序章
また性懲りもなく続編を書かせて頂きます(*´`*)
もし読んでやらぁという方がいらっしゃいましたら、更新は気長にお待ち下さい(._.)
◇◆◇◆◇
「「「「「………………………」」」」」
その場には五人分の沈黙が降りていた。
「こっ…………個人差があるんだよ、個人差が……」
レインことロッジ・ル・ファーレインが呻くように言い訳をした。
それは紛うかたなき言い訳だった。
「個人差って……さすがにアレはないんじゃないの……?」
イリスがからかうことすら忘れて呆然と突っ込んだ。
そう。彼はそれほどの………音痴だった。
あの涼しげな顔で歌い出すから、息を呑んでその時を待った分、直後の脱力感は救いようもなかった。
「おっ俺は演舞担当なんだよっ」
レインのヤケクソな叫びが静謐であるはずのホロの森に響き渡った。
◇◆◇◆◇
30年に1度、エルフが住むというホロの森に生け贄が捧げられる。
今年がその30年に1度である年で、今回の生け贄となった少女、イリスは、紆余曲折を経てエルフたちの里で暮らすこととなった。
「イリス、ここまでの試練を受けさせてから言うのもなんだが、里には頑固者もおる。すぐには人間であるお主を受け入れまい」
「はい。心得ました」
どうもお婆様こと長老と対峙する時は気負ってしまう。
穏やかな声の中に厳しさも同居していて、背筋が伸びる心地がするのだ。
「それについて提案なんですが」
ホロの森のエルフ達の当主ルールルがお婆様へ向かって言った。
「『精霊の守護』をイリスに付けては?ここの住人であると示すにはもってこいかと」
「守護か…確かに一理あるの」
「ただ、イリスには魔力がないことで精霊たちは受け入れてくれるのかが。精霊に関して、私達では…」
その問いに答えたのはルールルの婚約者であるアン、ことアンフィーリアだ。
「その点は大丈夫よ。儀式の時は、魔力よりもその精霊との相性だもの」
「義姉上が言うならそうなんだろうけど、問題はイリスの歳なんじゃないのか?どう見てもとっくに成人してるだろ」
ぺしぺしと隣に座るイリスの頭を軽く叩きながらレインが言う。
むぅっと顔をしかめながらその手をどかした。
なんだかレインは、この頃私への扱いが雑だ。
ちょっとずつ慣れてくれているのかな、と思えば嬉しいけど。
「あの、なぜ成人してると問題なんですか?そもそも『精霊の守護』ってなんですか?」
会話に取り残されないように、こちらに皆の視線が集まったこの隙に聞きたいことを聞いた。
それに答えてくれたのはお婆様だった。
「『精霊の守護』とはこの森の住人に付く一生ものの友であり、守護者じゃ。多くは動物の形をとっていての。その守護者を呼ぶ儀を毎年秋の祭りと一緒にするのじゃ。その年の成人、または特別な理由がある時その3年前後の者のみに儀を受ける資格があるのじゃが………もう、18歳はとっくに過ぎているだろうし…」
「えっ?私、今年の冬で18歳になりますよ?」
きょとんと小首を傾げた。
成人、というからイリスは自分の村でいう12歳の年のことだと思っていたのだ。
エルフたちは18で成人なのだろうか。
「え!?」
一同が驚いたようにイリスを見た。
「え?」
な、なにか悪いこと言ったのかしら。
一斉に視線を向けられて身じろぎせずにいると、ルールルがため息とともに口を開いた。
「…そういえば、人間の成長って早いんだったね」
ルールルは知識としては知ってたんだけど、と呟いた。
どういうことだろう?とさらに首を捻っているとアンが質問をする。
「ちなみにイリスちゃん、レインって何歳に見えてたの?」
「えーっと、私よりちょっと年上の23とかぐらい…かと」
見た目と態度でなんとなく年上だろうということぐらいしか分からない。
エルフは(と言ってもここにいる面々しかイリスは知らないのだが)総じて美麗で、正直年齢が不詳だった。
尖った特徴的な耳や、豊かな金髪。翡翠または青色と個人差はあるようだが綺麗な瞳。
完璧な曲線を描く輪郭。背丈は人よりも平均が高いようで、すらりとしなやかな印象を受ける。
お婆様にしても背は少し低くとも矍鑠としていて、多く刻まれた皺に埋もれているが、目鼻立ちはすっきりしていた。
何より彼らの身体能力の高さが人間ではあり得ない。
そして、それらが森の中に溶け込んで違和感なく存在する神秘性が、エルフの真実を意図なく隠していた。
「……俺はそんなにガキじゃないぞ」
不服そうに呟いたのはレインだった。
「いや、この者の精神年齢はそんなものだ。間違ってはいまい」
お婆様がしれっと顔色を変えずに言い切った。
そんなお婆様にレインが噛みつくような表情を向け、すぐさまイリスへと言い含めた。
「いいか、俺は今年で52だ。兄上は97、義姉上は…」
「あら?女性の歳をバラすのはご法度よ?」
レインはみなまで言い切る前に、笑顔のままのアンに耳を引っ張られていた。
いつもならその様子を微笑ましく見ているところだが、このときばかりはイリスに余裕はなかった。
「52歳!?う、うそ。だって」
「寿命からして人間とエルフじゃ違うからの。成長もまた差が出てくる」
お婆様にそう言われてイリスは思わずまじまじと見返してしまった。
レインやルールルさんがあの年齢なら、お婆様はどうなんだろう……
女性に歳を聞くものではないと躊躇ながらも、興味津々なイリスの表情に気づいたレインが諦観めいた口調で言った。
「婆さんに聞いても無駄だぞ。耄碌してて覚えていられないぐらいには生きてるようだからな」
