贄はエルフの…
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◇◇◇◇
『胸はっていいんじゃねぇの?』
その一言がじんわりと身体に染み渡った。
徹夜で歩いているにも関わらず足取りが軽かった。
くしゃみ痺れのズタ袋(この名前を言ったららますますレインに『そのまんまだな!』と爆笑された。きっとほっとして気が緩んだから笑いの栓も緩まったに違いない。決して私のネーミングセンスの問題じゃない)投下の結果、私たちは“花喰い”のヘドロまみれとなったが、至って爽やかな気持ちだ。
手の中のエリスの花は汚れず、綺麗なままだ。
いくら掌で覆っていたとはいえ、茫然としてたから少しぐらいかかってしまったかと思ったから、不思議だ。
途中、小川でヘドロを落とすかとレインと話したが止めた。
どうやら“花喰い”の体液は植物避けの効果があるようで、森の中で出くわす血を求めて絡み付いてくるブラン(魔法蔦の一種)や噛みつき花などがそそくさと道を空けてくれて便利だった。
期限の日、三日目の夕方。
エルフの里の入口で、夕陽を背にしているエルフたちの影が3つ。
それを遠目で確認して、レインと思わず目を見合わせた。
「イリスちゃん!レイン!」
近くまで来れば、待ちきれないとでも言うようにアンが駆け寄ってきた。
勢い良くイリスへと抱擁をするので、とっさに受け入れてから慌てた。
「ちょっ!アンさん、私、いまかなり汚れてて!」
「大丈夫よ!ぜんぜん気にならないわ!」
アンはイリスの抗議に構わずぎゅうっと抱き締めた。その豊満な胸や細い腰に同性のはずがドキリとした。
「おやおや、なんでそんなに汚れてるんだい?」
「ふむ。この臭いは“花喰い”かの」
ゆったりと近づいてくるのはルールルと長老だ。
レインはすぐさま長老の方へと向かった。
「おい婆さん。その通り“花喰い”だよ。あんな物騒なところへ…」
「だが無事に帰れたようじゃの。血の臭いは混ざっとらん」
「話を聞け。話を」
「なんじゃ、レイン。帰ってきて早々愚痴か。これだから若い者は」
「だ・れ・の・せ・い・だ!」
すぐさま言い合いへと発展しそうな二人を置いて、ルールルはいまだに抱き合うアンとイリスの傍へ辿り着いた。
その気配とともにペタペタと触ってイリスの身体が無事だと確認し終えたアンもゆっくりと抱擁を解いた。
「レインはちゃんと助けてくれた?」
「はい。たくさん。清算するのが大変そうです」
「清算?」
イリスは苦笑をもってアンに答えた。
レインが居なければ絶対に無理だったのだ。
最後で少しだけ挽回しても、もしこの里で暮らせるのならばいつか必ず。
「イリス。試練の花を持ち帰れたようだね」
「あ、はい。これです」
そう言って透き通るように白いエリスの花を両手で掲げた。
アンもルールルも目を細めて微笑んだ。
「とてもいい香りね」
「本当だ。その花の周りの空気が澄んでいくみたいだ」
「これで…認めて頂けますか?」
「いいや。最後の仕上げが必要じゃ」
その会話にいつの間にかお婆様とレインも近くまで来ていた。
「当主。誓い承認の儀を急ぎ取り計らい、完了の儀を頼む」
「承知しました……イリス、こちらへ」
お婆様に命じられ、ルールルが動き出した。
さっと片手を地面に向けて振ると独特の紋様が青い光の線で刻まれる。
その中央にイリスとルールルのみが向かい合い、他のエルフたちはその紋様から外へ出た。
その途端サァッと一陣の風が吹き抜け、ぐんっとそこの空気の密度が増すように感じた。
気がつけば長老以外のエルフたちは片膝をつき、右手を左胸の少し上へと軽く当てていた。
『…汝、エリスの花に誓いし者、イリスよ』
トントン拍子に進む周りに思わずキョロキョロとしてしまったイリスの意識を目の前に戻したのは、唐突に始まったルールルの朗々とした詠唱の声だ。
それに反応して両手で囲んで持ったエリスの花が周りに満ちた青い光と共鳴するように輝く。
ふわり、と掌からエリスの花が浮いた。
『我、当主ルールルがその誓いの調停者となり、ここに印す』
ルールルがそう唱えながらイリスの右手を取った。
宙に浮かんでいたエリスの花は舞うように下降するとするりと花弁の首と根が絡み、イリスの手首をブレスレットのように囲んだ。
『誓いを違えることがなければこの紋様もエルフも汝とともに在ると我らも誓約しよう』
『『『誓約しよう』』』
ルールルの詠唱に、エルフ達が続く。
一際白く白く輝いた後、すうっと肌に吸い込まれるように霧散した。
後にはエリスの花があった肌の箇所に濃い緑の影が残った。
アンの頬にある赤い紋様と質感的には同じものだ。イリスの色白の肌にくっきりと緑の紋様が浮かび、不思議と彼女の雰囲気に合っていた。
一瞬の満ち足りた間があった。
「……イリスちゃんおめでとう!これで正式に私達の仲間ね」
「一件落着ということじゃな」
「あとは他のエルフたちに対する周知徹底だな…」
「あら。“付人”になればいいわ。もちろん“当主の”ではなくて“エルフの”、ね」
「義姉上?どういうことだ?」
「鈍いのぅ。“付人”には他の意味もあろうて」
「レインは武術一筋でしたからね」
満足気にガヤガヤとエルフ達が話し出した。
「あ、あの!」
大きな声にエルフ達が一斉に振り返った。
呼び掛ければ、こちらを見てくれる存在がいる。
これを幸福と呼ぶのは大袈裟だろうか?
「ただいま、帰りました」
言おう言おうと思ってタイミングを外したセリフを今一度口にする。
『おかえり、イリス』
ずっと忘れていた返事がかえって来ることを期待して。
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ここまでお付きあいいただいた方、ありがとうございました!
小説を書くのは始めたばかりで、文章もたどたどしかった中読んでくださる方が一人でもいるということがほとんど私には奇跡です(*´∇`*)
ではでは、またちょろっと小話を2、3足してイリスとエルフ達の邂逅編は完結にします。
実は続きを考えてたりする…ような…ょ。




