再出発の行方
また修正するかもです。
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ふわり、と意識が浮上する。
安心できる温かさの中でいつまでもぬくぬくしていたかったけれど、勝手に目蓋だけは開いた。
そして暗い洞窟を照らす小さな火が真っ先に目に入り、次いで美麗な顔が間近に見えた。
「起きたか。具合はどうだ?」
その声を聴いた瞬間、どっと現実を思い出してなんとか身じろぎしようと全身に力をこめる。
同時に掠れた声で尋ねた。
「今、何時…」
「真夜中だ」
「うそ……進まないと…」
「待て。明日の朝になったら出発すれば十分間に合うところまで来てる。詳しいことはまた目が覚めたら教えてやるから、とにかく今は寝とけ」
すぐにでも動きだそうとするのを阻むように優しくぎゅっと抱き留められ、ただでさえ動かしずらかった身体からごっそりと力が抜けてしまった。
そうされてやっと自分がレインの腕の中にいることに思い至る。
多少気だるさは残っているものの、ほとんど思考は正常に戻りつつあったイリスは混乱した。
現状把握が進むにつれてじわじわと頬に熱が再び上がりだした。
「それにまだ熱が残ってるみたいだしな」
その熱をどう勘違いしたのか、ゆっくり休め、と言いながら頬を手のひらでなぞられた。ゾワリ、と甘い痺れがうなじから背に流れる。
恥ずかしさでさらに熱が上がった気がする。
抗議の声をあげようとするも喉が固まったように動かなかった。
な、なにやってくれてんのよ!は、恥じらいとか……
八つ当たり気味に心の中だけで言ってみたが、どう考えてもレインは悪くなかった。
むしろ善意でイリスのためにしてくれたことであるし、感謝こそすれ文句を言う筋合いはない。
心配げにこちらの反応を窺ってくる様子からも、そういったことをレインが考えていないのは明白だった。
この時には試練の続きについてレインの保証を信じていた。というかもはや信じるしかなかった。
「う、分かった。ね、寝るね……」
こちらばかり変に意識していると思うとどうにも居たたまれなくなって、毛布でモソモソと顔半分を隠した。
も、もしかして今まで寝顔見られてたのかしら!?
て、いうより……顔まわりはそうでもないけど、汗とか……うう…
どうでもいいことのようで、実はかなり切実な疑問までに思考がぐるぐるする。
無駄な努力と知りつつキュッと目を瞑り、髪の毛と毛布でほとんど顔が見えないように首をすくめた、ら。
「寝苦しくないか?」
ふわ、と。
ほとんど指先だけで前髪をかきあげられた。
よ、余計なことを~~~!
視線を真上から感じるも目が開けられない。
頬だけに止まらず全身の熱が上がるのが今度ははっきりと分かった。
「だ、大丈夫。ありがと……」
声が微妙に震える。全部風邪のせいだと思って欲しい。
レインは善意!!善意でたった今動いてくれてるだけだから!
なんとかかんとか自分に言い聞かせる。
変に意識するのもぎこちなくなるのもお門違いだ。まったくもって失礼に当たる。
とは言ってもさっきみたいにぎゅっとするのは止めて欲しいわ……
いろいろと勘違いをしそうになるから。
さっきまであんなにも安眠をしていた腕の中で、イリスは身じろぎすらままならない窮屈な眠りへと逃避を図ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
うん。起きた。
完璧に起きた。
イリスは現在、絶賛猛省中もしくは身悶え中だった。
原因はいくつもあった。
まず情けなくも風邪でダウンしてしまったこと。
うん。これは体調管理がなっていなかった自分のせいだわ
生け贄として何時間も夜の森に置き去りにされ、試練のために緊張してあまり寝られず、朝からほぼ歩き詰め、とどめとして雨に降られたら、一般的な人間それも少女ならば体調を崩しても仕方ないはずなのだが、彼女はそうは思っていないようだ。
そもそも、イリスにとってそれはさほど反省と動揺と羞恥の原因として重大ではなかった。
むしろそこだけを反省して現実逃避をしたいと願ってしまいそうだ。
が、そういうわけにもいかない。
……そ、れと。
今朝起きてからの態度について。
アレはないでしょ。アレは
二度目に起こされた時から着替え、そして朝食にいたるまで、自分でも呆れるほどギクシャクとしてしまった気がする。
思い返してほとほと挙動不審だった自覚があるだけに、しまいにはレインが微妙に距離をとっている今の状況に文句は言えない。
恩知らずにも面倒くさい過剰反応をするからレインもムッとしたのかもしれない。
そう思うと妙な寂しさを感じたが、半面ホッとしたのも事実だ。
近すぎるとざわざわしてどうしても落ち着かないのだ。
レインがかっこよすぎるのがいけないのよ!
