衝撃の勘違い
エルフとの初会話~(´◇`)
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エルフ、だわ……
イリスはぽけらっと、同年代か少し年上に見えるエルフを見つめた。
が、次の瞬間に固まった。
エルフがじろじろと無遠慮にイリスを眺めたかと思うと、しらっとした調子で毒づいたのだ。
「ふーん?こんなのが兄上の“付き人”か」
………?………えーと?
なんだかこの人、態度が尊大すぎじゃないかしら?
(ま、まぁ私は今、疲れてるし。さっきのは空耳かもしれないわ!)
そう自分に喝をいれて、イリスはなんとか愛想笑いを浮かべて尋ねた。
「……………あなたはだれ?」
「誰かに名を尋ねるならまず自分が名乗れ」
ズバンとした口調で少年(同い年より上に見えるから、青年?)エルフは答えた。
ピキッ。
どうやら空耳ではない、らしい。
~~~~こ、堪えて堪えて
「………イリス、と申します………あなたは?」
声が怒りで震えたが仕方ない。そう、私はこれでも頑張ったのだ。いろいろあって、私は疲れていたのだから。
「ところでお前は食われるのが趣味なのか?なんでこんなところに居るんだ?」
カッチーン。
もーあったまきたっ!
「ちょっと!あなたの名前は!?人の名前聞いたならちゃんと答えなさいよ!しかもなんでいるかですってっ!?私はっ」
そこまで勢いよく言ってイリスははっと我にかえった。自分の立場を思い出して今さら身体が震えた。
「………私が…今回の……30年に一度の、生け贄よ……」
生け贄、と言った瞬間、喉の奥に苦いような圧迫感があった。自分で言葉にすることで、改めて現在の状況を認めているような気がした。
しかし感傷に浸っているイリスそっちのけでエルフが素っ頓狂な声を上げた。
「はぁ?生け贄~!?何言ってんだ?」
その大きな反応に今度はイリスが身をひいた。
「な、なによ。さっき言ってた"付き人"とかいうのが生け贄って意味じゃないの?」
「んなわけないだろ………あーなんかいろいろ思い違いがあるみたいだな……だから今回はこんな奴が来たのか……?」
なにか思い当たる節があるのか、エルフは後半ぶつぶつと文句のように呟いた。驚いたからか、はじめに見せていた尊大さは薄れ、どうやらこのエルフの素が出てきているようだ。そのことに少しだけ勇気づけられて突っ込んでみる。
「"こんな奴"じゃなくてイリスよ。で?あなたの名前をまだ聞いていないわ。いい加減教えてよ」
「ロッジ・ル・ファーレインだ」
そのエルフはチラッと不満そうにイリスを見てやっと名前を教えた。
「ロッジ…ル・ファーレイン…」
ぎこちなくその名前を口の中で転がす。
そんなイリスの様子を見て、そのエルフは付け加えた。
「レインでいい。仲間は皆そう呼ぶしな」
「レイン、ね。分かったわ……それで、私はこれからどうすればいいの?」
「……とにかく兄上と長老に指示を仰ぐ。付いてこい」
そう言ってくるりと踵をかえしスタスタと歩き出そうとするので、地面についているマントの裾を行儀悪く踏みつけて咄嗟に引き留める。レインが前のめりに転びそうになった。ジロリ、と綺麗な顔を後ろに向けて睨んでくる。
「……何すんだ」
ううっ。声が低いわよ、レイン。
た、確かに踏みつけたのは悪かったけどさ、ひとつお忘れじゃないかしら。
「ご、ごめんねっ。でも私の手も胴も縛られてて、動けないんだから助けてよ」
美人(美エルフ?)が怒ると怖いっていうのは嘘じゃない。
整った顔で睨まれると、ある程度不可抗力な行動さえ咎められて、すぐに謝りたくなるから人間って意思薄弱よね。
私だけがそうなのかもしれないけど
「それぐらい自分でほどけるだろ?」
そう言い放ったレインには全く悪気はないようだった。心底不思議だ、と思っているかのような感じだ。
私はエルフじゃないし、魔法使いでもないことを知っているんじゃないのかな?
「……私は一般人で、魔法が使えないのよ?」
レインはますます怪訝な顔をした。
「お前に魔力の欠片もないことは見ればわかる。けど結び目はでたらめで緩いから簡単にほどけるだろうし、後ろ手でそれが無理でもその程度の縄なら引きちぎることは可能だろ」
そう言われてぐっと力を入れてみるが、手首もお腹も縄によって擦れたり圧迫されたりするだけでほどける気配や千切れる気配はない。
それを見てレインはびっくりしたようだった。
「ほんとにこんなもんも解けないぐらいの力しかないのか?てっきりあえて縛られてるのかと思ってた」
ちょっと待って。私はどんな趣味の人間だと思われていたの?
