束もしていないからと、今日は森へと薬草や木の実などを調達する日に決めた。


 森へと行く途中何人か顔見知りの子たちに行き合ったけれど、挨拶らしき動作をして彼らはどこかそわそわと去っていった。

 はじめて出会ってから5日間練習を共にしているが、イリスへと積極的に話しかけてくれるのはミューズと彼女と仲の良いおっとりした女の子のモコシア、そしてミューズに好意を寄せる男の子のピジョンだけだ。


 それでも段々と他のエルフとも普通に話せるようになったはずなんだけどなぁ……


 まだ日が浅いから完全には受け入れられるはずもないと、自分自身に言い聞かせても落ち込むことは落ち込む。

 彼らもあの練習場以外ではじめて顔を合わせたから戸惑っただけかもしれない、と後ろ向きな考えを誤魔化しつつ、無意識に癒しを求めてイリスは足早に森へと向かっていた。


 しばらく歩いた後、欲しいな、と思っている薬草が生えていそうな茂みの蔭をしゃがみこんで覗いてみた。


「わぁ…」


 思わず感嘆の声がこぼれた。

 もとの村にいた頃にはかなり稀少だった薬草や、行商人が来ても高価過ぎて買えなかった根を持つ植物が、そこかしこに溢れていたからだ。


 いやいや。人間ってゲンキンだね。

 比較的はやく機嫌がなおってしまった自分に呆れつつ、目の前の嬉しい収穫物たちに手を伸ばした。


 そこにある全ての薬草を採ったりはしない。

 まず第一に保存が難しいものもあるし、根こそぎ採ってしまったら翌年そこで見つけることは無くなってしまうというのも、他の者に遠慮をしなければならないというのも理由としてある。

 だからちょっとだけ、いい頃合いだなと思う部分をそっと摘んだり、切り取ったりしていく。根の端の一部を貰うときは慎重に掘り起こして、必要な分を採ったらやさしく土をかけ直す。


 最後に特製の緑の染料で、自分が採った植物の根本に印を書いた。このブランの蔦から作った染料は、雨が降ったり動物が踏んだりしなければ一週間は鮮やかな緑色を保っている優れものだ。

 鮮やかな緑が残っていれば誰かが近い内にその植物をいじったというわけだから、その印を見かけたら後から来た者は遠慮する。あまりに連続で弄りすぎてしまうと、植物がびっくりして今年の成長を止めてしまったり、悪いときは枯れてしまったりするからだ。


 薬草採り1つにもこういった暗黙のルールが存在するのはエルフも人も同じだなぁ、と、森での薬草採りの“いろは”をお婆様(ばばさま)から聞いた時は思った。


 薬草を採った後、いつものように森への感謝と祈りを捧げた。

 それにも人間とエルフで違いはあまり見受けられない。若干手の組み方や言い回しが違うから、一応どちらもすることにしたけど。

 エルフの一員であるから、なるべくエルフの習慣や決まりごとに添うように生きたいと思っている。

 しかし、こと薬草採りに関しては、今までの慣習がどうしても出てきてしまうからしかたない、ということにした。


 許される範囲内で、心行くまで薬草や木の実を採集した私の顔はホクホクだ。

 この分なら湿布薬だけでなく、前々から作ろうとしていた他の薬も作れる。

 お婆様には誉めてもらえるかもしれない。

 ルールルさんにはピリピリの実(正式名称は違うが、料理に使うとピリピリとした辛さと独特のコクが出る木の実なので、私はこの呼び名のほうが気に入っている)を渡せば喜ばれるだろう。

 これから来る冬の寒さが苦手だと言っていたアンさんには、ここには見当たらない材料を合わせて、冷え症を体質から改善する薬を作れそうだ。

 レインには効き目抜群の疲労回復薬を作ろう。そのかなりの苦さに驚かれるかもしれないけど。 


 次々と浮かぶ子供っぽい野望が、くすぐったかった。

 ふふふと夢想に対して笑っていると、不意に鋭い声が後ろからかかった。




「―――――なぜ、人がここにいる」




◇◆◇◆◇




 茂みの方を振り返ると、声の高さから想像していた通りに少年が立っていた。

 激情を孕んだ瞳と剣の切っ先が、真っ直ぐにこちらへと突き付けられていた。


 突然の敵意に恐怖よりも、驚きと戸惑いが先立った。


 それに……


「……私は確かに人間だけど、あなたも人間でしょう?」


 そうなのだ。

 この森の一定の範囲にはエルフしか立ち入れないと聞いていたから、声を掛けてきたのはエルフの少年だと思っていたのに、彼は私の知るエルフ達の特有の尖った耳と金髪ではなく、どう見ても普通の耳と茶髪を持った人間だった。

