短所がダメなら長所を
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魔法を使えないことがここまで自分を無力にするとは思わなかった。
とりあえずイリスを抱えて逃げることしかできない。
だが状況が状況だから仕方ないとはいえ、イリスが何の抵抗もなく腕の中にいることのほうが俺にとっては“花喰い”より大きな事件だった。
びくついていたのは先ほどイリスが言っていたように本当に『男に抱き上げられることに慣れていないから』なのだと安心している自分さえ確認できた。
しかしチラリと腕の中の存在をのぞき込んでイリスの横顔の硬さにヒヤリとした。
「レイン、魔法を使うためにその枷を外す方法はあるの?」
「それは」
ある。というか俺が少しでも力を籠めればいとも簡単にできる。
けれどそれを教えてはいけないと思った。何を言いたいか先が読める。
俺が言い澱んだのは攻撃を避けるためだと思ってほしい。
しかしイリスは聡かった。
「あるのね?」
今度は質問ではなく確認だった。
イリスが来てからどうも色々とうまくいかない。
別段俺が嘘をつくのが下手なわけでも、イリスが穿った物事の見方をする奴であるわけでもない。
むしろ俺は一族や仲間のためなら躊躇なく嘘をつくことはあるし、イリスは素直だから騙されやすくすらあるはずだ。
けれどこんなにも容易く嘘をイリスに見透かされるのは俺にゆるみがあるからだ。
こいつには嘘をつきたくないとガキ臭い感情がどうしようもなく顔を出す。
「あるならレイン、魔法で「あっても俺は使わないぞ」」
ほぼそんな方法があることを認めた形になってしまった。
しかしこの際形振り構っていられない。
“花喰い”が追いかけてきているし、エリスの花が輝きを失いつつある。
つまり、それが意味することは。
「俺が今、魔法を使ったらここまでの苦労が水の泡だろ」
俺に崖から降りる時も手助けされることすら渋っていたイリスだ。
もしいま魔法を使えばイリスはきっと潔くこの試練を降りるのだろう。
イリスは意外にも頑固で言い出したら聞かないのだ。
「そんなことより命のほうが大事だわ!」
「そんなって言うな。試練だって大切なことだ」
「でもレインは・・・」
言葉のさきは途切れたが、何を言いたいか出逢って間もない俺でも分かる。
「俺は別に巻き込まれた訳じゃない。最初からこれは魔法の使えないエルフと人間で乗り越えなくちゃいけない試練だったと思っておけ・・絶対に無事、里に着くから」
嘘は言ってないが、このままだと『時間内に』里に着くことは難しそうだ。
強く地面を蹴り上げてかなりの距離を稼いだはずだが“花喰い”も巨大な図体に似合わず俊敏に追いかけてきた。
左に避けようと思うとそちらにあのヘドロを飛ばされ、右に避けようとしても黒く蜘蛛に似た図体が立ちふさがる。
その無軌道な動きのせいで普段の三分の1も進むことができていない。
万が一このまま撒けずに里にたどり着いても炎系統の魔法が使えれば“花喰い”は脅威ではない。里の誰かが簡単に追い払ってくれるだろう。
問題は時間と、イリスの気概だけだった。
“花喰い”の攻撃を避けつつイリスと言い合いをしているうちに朝陽が稜線を染め上げた。
炎と太陽・・・
もしかしたら、という可能性をひらめいた。
「とにかく一度覚悟を決めたなら、最後まで諦めるな!」
イリスの持つ白い輝きを、潰えさせてはいけない。
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太陽が顔を出せば“花喰い”の動きも鈍くなるんじゃないか、という望みをかけたが一向にその気配はない。
敵の弱点は直接的な熱であって太陽の暖かさ程度では意味がないことが分かって毒吐きたくなったが、時間内に意地でも間に合わせてやると改めて決意した。
そして唐突に胸元あたりの布をくいくいと引っ張られた。
「…レイン、“花喰い”ってやっぱり鼻は利くの?」
こんな時にまで好奇心で質問するのか、とは思わなかった。
イリスが“花喰い”をじっと見据える瞳には思案する光が浮かんでいたから。
どうやらこのまま覚悟を決めてくれたようだ。
その証拠にエリスの花が白い輝きを取り戻し、甘い蜜の香りは一層強くなった。
・・・つまり“花喰い”の動きもより一層活発になったということだが。
「かなりいい嗅覚なのは確かだな。水の中から崖上にある好物の花の匂いを嗅ぎ取ることができるくらいだし」
「そっか・・・それなら」
イリスはなにやらごそごそと自分のポーチを探り始めた。
迫りくる“花喰い”から逃れるためにかなり急激な動きをしているんだが器用なことだと感心した。
それにしても、イリスが落ち着いただけでこちらまでその雰囲気が伝染したかのように気持ちが凪いだ。
魔力も身体能力も及ばないことを痛感しているだろうにこの切り替えの早さと肝の据わりようには感嘆する。
『人間ってのはな、俺たちが思っているより強かで面白い奴らなんだぜ』
昔に言われたことを思い出す。
知ってはいたがそれを実際に初めて感じた。
「よし。見つけた」
お目当てのものを手にできたのか満足げにイリスはひとりごちた。
ポーチから取り出した右手にはイリスの手のひらに少しあまる程度のズタ袋が握られている。
それを掲げて、イリスは何かを思いついたように呆然とした表情になった。
「そういえば、レインも鼻がいいんだっけ……。」
「まぁ、お前よりはな」
少し思案するように目を伏せると、ポーチにズタ袋を一旦しまって、イリスはレインのフードを引っ張り頭から被せ、ついでに口元を布で覆った。
下手をするとそれは視界を遮るためあまり褒められたものではないのだが、レインは全く抵抗する気にならなった。
そんな無防備な自分を自覚してレインが驚くのはまた先の話だ。
イリスは自分も同じようにして、ズタ袋をレインに渡した。
「私が投げるより正確だろうし…これを空中で裂くように“花喰い”投げつけて・・・そのあとは逃げの一手でお願いします」
イリスは太陽の光を受けた蜜色の瞳を悪戯っぽく瞬かせた。
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まさかの操作ミスで消去をしてしまい・・・書き直し中。




