第4話 エテルニス王国のアルテミシア
「お、ちょっと火傷してるじゃないか?」
元の部屋に戻ると、俺はクロノスの肌の一部が火傷していることに気付いた。
「ごめんな、もう少し遠くで撃てばよかったよ」
痛ましい火傷の痕を見て心が痛。
『ブルルッ!』
ところが、クロノスは俺の心情を感じ取ったのか『気にするな』とばかりに顔を擦り付けて来た。
「ナビゲーター。治癒できるアイテムか魔法のスクロールを教えてくれ」
こればかりは放置しておくことはできない。即座に治療しようと思いナビゲーターに確認をするのだが……。
『そのようなスクロールやアイテムはないのじゃ』
「は?」
俺は予想外の解答に開いた口が塞がらなくなる。
「この世界にあるあらゆる貴重なアイテムを集めてあるんだろ? 治癒関連が一切ないってどういうことだよ?」
そこで万が一の可能性に気付いてしまった。
「もしかして、この世界にはポーションの類いや治癒魔法が存在していないのか?」
異世界だというからゲームの定番はなんでも揃っていると思い込んでいたのだが、便利系アイテムが存在していない世界という可能性もある。
元の世界と同じく、怪我をしたら自然治癒で治すしか方法がない可能性もある。
『勿論存在しているぞ。瀕死状態からでも治癒してしまう「エリクサー」、あらゆる呪や病を治してしまう「アムリタ」。魔法についても「セイグリットヒール」などがあるのじゃ』
ところが、ナビゲーターはスラスラと俺の推測を否定してみせた。
「どうしてそれらのアイテムや魔法のスクロールがないんだ? もしかして希少すぎて手に入らなかったのか?」
存在しているにもかかわらず手元にないということはそういうことになる。
こちらはこちらで厄介だが、現存しているのなら探せば手に入るだけマシだ。
『確かに希少な品じゃが、魔導王が望めば手に入らぬ難易度ではなかった』
「なら何でだよ?」
『…………』
「黙り込むな!」
珍しく言葉を発しないナビゲーターに再度答えを要求する。
『実は手に入れることも考えたのじゃ……じゃが……』
「じゃが?」
ネクロヴァーンが躊躇するような理由ということで俺は緊張して唾を飲み込む。
『万が一誤って割って身体に付着させてしまった場合、自分の肉体が浄化されてしまう。魔導王はそのことを恐れたのじゃ』
「思ったより情けない理由だった!?」
俺の脳内にネクロヴァーンがエリクサーを被って煙を上げて慌てふためく姿が浮かぶ。
『仕方ないのじゃ! 不死の肉体といえど万能ではない。むしろ、生きていないからこそ薬の効果が絶大なのじゃ!』
「なるほど、確かに自分の枕元に爆弾が置かれてたら安心して眠ることもできないわな」
生存本能が働いたのなら仕方ない。
「しかし、そうすると治してやることができないんだが……」
『ブルルッ』
顔を擦り付け『大丈夫だから』とクロノスが告げてくる。俺はクロノスを撫でた。
『一応、回復効果をもたらす素材もこのダンジョン内に存在しているぞ?』
「それならまずはそれを採りに行こう」
『ならばまずはスクロールを全種類使った方が良いな』
「何でだよ?」
『ここはダンジョンの最奥じゃ。オーラが弱い今のお主では即死するような魔物がウヨウヨおるからな』
俺はナビゲーターの言葉に唾を呑み込むと、いわれた通り一通りのスクロールを試し撃ちするのだった。
★
エテルニス王国にて会議が行われていた。
「ロヴァンの攻勢がますます激しくなってきております」
「第七王子暗殺の汚名をこちらに押し付けて来たばかりか、周辺国を味方につけてくるとは……」
「このままでは我が国は多方面から侵攻を受けることになります」
会議の内容は現在の諸外国との状況についてだ。
ロヴァン王国の第七王子がエテルニスで消息を経ってから一ヶ月が経過した。
国境を通った形跡もなく、どれだけ探しても従者は愚か死体も発見されなかった。
次第に「暗殺されたのではないか?」「エテルニスの陰謀ではないか?」などと噂が流れ始めた。