 瞳は青いが、私が見たエルフ達の誰よりも数段薄く淡い色で、それが彼の印象をより冷たいものにしていた。


 私の問いに少年は何かに気付いたようにハッとなり、次いで苦虫を噛み潰したような渋面を作った。

 質問自体が気に入らなかったのか、私が剣を向けられながら平然としているのが癪に触ったのか、はたまた両方か。

 どちらにせよ、友好的な態度は望めそうもない。


 ぼんやりと思考を働かせていると、相手が目にも止まらぬ速さで合間をつめ、剣先がグッと近づいた。


「……俺のことはどうでもいい。さっさと質問に答えろ。さもなくば………」


 増した威圧感と殺気にさすがに平静でいられるわけもなく、冷や汗をかきながらどう説明しようかと頭の中で話をまとめていると、突然チッと少年が舌打ちをして後ろへ飛び退いた。


 同時にゴウッという凄まじい音と突風が目の前に降り立った。

 よろけそうになるのを、優しい腕が支えてくれた。

 その馴染んだ感覚にいつの間にか瞑っていた目を開けると―――


「…レイン……」


「大丈夫か?」


 深い湖畔色の瞳が真上から覗き込んできた。

 咄嗟に声が出なかったので、コクンと頷く。レインの存在にホッとしてから、やっと自分が先ほどまで緊張していたことに気付いた。


「……兄貴、そいつ誰」


 その緩んだ空気を壊すかのように、不貞腐れたような声が割って入った。


 え。いま、兄貴って……


 驚いて無言のままレインを見上げると、険しい顔をして自分を兄と呼んだ少年を見ていた。


「お前な、いきなり……「クウェリ!!自分だけでさっさと行くなっていつも言ってんだろ!」」


 レインが少年に対して説教を始めそうな気配を見せていたところへ、また別の声が重なった。

 ザザッと少年が来たのと同じ方向からまた人影が現れた。


 壮年…というには若いだろうか。だが少年の父親だと言われれば納得してしまいそうな貫禄がある。

 その人物は、己に集中した三対(さんつい)の視線を受けて固まり……


「えーと。もしかしてお取り込み中?」


 豪快に笑って誤魔化した。




◆◇◆◇◆




「とりあえずお帰り、と言っておこうか。クウェリ、ヴァインズ。」


 私が混乱しているように、クウェリと呼ばれた少年も、ヴァインズと呼ばれた人物も、どうやら事態が飲み込めていないようだ。

 奇妙に落ちた沈黙は、唯一冷静なレインが破った。


「たでーま……おっと。そうだった。えー…ただいま戻りました。ロッジ・ル・ファーレイン殿」


 ヴァインズがいち早く立ち直り、レインへ続くように挨拶を返した。


「ヴァン、下手な敬語は使わなくていい……」


 途中から畏まって胸へと手をあててお辞儀をしたヴァインズに、レインが飽きれ気味に言った途端、ヘラリと彼は笑った。


「だよな~俺もそう思ったけど、一応だよ。一応。……んで?そっちの人間の女の子は誰だよ?」


 ヴァインズはそう言ってちらりとイリスを見た。


「話すと長いから詳しいことは省くが、今度からエルフの里で暮らすことになったイリスだ」


「はぁ!?この人間を俺らの里に住まわすってのか!?兄貴!」


 クウェリがあからさまに嫌な顔をし、イリスを嫌悪たっぷりにじろじろと眺め回す。

 信用ならないという視線にムッとした。

 視線を意地でも逸らさないと決めて、こちらも負けずに少年を観察すると、両者の間でバチバチと火花が散らされた。


「クウェリ、これは当主と長老の決定でもある……いい加減、お前ら変化を解いたらどうだ?」


「あぁ。忘れてたな。そういや」


 そう言ってヴァインズが頭を軽く振る動作をした。


 すると―――


「えっ!?」


 まるで何か覆っていたモノが空気へと溶けるように滑り落ち、短かった髪が長く、また茶髪が鮮やかな金髪へと変わった。

