白くおぼろに霞む花
こちらも後日、間違いなどを修正するかもです。
が、とりあえずアップ。
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◇◇◇◇◇◇
――――眼前に広がった景色に息を飲んだ。
◇◇◇◇◇◇
その再出発の2日目は、ほとんど山登りだったと言っても過言ではない。
ホロの森は双児山の麓にある。
その高く険しい山によりソーレ地方は西と東に大きく分断されており、同じ国内の同じ地方と言ってもかなり気候やそれぞれに住む者たちの文化も異なっている。
それはさておき、今回の試練ではその東側の片山の頂上へ登る……という訳ではない。
『ひとつ瘤』と呼ばれるその片山にくっついた小山を登っていた。
高さはそれほどないが険しく、また水脈がそこかしこに通る山である。
イリスはグイッと額に浮かんだ汗を拭った。
山の空気は清涼で、汗をかいてもすぐにさらってくれた。
茜色に染まった空からの陽射しがふわりと辺りを優しく包んでいる。
レインの予想よりも少し遅い進行具合だ。
前を行くレインの後をしっかりとした足取りで追えるのは、やはり昨日1日休息をとれたおかげだ。だるさも身体から完全に抜け、頭もすっきりとしていた。
それでも、キツい
イリスはこれでも身体を動かすことには慣れているつもりだった。
一人暮らしの重労働は勿論のこと、薬草や動物たちの様子を見に度々森へと入っては探索をした。
村の娘たちの中でも、華奢な体格のわりに丈夫な方であった自覚もある。
だから運動不足……というわけではないのだけど…
この小山、登れば登るほど斜面が切り立ち、辺りも岩でゴツゴツとしてきた。
だんだんと手をつかなければ上へと登れなくなり、しまいにはレインに引っ張りあげられなければ身体が持ち上がらないほどの段差もあった。
それにしてもこんなに……
こんなにエルフと人間は違うのだと思った。
男とか女とかそういったレベルの問題ではないのだとまざまざと思い知る。
先ほどから全くレインの息はきれていない。イリスに合わせてゆっくり移動しつつ、チラチラと後ろを気遣うように振り向いてきた。イリスがどんなに急いていても必ず休憩を適度に挟ませ、その間にレインは先を行って少しでも歩きやすい道筋を見つけ出した。
そうしてほとんど倍の距離を行ったり来たりしているのに、彼には疲労の色がまったくと言っていいほど見えなかった。
山登りの前、森にいた時も魔力を備えた動く蔦や木の幹を剣で薙ぎ払って道を先導してくれたが、その際も平然と歩を進めていた。高い木や大きな岩の上へ、ひとっ跳びでかけ上がってしまう。五感にも優れ、危険を敏感に察知して先回りをする。
そのときも今も、頼もしい。
イリスはその様に感心する一方で、諦めにも似た気持ちになった。
所詮、エルフと人間は違う…
本当にこのままエルフの里に残ることは正しいことなのか今更ながらに不安になる。
同じだけの…またはそれに代わるだけの能力がない者が、彼らに混じっていけるのだろうか。
ただ黙々とレインの後を追いながら、漠然とした焦りと不安が胸の奥に広がった。
私は、本当に……
「イリス、あと少しだ」
その呼び掛けに意識が戻る。
今や太陽は完全に傾き、空の色は濃い群青へと変わっていた。
ダメだわ。黙ってぼんやりしていると肝心な時に弱気になるもの
とりあえず、一歩でも進んでる
ぐらつきかけた気持ちを立て直したものの、その前向きな考えは十数分後に眼前に広がった景色の迫力にのまれた。
「ほら」
差し出された手を取って最後と教えてられた大岩を登る。
――――そうして、眼前に広がった峡谷の景色に出会ったのだ。
◇◇◇◇◇◇
「―――ああ」
一瞬止まった時が不意に動いた。
思わず、吐息のような声が零れる。
そのまま、へたりこみそうになった。
――――だって、近くて、遠い。
切り立った峡谷を覗き込めば目眩のするほどの高さがあることがわかった。
峡谷の底は暗くて、見えない。
水音が遠く、微かに聴こえる。
こちら側の崖が底へ行き着く途中で、微妙に突きだした岩場があって。
そこに"望み"は群生していた。
月光を集めて纏うエリスの花だけが、ぼんやりと白く輝いて見える。
無理だ、と悟った。
この試練がエルフに課せられている意味を理解する。
エルフだったら確かにここからエリスの花が咲く突き出た場所へ飛び降りることができるだろう。
だが人間では怪我をする高さだ。よくて捻挫、打ち所が悪ければ死ぬ。
万が一無事に降りることができても、揃えた道具の中には崖をよじ登るための工具がない。
夜闇が辺りを覆っていても。深谷にあろうとも。白く浮かび上がるように咲く『試練の花』
まるで、手が届くと思わせ、けれど決して触れさせない月が嘲笑っているように、思えた。
◇◇◇◇◇◇◇
「―――イリス」
凛とした声に名前を呼ばれ、はっとする。
自然と背筋がのびた。
「諦めるのか?」
淡々とレインは訊いてくる。
彼には似合わない声色だが、その場には似つかわしい問い。
これは、私の試練だ。
どんな選択も私が決めて、私が選ぶ。
『落ち込んでもくよくよしても、そのままで終わるな』
昔、大切な人がくれた言葉。
何か行動に移す前にいつも考えすぎて、いつも躓く私はこの言葉によく支えられた。
落ち込むのは仕方ない。
泣いたっていい。
でも、そのままはダメだ。
どんなに躓いても、最後には前を向いて。
それを教えてくれた人は、もう近くにいない。
けれどその言葉とレインの声は、同じだけの効力があった。
たったそれだけで、弱気になったのが嘘のように困難に立ち向かう気力が沸き立つ。
「諦めないわよ」
口許に笑みが浮かんだ。
目の前にある望みを。
諦めるには、まだ早い。
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