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贄はエルフの付き人に  作者: Fleur
影を踏むもの
24/27

習練

◆◇◆◇◆



 歌の練習は何故か腹筋から始まった。



 一度アンに合わせて基本の歌を唄ったら、精霊にもお婆様にもその声と音程の良さは褒められた。


 けれど絶対的に肺活量が足りない。

 アンと同じ声量で歌おうとすると途中で息が切れるか、掠れてしまう。

 かといって肺活量に合わせた歌い方をすると遠くまでは響かない。


 というわけでイリスの修練は歌を唄う時間2割、基礎体力作り8割という鍛練の時間と相成った。




◇◆◇◆◇




 つ、つかれた……



 イリスは与えられた部屋でぐったりと机に突っ伏していた。

 身体の節々が痛い。試練の際に作り置いてあった自家製の湿布は、この6日でほぼ底を尽きつつある。

 かなり長期保存可能なモノにしておいたのに、あまり意味がなかったなぁと、どうでも良いことをぼんやりとしながら考えていた。


 そんな時、コンコンとノックの音がした。


「はい?」


「俺だけど。入っていいか?」


「あ、レイン?どうぞー」


 返事をすると部屋のドアが開いて、湿布薬の独特な匂いと共にレインが入ってきた。


「ほら、湿布だってよ」


「え?なんで…」


 タイミングが良すぎだ。レインには人の心が読めるんだろうか。


「婆さんが持ってけってさ。どうせもう無くなりそうなんだろ?」


 ああ、お婆様かぁと思う。

 人の心が読めると言われれば納得してしまうけれど、今回は違うだろう。

 そもそも材料を提供してくださったのはお婆様だし。

 絶対量が解られていたんだから、使っていたことがバレていたら自ずと知れることだ。


「あ、うん。そうだけど……もしかして私、湿布臭かった?」


 どうして湿布を使っているとバレたのかのほうが気になった。


 私はだいたい、薬を作るときに独自で考えた調合をする。

 湿布薬には巷で有名な調合に加える一手間として、チリ草の根を粉末にして混ぜるのだ。

 すると長期保存を可能にすると同時に、匂いを消す働きが発揮される。

 私個人としてはあの独特な匂いは好きなんだけど、元居た村でも湿布の匂いが嫌いな人や、薬っぽい匂い全般が苦手な子供に請けが良かった。


 そういえばエルフは人より五感が優れているのだった。

 周りに気付かれていないと思っていただけに、今さらソワソワしてしまった。


「いや?俺でもあんまり解らないぐらいだったな。婆さんも後で調合法を聞こうとか言ってたぐらいだしな」


「本当?じゃ、なんで分かったの?」


「………さすがにあんなに体力作りしてたら、筋肉痛になるだろ。俺たちだってそれぐらい解るぞ」


「な、なるほど」


 確かに。

 それじゃ湿布のこともどうやって切り出そうか、とか考える必要無かったんだ。


 間抜けな納得をしていると、レインがこちらに呆れた顔を見せていた。


 けど、ひとこと言いたい。


「そもそもねぇ“あんなに”って言うほど私を(しご)いているのは誰だと思ってるのよ?」


「いやぁ…お前ほんとに体力ないなぁ…」


 悪びれもせず、しみじみ言われた。

 嫌みがまったく通じていないらしい。

 くそう。見てなさいよ、とか心で思いつつも言い返せない。

 レインの言う通りだからだ。


 体力強化のほうは、アンさんではなくレインが私の鍛練に付き合ってくれる。


 そして判明したこと。

……レインはとんだスパルタだった。

 一応、手加減はしてくれているみたいだけど、とにかくノルマがキツい。

 一日目の運動のあとは手足がガクガクとしてへたりこんでしまった。


 あと、レインが当然できるもんだと思っていたことを、私にできない時のあの唖然とした顔が地味に心に痛い。

 馬鹿にされることはないけど、やっぱりそこまでエルフとの差があるんだ…と思うと落ち込むのだ。


 だからといって、やめようとは思わない。

 なんだかんだと悪態をつきながらもレインは基本的に優しいし、無茶だと分かっているモノは最初からやらせないし。

 加えて結局は、私が苦手なものもできるまで付き合ってくれる。

 レインの面倒見の良さを同時発見してもいた。


「あ、でもね。この頃はやっと問題の三小節のところ、途切れないように歌えたのよ」


 私が喜び勇んで報告すれば、レインはふっと柔らかく笑った。

 いつもの意地悪な笑顔でないことに少しだけ驚いて、少しだけ心臓が跳ねた。


「なら良かったな。この前、義姉上(あねうえ)もお前の歌を褒めてた」


 その言葉に純粋に嬉しくなった。

 アンは“精霊の守護”を呼ぶ歌に関して妥協をしない。

 厳しい言葉は言われないけれど、少しでも音程がずれたり声が掠れるところは、何度も何度も練習を繰り返すことになる。