女の子なら誰だって、あ、あんな風にされたらドキドキするわ!きっとそうよね!
落ち着かない原因の一切合切をレインへと責任転嫁する。
これはこれで恥ずかしい結論を出していると気づかない程度には、イリスは動揺していた。
そしてそれは男の子自体になれてないからしょうがないと(なんとか)割りきったとしても、最初に熱を出しながらつらつら考えていたことを思い出すだけで頭を抱えたくなった。
イリスにとって目下のところ、最大の反省点はこれだ。
~~~なんっっであんな悲劇の乙女ぶった思考になったのよー!私のばかっ!
居場所が欲しいというのは掛け値なしの本音だとは認めるけれど、それにしたってあれはない。
かなり自分本意な考えだった気がする。
恥ずかしすぎる。自意識過剰だ。
さらにそれをどこまで口にしていたのか定かではなく、レインに聞くに聞けなかった。
なんか変につついてやぶ蛇とか嫌だし…
でもほんとに恥ずかしくて消えたくなるわ……
と、まぁ実際には声に出さず、心のなかで怒濤のごとく飛び交う反省と羞恥に耐えていた。
それをなるべく顔に出さないようにしてレインの話を聞く。
「……っていうルートで行けば今日の夕方には峡谷に着く。このルートのここの登りがお前にはきついだろうけどまぁゆっくりでも夜には…」
「帰りも入れて、間に合う?」
お婆様からもらった簡単な地形図が描かれた巻物をはさんで渓谷へのルートを確認の最中だ。
もし間に合わないかも、と言われたら徹夜も辞さないとイリスは考えていた。
計画的な話をしていると普通にできる。お互いに真剣なため、浮わついたものが入る隙間がないのが幸いしていた。
「ああ。帰りの方が緩い傾斜を選んでいけば楽だしな。もっとも不足の事態が起きなければ、だけどな」
と、油断していたらさっそく脇道に話が逸れた。
ちらり、と向けられた視線に怯む。
エメラルドグリーンの瞳に翳がさしているように見えてズキリと胸が痛んだ。
そ、そんなに迷惑だったのかしら……
レインの面倒くさそうな声や呆れた目は、この短期間でそれこそ(哀しいかな)慣れてしまっていたが、今回のこれは今までで一番重く感じた。
けれどそういえば改めてお礼と謝罪をしていないことに気づいて、それも仕方ないかと思う。座り直して背筋を正した。
「あの…迷惑かけてごめんなさい。あと、いろいろありがと……」
背筋を正した勢いとは逆に、語尾が小さくフェードアウトしていく。
言いながら自分の醜態やらレインの優しさやらを思い出して恥ずかしくなり、また小さくなる他なかった。
うぅ、本当に始末に終えない
チラッと目だけを上げると、少しだけ気まずげに視線をそらしているレインがいた。
「や……まぁ別に。気にする程じゃねえけど……」
その時不意に視線を戻したレインとばちっと目が合い――――――――――どちらからともなく、視線を外した。
「……んじゃ、出発するか」
「うん。さくさく進まないとね!」
今はこの雰囲気を続けないと―――エリスの花探しという目的の他に、この二人が共通認識したことだった。
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渓谷→峡谷に。
峡谷のほうが深く切り立っているそうなのでイメージに合うよう修正しました。




