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贄はエルフの付き人に  作者: Fleur
贄はエルフの付き人に
15/27

甘い蜜(後編)

.



◇◇◇◇◇◇



ビュウッと凄い音が耳を覆った。


腰と足に回った腕の感覚だけでは足りなかった。

目の前にある首と肩にも躊躇(ためら)う余裕もなくすがりつく。


ふわん。

地面に着く衝撃を和らげるため、レインが深く屈伸した。

落ちる感覚は数秒にも満たなかったが、その体勢のまま数秒間動けなかった。

地面の固さが伝わってきて、やっと浮遊感がなくなる。




「………おい。降りたぞ」



うん。そうね。不時着したわね。


………。


………せめて降りるぞとか一言声をかけてよ。心の準備くらいさせて。

いや、でも降ろしてもらったんだからまずは感謝すべき?



いろいろと言いたいことがぐるぐると胸中で渦巻く。

とりあえず、いつの間にか瞑っていた目蓋(まぶた)をそろそろと開ける。


そして目の前に広がった景色に、心に浮かんだそれらが消えた。




だって足元に、目の前に。


真っ白に透き通るように咲いている、エリスの花だ。



やっと届く




ゆっくりとレインが降ろしてくれるままに、そちらへ向かおうとした。

しかしその前にしなければならないことがあって、寸でのところで思いとどまる。


全身で振り返って、どこか不貞腐れたようなレインと目が合う。

顔を背けようとしたレインの頬を、両手ではしっと挟み込み、こちらに向ける。


今度は、レインが身を硬くした。



「ずっと不思議だったけど、私が"我慢すること"って何?道中たまに言ってたわよね?私、我慢なんてしてないわよ?」



ピクリとレインの肩が動いた。無理矢理に(かが)ませるようにしているから姿勢が辛いのかもしれない。

手を放そうかと思ったけれど、止めた。

今放せば、おそらくはぐらかそうとするに決まっている。



「……お前、俺に触られる度に嫌そうにしてたろ。エルフに慣れないのかも知れないが、そのままだとこの先辛いぞ」



「え!?嫌がってないわよ?」



「嘘つけ。熱出して抱えた後も今も、固まってただろーが」


ジロリと軽く睨まれた。

今度はこちらが肩を揺らす番だ。


あ。もしかして今朝の?すっかり忘れてたわ。

というか、まさかあれがそんな風に捉えられていたとは。


けれどなんだか本当のことを言うのも恥ずかしい……気がする。



「あ、あのね……男の人に抱えられる機会ってそんなにないからちょっと……びっくり?そう!びっくりしちゃっただけなのよ!……だからエルフだからとか、そういう訳ではなくて…だから…その」



だ、ダメだ

焦って言ってることが支離滅裂だ。

当たり障りのないラインで説明しようとしたのにこの有り様。


けれどそんなことには頓着せずわたわたしているイリスをじっと見て、レインは慎重に念を押す。



「……嫌って訳では…ねぇ、のか?」



「うん!ぜんぜんない!」



勢いよく首を縦に振りながら力いっぱい肯定した。


っていやいや、こんなに全力でってのも変に思われる!?


自分の行動にいちいち気をめぐらせて心中でじたばたのたうちまわる。

けれど必死な様子は伝わったのか、

「……そうか」

と、レインが笑った。

目の前のその顔を真正面から見て、パッと両手を彼の頬から放す。



「あ。うん。そういうこと、デス」



なぜ敬語。


自分自身に突っ込みを入れつつ、仕方ないとも思う。





――――そんな嬉しそうな顔は、卑怯だ。




◇◇◇◇◇◇






「ほら、俺はここにいるから。さっさとエリスの花に誓ってこいよ」



急に機嫌が良くなったレインは先程と打って変わってサバサバとした口調だ。

まるで私が花の試練に受からないことを、考えていない口振りでもある。


……ぎくしゃくした私の態度をそんなに気にしていたとは。というよりそこまであからさまに動揺していた自分が情けない。


これから誓いの儀式だというのに疲労感を感じた。特に心臓が全力疾走したかのように疲れている。

降ろしてくれたことに対して感謝をすることも、その時にはすっかりと頭から抜け落ちるほどに動揺していた。



「そ、そうね。行ってきます」



だがそのままぐだぐだしてはいられない。

パンッと両頬を軽く叩いて気合いをいれる。



ゆったりと覚悟をきめながらエリスの花に近づいた。


レインから離れると、崖下へ吹く風によって辺りの空気は身を引き締めるように冷たいことに気づいた。

けれど後ろから投げかけられる視線と気配は温かかった。


一歩、一歩近づくごとに、自然と落ち着いていった。余計な思考は削げ落ちていく。

群生した中から、惹かれるように一輪のエリスの花を選んで、片膝をつく。

それに応えるように、選んだエリスの花が白く柔らかい耀きを増した気がした。

そっと根元に近い茎に片手を添える。

空いた手を左胸に当てて、花に向かって少し首をたれて誓いの言葉を。



『私、イリスは森の掟に従い、生涯をエルフの一員として生きると誓います』



そしてイリスは真っ白な花を根元から慎重に引き抜いた。

その根は思ったよりも簡単に抜け、両の手のひらで持ち上げた途端、ふわり、と今までに無かった香りが辺りにたゆたう。


それは、澄んだ甘やかな、蜜の香りだった。



◇◇◇◇◇


.

崖下へ吹く風と、甘い蜜の匂い。


これによって何かが起こる、かも!?


とか煽っても所詮書き手は私ですから。

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