そこのところ激しく問いただしたい
けれどある意味答えを知るのが怖くて躊躇していると、さっさと手首に巻かれた縄を器用にほどき、胴に回った布製の縄はぶちっと引きちぎって解放してくれた。
「ありがとう」
一応お礼を言いながら立ち上がって、少しフラついた。足や手にうまく血がかよっていないせいだ。
その様子をなんだか哀れむようにレインは見てくる。
「……なによ?」
「なんというか、人間って弱いんだなぁと思って」
失礼なことをしみじみ言われた気がする……何時間も座りこんでたら、普通はこうなるものです。と言いたい。
でもきっとエルフ達にはこの"普通"が通じないんだろうなぁ。
そう思うと言い返すこともできず、黙ってゆっくりと歩き出したレインの後を追った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レインについて森の中の獣道を延々と歩いていると、突然拓けた広場に出た。
「わぁ」
これまでの疲労を忘れ、思わず小さな歓声をあげてキョロキョロと辺りを見渡す。
広場の中央には誰も見張りがいないのに炎が燃え続ける(レインに訊いたらそれは魔法の炎だからだそうだ)祭壇があり、広場の奥には木造の家々がいくつも連なっていた。
深夜もとうに過ぎ、もうすぐ夜明けということで、いくつかの家の煙突や窓から朝食の支度のいい匂いが漂ってきている。
それを振り切るように歩を進めて、一番奥まったところにある大きな屋敷へとレインはなんの躊躇もなく入っていった。
「ただいま帰りました」
「レイン!!」
レインよりひとまわりは小さな影がこちらへと駆けてきた。
ぶつかるような勢いで抱きついてきたそのエルフをレインはやんわり受け止める。
「まったく!帰りが遅いから心配したわ!なんでこんなに………あら?」
そこまで言って彼女はレインの陰になっていた私に気づいたようだ。何か言おうとする前にもう一人のエルフが優雅に近づいてきた。
「ほら、アン。言った通りレインは大丈夫だったろう?ちゃんと客人の案内もできたみたいじゃないか」
そう言ってこの中で一番背の高いエルフはイリスへ茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。
うわぁ~ウインクがここまで似合う人っているのね……いや、エルフなんだけど
その二人のエルフも外見的特徴はほぼ一緒だった。緩く癖のある金髪に碧眼で、皆整った顔立ちをしていた。
美女エルフ(アンさんというらしい)だけは頬に独特の赤い紋様があった。それが刺青なのか化粧なのかイリスには判断できなかったが、綺麗であることに変わりはなかった。
イリスがエルフのウインクに変な感心をして見惚れていると、アンを優しく引き剥がし、さっと視界を覆うようにレインが前に出た。
「ただいま、兄上。義姉上も心配かけて悪い。こいつはイリスだ」
紹介されたので慌ててペコリと頭を下げる。
「初めまして。イリスと申します。よ、よろしくお願いします」
いや、生け贄によろしくされても困るかもしれないけれど
イリスの様子を見て兄上と呼ばれたエルフとアンは驚いた顔をした。しかし二人は丁寧に応じてくれた。
「こちらこそ。私はマーロ・ル・アンフィーリアよ」
「私は当主のロッジ・ル・ルールルだ。……こちらの方は?"付き人"には見えないけど」
そう言ってルールルはレインを少し咎めるように見た。
「あー"付き人"に関してなんだけど……人間達との間に思い違いがあるみたいだ、兄上」
「思い違い?」
説明を求めるようにルールルはレインからイリスへ視線を移らせた。
ええと。
取りあえずさっきから、気になっているんですけど……
「あの……"付き人"って何ですか?生け贄とはどう違うんですか?」
「生け贄?ぜんぜん違うわ!」
質問にいち早く反応をしたのはアンだった。よほど衝撃的な言葉だったのか綺麗な形の目と口が無防備にも開いている。
そんな彼女を見て、やっぱり美人はどんな表情でも良いのねと私は思ってまたまたぼんやりしかけた。
それを察知したのか分からないが、レインはパンッと手を打ってその場の注目を集める。
「まぁ、まずそこからだな。とにかく話し合いの場が必要だ。それと兄上と婆さんの指示も」
弟の言葉にルールルは頷いた。
「そうだね。とりあえず部屋に入ろう」
その判断に従い、私は手近な部屋へとお邪魔することになった。
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『iris』(イリス)と『rain』(レイン)。
実は私の中では繋がりのある言葉だったりします(*´∀`*)
そこらへんは多分おいおい…またこちらの後書きで。
それにしても他のエルフの名前は悩みました。
人間風ではないようにしたかったんですけど……難しい。
次はちと説明的になるかもです。