 壮年とも言えた顔付きも雰囲気だけを残して若々しく変わり、巻きの強い髪の毛でほとんど隠れているが、尖った耳も少しだけ覗いていた。

 その姿はどう見てもエルフであり、 レインと同い年ぐらいに見えた。


「ヴァン!何やってんだよ!こんな得体の知れない人間の前で変化を解くなよ!」


 クウェリが憤然と抗議をするも、ヴァインズは取り合わなかった。


「んなこと言ったって、お前の兄さん達公認の人間だろ?しかもレインだって普通に姿まんまじゃねぇか。今さら」


「だからって……!」


「つーかお前、その姿だと本当にガキがぎゃんぎゃん騒いでるようにしか見えねぇぞ。ぷぷ。可愛いなぁ。クウェリちゃんは」


 ヴァインズのあからさまな挑発に、少年は見事に引っ掛かった。

 バッとマントを勢い良く脱ぐような仕種をして、クウェリも本来の姿に戻ったようだ。


 しかし、あれ?と思った。


 クウェリも確かにエルフ独特の尖った耳をしていて、少年と思っていた彼の背が伸び、私を見下ろす背丈になった。

 人の歳の感覚で判断するのは意味がないと分かっているけれど、見た目は20歳ぐらいだと思う。

 レインやヴァインズと並んで少しだけ年下に見えるのは、身に纏う雰囲気の差だろう。

 ここまでは、ヴァインズの変化からなんとか予想できる範囲ではあった。


 しかし、クウェリは兄であるルールルやレインとは違う―――いや、里にいる他のエルフ達と明らかに違う髪色をしていた。

 巻きの強いヴァインズと比べると、レインに似た緩いウェーブを描くクウェリの髪は、見事な銀色だった。


 そして細かいことを言えば、肌の色も少しだけ他のエルフ達と違う気がする。

 私の知るエルフたちは総じて日に焼けていても色白な肌だと思っていたが、クウェリと比べると褐色に見えるのではないだろうか。


 私が観察を続けていると、クウェリが見下すような視線をこちらへ落とし、端整な顔に歪んだ笑みを浮かべた。

 その顔は少年から大人になったにも関わらず、どこか子供っぽく見えた。


「……なんだよ?何か言いたいことでもあるのか?」


 うん。言いたいことはある。


「私、本格的な魔法って初めて見たわ。なんだか便利そうね」




◆◇◆◇◆




.

弟・クウェリ初登場。

諸国放浪からのご帰還です。


一応、登場人物(エルフ?)を整理してみます。


◇イリス:主人公。金茶の淡いセミロングの髪と蜜色の瞳。エルフと比べても色白。もうすぐ18歳の人間の少女。兄から授けられた書物やら天性の勘により王都の薬師並みに薬草への知識を持ち、それに気付かぬままに精進中。


◆レイン:湖畔色(エメラルドグリーン)の瞳。緩いウェーブがかった金髪。外見年齢20代前半。イリスが最初に出逢ったエルフ。身体能力・魔力ともに森で随一であるが、当主の兄と長老には何故か勝てない。


◇ルールル:レインの兄。ホロの森のエルフ達の当主。濃い青色の瞳。ウェーブがかった金髪外見年齢20代後半から30代前半。


◆アン:ルールルの婚約者。美女なのに可愛い!(by. l さん)金髪で猫っ毛のふわふわな髪質。澄んだ空色の瞳。


◇長老:お婆様(ばばさま)。ダークブルーの瞳。淡い色の金髪。年齢不詳。


◆クウェリ:ルールル、レインの弟。銀髪。薄青の瞳。外見年齢20才。とある理由により人間嫌い。


◇ヴァインズ:濃い藍色の瞳。金色の巻き毛。体格がエルフの中で一番ゴツい、頼れるアニキ。愛称ヴァン。レインの親友。諸国放浪の旅をするクウェリのお守り。


……今回は難産な回でした。

どうしてもエルフ三兄弟の事情が次からチラチラと出てくるので、またまた更新に手間取りそうな予感。

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