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贄はエルフの付き人に  作者: Fleur
贄はエルフの付き人に
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夜の森の中で

.


ある村に古くから、30年に一度守るべき掟がありました




エルフは人より優れた生き物でした


彼らは人より上手く魔法が使え

彼らは人よりさらに賢く

彼らは人よりずっと身体が丈夫で


にもかかわらずエルフ達はひっそりと森の奥深くで暮らしていました




人間は賢くも、愚かでした


人とは弱いと同時に強欲で

残酷であるかと思えば慈悲深く

単純なようにも複雑なようにもなる厄介な種族でありましたので


エルフの優秀さを知り、恐れました


強く賢いエルフたちが、いつか人間を力ずくで支配下に置くようになるだろうことを怖れました


一人の恐怖は二人に伝染し

二人の恐怖は四人へ

四人の恐怖はそこかしこへ


そうして伝染した恐怖は、その村全体を覆いました



そうした恐怖から出た結論は、賢くも争うことではないけれど、愚かしくも陳腐な解決策でした




その村には掟がありました

『30年に一度、ホロの森のエルフへ生け贄を』

そんな古くからの掟がありました



――――――――――「ソーレ地方民話伝承記」より一部抜粋





◆◆◆◆◆◆◆




  イリスはご神木に寄りかかり、胴と幹を縄で括りつけられた状態で座り込んでいた。






  夏とはいえ夜になると森深くにあるこの祭場は、そこそこ冷え込む。少し肌寒くなったイリスは投げ出していた脚を身体のほうに揃えて引き寄せ、スカートの中に入れた。

  後ろ手に縛られているので、淡い栗色の豊かな髪が顔にかかっても自由に振り払えなかった。

 仕方なく顔を反らせて肩に流す。

  天を仰ぐ瞳には、浮かんでいて当然の恐怖や怒りや恨みの感情はなく、代わりに月光にあわく照らされてぼんやりとした表情が見えるだけだった。



 実際、イリスは無理矢理に連れてこられたわけではなかった。





……本来ならば生け贄の役を果たす人間は別にいた。

 けれどその人は8年前の流行り病で身体を壊してしまい、ついに今年の春に亡くなった。

  では代役をたてようということになったとき、皆が皆、お互いの顔色を伺った。

 なかなかまとまらない話し合いが、自然と村で唯一身寄りのいないイリスが生け贄に適任であるという雰囲気になるのは時間の問題だった。


  17歳のイリスは小さな小屋で一人で生活していた。両親は8年前の流行り病で亡くし、たった一人の兄は3年前に放浪の旅と称してどこかへ姿をくらませていた。


  それでもイリスはなんとか暮らしていた。

  それは一重に村の人たちの援助のおかげだった。村の人たちは善良で、一人のイリスを可愛がってくれた。

  こうして意図せず彼らはイリスに大きな恩を売っていた。



 また都合がいいことに、イリスは兄の影響か、他の村人よりエルフへの恐怖心が低かったのは村で周知の事実だった。

  森に木の実や薬草を採りに、イリスは他者ではエルフを畏れて行けないような奥地まで入って行けたのだ。

 イリスの兄はその村で「ろくでなし」と言われていた。

 今は喪われたという太古の歴史や外の世界を知りたいという、村ではなんの生産性もないことを常々望んでいたからだ。

 けれどイリスはそんな兄を慕っていて、物知りな兄からたくさんの話を聞くのが好きだった。

 兄は森に住むエルフが賢く、強く、理知的で優しいことをイリスに言って聞かせていたため、彼女は普通の村人より見たこともないエルフに対して恐怖が薄かった。



『イリス。森のエルフのところへ行ってくれるかい?』

  昔から一番優しくしてくれた近所のおばさまが言った。

『なにせエルフのことを恐がらないのはイリスだけなんだ。頼めないかねぇ?』

 五歳の娘を持つお食事処のおじさまが言った。


 村人たちは口々に違う言葉で、イリスに同じことを要求した。


 さらに直接言われなかった、陰で盗み聞きした言葉の中にはこんなこともあった。

『ま。ちょうどよく身内がいない子だしねぇ』

『可哀想だけど、ね』

『それにあの子、確か"妖精の取り替え子"でしょ?』

『案外、"妖精の"じゃなくて"エルフの"かもよ。結局は元の棲みかに返すことになるんじゃない?』

 その時の村人の声には悪意が窺えなかった。まるで明日の天気の話をするような気安さで、くすくすと笑いあっていた。



……いろいろなことを考えて、イリスは生け贄として捧げられることを了承した。

 いや、考えるのに疲れてここに来てしまったのかもしれないけれど。

 自分の選択に後悔はしていなかった。

 村人たちに対しても怒りは感じなかった。


  けれど。



「……無駄だったなぁ」



 どうしようもなく虚しかった。



  イリスとしては身内が誰もそばにいなくなってから、自分ひとりで多くのことができるように頑張っているつもりだった。

 そうすれば村へ恩返しができると思っていた。いつか誰かの嫁になり、受け入れられ、村に自然と溶け込むことができると思っていた。

 両親や兄がしてくれていた村での社交も対応してみたし、仕事として元々得意だった薬草採りと薬の調合などに力を入れた。


 少しずつ周りもイリスを大人として認め、受け入れていってくれていた矢先のことだった。いや、もしかしてそれすらもひとりよがりの勝手な想像だったのだろうか?

 会議に参加していた村の誰も、イリスを引き留めてはくれなかった。引き止めたら自分が行けと言われると思い、恐かったのだろう。

  エルフを怖がることよりも、村にとって、いや誰か一人にとってすら価値がないのだと改めて思い知らされたのが悲しくて、虚しかった。

 好かれるために必死で愛想を振り撒いていた当時の自分が道化のようで滑稽に思えた。



「あーあ。早くエルフでも獣でもいいから来て、私を食べちゃえば良いのに」



 ぽつりと子供っぽく呟いたはずの言の葉は、独り言にはならなかった。






「エルフに、人を食べる趣味はない」



  凛々しく、澄んだ声が答えたかと思うと、突然茂みがガサッと動く。

 次いで現れた者を見て、イリスはハッと息をのんだ。


 全体に緩くウェーブがかかり、顔のサイドだけ複雑に編み込まれた髪の金色と、瞳の湖畔を思わせる澄んだエメラルドグリーンが先ず目を惹いた。

  端正な顔はまっすぐにイリスへと向けられ、黒に近い紺のマントを風に遊ばせながら優雅に近づいてくる。

  尖った耳の先と、独特な多くの飾りがその種族のアクセントを彼に加えていた。

 背の高いその姿が闇夜の中で月の光を纏う様は幻想的で神々しかった。






エルフと人間とか森の中と月光とか、そんな組み合わせがとても好きで勢いで書きました。


はじめはどうしても暗くなるのですが(>_<)

それでもこの後からはたぶん前向きにしていくはずなので、よければお付き合いお願いします。


少し修正。(2013.11.4.)

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