「まったく減らず口だけは達者じゃな。わしだって自分の歳ぐらい…………ふむ…四百…いや五百……?……あー……数百歳であることは確かじゃ」
「ほらな」
平然と返すレインにも、とぼけたように首を捻り続けるお婆様にも目眩がした。
数百年単位なのね…桁がちがうわ……
「ま、私達の歳のことは置いておいて。なんだかここにきて違和感が無さすぎて……エルフの歳換算しちゃってたけど。イリスが今年で成人っていうのはちょうど良かった」
「そうよね。この里の住人であることと、成人であることがこの儀式参加への資格だから、精霊が認めてくれれば……」
ルールルとアンがそれを横目にさっさと話を進めている。
歳のことなどに動じる要素はまったくないようだ。
「うむ。では試練の次に儀式の準備や練習とイリスは大変じゃろうが、この里に受け入れたことを示すには『精霊の守護』をつけることで決まりじゃな」
会話へと戻ったお婆様が最終的な決定を下した。
「準備や練習って具体的にどんな?」
「精霊を呼ぶためには儀式があって、歌を唄うことが必要なんだ」
ルールルが優しく教えてくれるには、特別な歌を捧げることで、その歌を認めた精霊が守護する者になってくれるそうだ。
私でも出来るということは、どうやら魔力は必要のない歌らしいが、実際に人がこの地で守護を受けたことがないから未知数だと始めに断ってから、その儀式の大まかな流れを一緒に説明してくれる。
「よし。それじゃあまず、精霊と実際に会ってみましょうか」
一通りの説明が終わるとアンが元気に提案した。
「えっ!いきなりですか!?…というよりも儀式の時以外でも会えるものなんですか?何処で?」
「ふふっ精霊のお気に召す歌を捧げれば、何処でも、よ」
思わず勢い込んで聞いてしまったイリスを見て、アンが悪戯っぽく微笑んだ。
……この時私は展開についていくのがやっとで、いつの間にか会話に参加しなくなっていたレインの表情がわずかに曇っていたことに気づかなかった。
◇◆◇◆◇
そして冒頭に戻る。
「……なんというか、まったく改善されてなかったね……」
「呪文の詠唱なしに魔法を操れるからといって怠けすぎじゃ」
「エルフは普通歌が上手なはずなのに……イリスちゃんの前に、レインの指導のほうが必要かしら…」
散々な言われようだ。
さすがに聞いているイリスの方がいたたまれなくなる。
なにせイリスの手本として、周囲(主に長老とルールル)に乗せられる形で、レインは渋々ながら歌わされることになったのだから。
「あ、あの」
「……下手に気を使わなくていいぞ。自分でも音痴なのは分かってる」
面白くなさそうな顔で年上のエルフ達の方を見ながらレインが言った。
その不機嫌な声にちょっとだけ両肩をちぢこめたが、すぐに違う疑問へと行き当たって顔を上げる。
「……あの、レイン?レインは精霊を呼ぶときどうするの?」
「……それは言外に俺の歌が捧げ物にならないと言ってるんだな?」
「あっえーっと」
ジト目を向けられて慌てた。
その様子を見て、諦めたようにレインはため息をつく。
「……そもそも当主筋直系の者は守護が付いていないんだ」
「え?じゃあルールルさんとかにも『精霊の守護』はないの?何か理由でもあるの?」
「俺達が『精霊の守護』をつけるとあまりにも他と差がつき過ぎるから、っていうのと…」
「それと、私達は儀式無しに、相手が決まっていない精霊を呼び出して、従わせてしまうこともできるからね」
横あいからルールルさんがレインの言葉を引き継ぐようにして答えた。
「従わせる?」
それは守護がつく、というのとはやっぱり違うのだろうか。
「呼び出して魔力の強さを示し、それに屈服した精霊を従わせることが出来るんだ。まぁ一応“契約”、という形をとるんだけどね」
その時も呼び出しには歌や演舞を捧げるらしい。レインは演舞が得意だそうだ。
秋の祭りに組み込まれているこの成人の儀には、一族の当主筋の者がその捧げ物によってまず多くの精霊を近くに引き寄せる。
そこで私たちは歌や演舞を改めて捧げ、『精霊の守護』を受けるのだそうだ。
演舞は習得に時間がかかる上に、エルフの動きを基礎としているから、私は歌で参加することが妥当だと判断されたようだ。
ルールルの話にへぇと感心していると、レインが難しい顔をして付け加えた。
「だいたい俺達が儀式以外で強行手段に出るのは、戦の時だけなんだ。だからむしろ当主筋のエルフに守護がいる状態は良くない、とされる」
「戦、って……人と?」
ちょっとだけ怖くなって思わず聞いてしまった。
私はエルフ達の中で生きていくことを誓ったけれど、それでもそんな事態になるのならやっぱり心が痛い、と思う。
それにルールルは安心させるように笑った。
「今のところその予定はないよ。彼らはちゃんと不可侵の条約を守ってくれているからね。それに人間との争いよりも、他方から来る魔法生物や種族たちの方がやっかいなんだよ。意志疎通がまったくできない者もいるから」
次いでレインも落ち着かせるような口調で言った。
「ま、俺達兄弟も、精霊を従わせるほどの大きな戦は経験してない。せいぜいが種族間同士の小競り合いで、結局は話し合いによる平和的解決がなされてきてるから」
「そっか」
良かったと思ったが口には出さない。
今、その予定がエルフ達にないだけで、人間から何か動きがあれば争うこともある、ということだ。
……心構えだけはしておかないと。
「そんな小難しいことより、お前は歌だろ。さっさと婆さんと義姉上に教わってこい」
レインに言われてハッと女性陣のほうを見やればこちらに手招きをしていた。
◇◆◇◆◇
.