思えば噂の流れ方や早さが不自然に感じる。周辺国と示し合わせたかのような展開も最初から密約が交わされていたのではないかとエテルニスの人間は訝しんだ。
「しかし、この状況を打開する方法は……」
だが、王族の一員を失ったロヴァンはあくまでも被害者だ。国内の移動で重要人物が亡くなった場合、その責任はその国の治安の問題となる。
たとえ本人が拒絶したとしても、護衛をつけておくべきだった。
「あります!」
誰もが詰んでいると思われている状況の中で一人の女性が手を挙げた。彼女の名はアルテミシア・ヴェルディス。透き通るような銀髪とサファイアのような蒼い瞳を持つ少女だ。
「言ってみよ、アルテミシア」
エテルニス国王のレオニス=アウグトゥス=エテルニスだ。
「終焉の深淵を攻略するのです」
何を言い出すのかと全員息を呑んだ。何故なら、かのダンジョンは生還率1%未満の最難関ダンジョンなのだ。
時折、功を得ようと熟練の戦士や魔導師がパーティを組んで中に入るのだが、大半の人間は序盤で魔物や罠にかかって死亡している。
かろうじて生きて戻った者も障害が残ったり、恐怖で精神が壊れてしまったりと半ば再起不能になっている。
そのような場所に向かうなど、正気の沙汰とは思えない。
「アルテミシアが言うのだ、何か勝算があるのだろう?」
「勝算と言うよりは確率の問題です、陛下」
レオニスの言葉にアルテミシアは返事をすると皆を見る。
「今回の件ですがロヴァンのはかりごととして話を進めますが、おそらく死体は出てこないでしょう」
実際、ロヴァンが邪魔な第七王子を利用してエテルニスで殺してしまっている。
「こうなってしまっては戦争の回避は不可能」
「それは……確かに」
アルテミシアが突き付ける現実に他の貴族も苦い表情を浮かべる。
「かのダンジョンの最奥には魔導王の遺産が残されているという噂があります」
それは噂に尾鰭がついたものだということはアルテミシアも知っている。
誰も攻略したことがないダンジョンの奥に何があるかなど知りようがないからだ。
「最強の魔法の使い手にて、自身の身体を不死にして長年世界に君臨していたと言われる魔導王」
「魔導具コレクターとして神器や強力な魔導具を保有していたとか……」
それでも実際にその噂はあるし、魔導王も存在していたとされている。
「魔導王オリジナルの魔法を超えた魔導師はこれまで存在しておらず、スクロール一つ手に入れることが出来ればいかなる戦況をも覆すことができるはずです」
魔導王の魔法については物語で語られている。
空を真っ赤に染め上げたとか、海を割ったとか、大地に巨大なクレーターを作ったとか……。
「しかし、そんな物手に入らなければ夢物語であろう?」
確かに魔導王が作った魔法のスクロールを手にすれば他国に対する抑止力になるかもしれない。だが、それには最難関ダンジョンの奥地へと入らなければならないのだ。
「私はSランク冒険者のザックスとミリアナと縁があります。二人は既に私とともにダンジョンに潜ると約束をしてくれています」
「確かに、ザックス殿の戦闘力ならドラゴンにも劣らぬ」
「ミリアナ殿は考古学者にしてあらゆる罠を見破るトレジャーハンター。彼女さえいれば即死級のダンジョンにおいても生きながらえることが可能」
「そして私、アルテミシアはエテルニス宮廷魔導師で最年少で筆頭となった天才。私以上に魔法を上手く扱える者を私は知りません」
これまでこれ程豪華なメンバーでダンジョンに挑むパーティは存在していなかった。
「陛下、ご決断を」
ここでアルテミシアを失うと、この先の戦争で大きなマイナスとなることは間違いない。だが、このまま周辺国を相手にすると負けは確実だ。
「アルテミシアに終焉の深淵攻略を命じる!」
「はっ! 命に替えても遂行してご覧に入れます!」
こうして、アルテミシアはリクシスがいるダンジョンへと潜ることになるのだった。