 それでいくと、アンもレインと同様にスパルタであり、根気強い教師だった。


「本当?アンさんにそう言ってもらうと俄然やる気出るわ。あと少ししたら他のエルフたちと合流して練習だって」


「ああ、それか。まぁ問題は起こらないとは思うけど……」


 レインは途端に顔色を曇らせた。


「あの、やっぱり反応悪いの?」


 ルールルさんやお婆様が、この頃他のエルフたちに私の事情を徐々に広めてくれている。

 どんな感じかを聞こうにも、この頃は疲れ切っていてその気力がなかった。


 不安になってレインを見上げると、少しだけ揺れた瞳から動揺した気配が伝わった。


「いや!確かに昔気質のエルフには懸念を示す人もいたが、若いエルフたちは同情半分、好奇心半分って感じだった」


 レインが慌てたように言いつのった。

 私はその様子を見て、苦笑してしまった。

 下手にレインに弱気な姿を見せるべきじゃなかったな、と反省する。今以上に情けない姿を見せるのも、心配かけるのもできれば避けたい。

 少なくとも、お婆様やレインたちという助けてくれる存在がいるのだ。

 私が立ち止まっているわけにはいなかかった。


「そっか。じゃあ尚更、歌を頑張んないとね」




◇◆◇◆◇




 それからアンとレインに一週間付きっきり歌のの習練を叩き込まれたイリスは、今日、初めて他のエルフたちと顔を合わせることになった。


 そして()()()のエルフたちを見たイリスの感想は。


小さい!可愛い~!


 という、ある意味失礼なものだった。


 考えてみれば当然だ。

 エルフの外見が人間よりほぼ半分ぐらいの成長速度だとすれば、今目の前にいる同い年のエルフたちが、人でいう9歳や10歳ぐらいに見えてもなんら不思議ではない。

 小さなエルフたちは先ほどから一ヶ所に固まってこちらをチラチラと見ては囁きあって噂をしているようだ。

 イリスも彼らの方を見ているので、その好奇心に満ちた目と何度か合った。合っても、すぐにそらされるのだが。


 そんな態度をとられれば嫌な気持ちになるかと言えば、そうでもなかった。

 むしろ、微笑ましくすらあった。同い年だと頭で判っていても、イリスはどうにも年下の子を相手にする気になっていたのだ。

 こういう時は相手が近づくのを待つのが一番だ。下手に動くと警戒される。


 そう結論づけて、今日も歌の指導をしてくれるアンへと向き直る。

 アンはエルフたちとイリスの間に空いた隙間を見て困ったように笑顔を浮かべた。


「ほら、もうちょっと皆まばらになって。それじゃあ歌いにくいでしょう?」


 エルフたちはお互いに顔を見合わせ、モゾモゾと動いたがあまりイリスの近くへは来なかった。

 アンもこれ以上言っても仕方ないと思ったのか、やれやれといったふうなため息を吐いた。


「じゃ、基本の歌から、皆で唱和しましょうか」





◆◇◆◇◆





「あなた、人間……なのよね?」


 個別練習へと入る前の休憩時間に、一人のエルフが意を決して話しかけてきた。

 振り返ると、勝ち気そうな女の子が腰に手を当てて立っていた。後ろではその動向を見守るように他の子たちもそわそわと伺っている。どうやらこの子がお姉さん格で、代表のようだ。

 イリスはちょっとだけ腰を折って、ゆっくりと首を縦に振った。


「そうよ。名前はイリス。貴女の名前は?」


 どうしても小さい子を相手にしているような態度になってしまうが、少なくとも怖がられはしないだろう。

 小さなエルフは目を見張っていたが、すぐに愛らしい笑顔で答えてくれた。


「私はミューズよ。よろしく!歌を隣で聞いてたけど、イリスはなかなか筋が良いわね」


 おませな(同い年なんだけどそう見える)友人が、できたようだ。




◇◆◇◆◇




「まったく。イリスはなんにも知らないのね!」


 ミューズはそう言い、嬉々としていろいろなことを話してくれた。

 たとえばロッジ・ル・ファーレインというレインの正式な名でいうと、ミューズはなんていうの?と聞いたら、そういった名は当主筋の方にしかない、とか。

 他にもエルフの里での大まかな四季折々の行事や、友達同士の合図とか。


 ミューズと話していると他の子たちも次々に寄って来て、最後には皆で私の質問に答えてくれていた。


「はーい。仲良くなったのは良いことだけど、もう個別練習の時間よー!」


 アンの声が聞こえて、皆でハッと我に返った。

 光時計を見れば、休憩時間を30分近くオーバーしていた。




◇◆◇◆◇



.



◆光時計◆

 日光・月光が当たる事によって色を変える透き通った石で作られた時計。色の変化で時間を知らせる。曇りの日や新月の時には時間がわからなくなるのが難点

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