第9話
「えっ、ご存じなんですか?」栗原がまるで良く知っているかのような反応に驚いて訊ねる。
すると、武史は意味ありげな表情をして、
「山には天狗が棲む、という古くからの伝説があってね…」と告げ、「黒っぽい姿をして人間みたいな…、でしょう?」その容姿について話した。
そんな答えを全く想像していなかった栗原が言葉を失うと、
「それはカラス天狗だ。昔から山の頂上に棲んでいて実際に見た人も何人かいるらしいんです」武史はそう言うと座敷の弘子を見る。
弘子は真面目な顔で、
「私達が子供の頃は『あまちゃま天狗』と呼び、天狗に食べられちゃうと言って、暗くなったら山へは行かなかったんです」と話し、「でも、実は悪い者ではなくあまちゃま、つまり天地山の守り神なんです」最後は目を細めて笑った。
「栗原さんは天狗を見たんだね。今でもあまちゃまを守っているんだなぁ」武史は感心しながら手にした茶をすする。
その話を聞いた栗原はカラス天狗は実在せず、ウェットスーツ姿の宇宙人達がかなり昔からここへ来ているのだと思った。
なぜなら、栗原の頭の中にはある妄想が膨らんでいたからだ。
それは、山で働く人達が宇宙人を目撃し、仕事を続ける為にはその不気味な生物と共存しなければならないという理由で彼らを守り神にし、良いものとして受け入れようとしたというものだった。
カラス天狗は実在しないと思いながらも島の人が長い間、不気味な宇宙人を山の守り神として受け入れてきたのなら、いまさらよそ者の自分がそれは宇宙人だと明かすまでもないと感じ、
「狸か狐に化かされたのかと思っていましたが、山の守り神で良かったです…」笑いながらそう言って話を終わらせた。
その後は武史がみかんの育て方や農園の歴史について話してくれたので色々質問をしながら聞いて横井家を後にした。
自宅まで逆の道順で戻るとすでに4時半を回っていた。
テーブルに置かれたタブレットを見ると由紀子からの着信履歴があるのに気付き、時間を確認すると3時24分と表示されている。
仕事中の筈だが緊急の用事かと思いスマートフォンを呼び出すとすぐに繋がった。
「はい」と、自宅の寝室を背景に沈んだ声で応える由紀子が映し出される。
「何かあったの?」テレビ電話が繋がるや否や訊ねると、
「今日は何だか…仕事に行く気がしなくて…。休んじゃったの…」由紀子が途切れ途切れに元気のない声で答えた。
「大丈夫? 具合が悪そうだけど風邪でもひいたのかい?」栗原がそう気遣うと、
「違うの…。もう、精神的に疲れちゃって…」由紀子は短く答えた後、ため息をついて下を向く。
そんな姿を見て、どんな言葉を掛けたら良いのかわからず、
「休みを取ることだって働くのと同じ位に大事だよ」そう告げた後、「ずっと休暇中で働いていない僕が言うのもなんだけど…」遠慮がちに付け足すとそれが可笑しかったのか、
「フフッ…、それじゃまるで隠居しちゃった人みたいじゃない」と少し笑いながら返して、「でも、辰則の言う通りね。落ち着いたら休みを貰うことにするわ」納得したように言い、「その休暇で何をしようかと考えたら、ワクワクしてきて元気が出てきたわ」と徐々に話す声にも張りが出てきた。
「そっちはどう? 困ったことはない?」由紀子が久しぶりにこちらの様子を訊いてきたので、山で出遭った宇宙人のことが頭をよぎったが疲れている時に話すことではないと思い、栗原は軽トラを手に入れたことだけ伝えて電話を終えた。
他人には話せそうにない宇宙人との遭遇を妻の由紀子にすら伝えられずにモヤモヤしたままだったが実際、信じてもらえるのかどうかも分からないので仕方がないと思うことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の朝、6時過ぎにベッドから起きあがった栗原がいつものように洗面所へ向かいながら順番に窓のカーテンを開けていくと昨日の粘土の山の隣に新たな四角い地層が置かれているのに気付いた。
慌てて地層の所まで行くとそれを見た栗原はあのウエットスーツを着た人達の仕業に違いないと思った。
何でそう思えるのか自分でもよくわからなかったが、地層ごと切り取って運ぶという離れ業が出来るのは山の守り神でもあるカラス天狗の他にいないと思ったからかも知れない。
栗原は急いで歯を磨くと昨日と同様に、スコップを使って四角い地層が自然な形に見えるようにして山の広場へ向かった。
「よーし、今日こそは絶対に確認してやる!」山を見上げながら気合を入れると、力強い足取りで登山道を上り始める。
30分程で到着し、そのまま茂みの道を進んで広場へ出ると昨日のUFOが着陸していた。
栗原は迷わず近づいて行くと昨日、エレベーターが降りてきた辺りのボディーを見てみるがそれらしきものははどこにもなく、継ぎ目すら見えない。
どうしようかと少し考えたがUFO相手ではわかる筈もないので、ドアをノックするようにしてボディーの適当な場所を叩いてみる。
鉄だと思っていたそのボディーはプラスチックの衣装ケースを叩いたような鈍い音を響かせ、試しに触ってみると硬くも冷たくもない不思議な素材で出来ていた。
「すみません、誰かいませんか?」声を掛けると突然、何の継ぎ目もない部分から音もなくエレベーターが降下を始めたので栗原は驚きながら横へ逃げる。
降下するエレベーターの正面に回ってみると、扉の代わりに白い球体が隙間なく並んで塞いでいて中を覗くことは出来なかった。
その後、スロープが伸びてきたので何が始まるのか見ていると、白い球体が並ぶ開口部から生まれるようにしてプニュッ、プニュッと3人の宇宙人が出てきた。
ウエットスーツ姿の宇宙人は横に並んで立ち、栗原をじっと見つめた後、
「※R×§Δ%ΓΘ÷ΠΦΨ〇θΩζ+γωЖЭ=&◎」真ん中にいた一番背の低い人が3倍速再生のような速さで何かを言った。
宇宙人とのコンタクトはSF映画そのもので感動的な場面だったかも知れないが、それよりも彼らが言ったことを知りたかった栗原は
「全然わかりませんでした?」手の平を上に向けたジェスチャーで理解出来ないことを伝えた。
すると、今度は先ほどより遅いスピードで
「ワ二ナカヨデカ」と言ったように聞こえたが良くわからず、
「それでもまだ聞き取れません。もう少しゆっくり話してください」言葉が通じるとは思っていない栗原はそう言いながら頭も傾げてみる。
宇宙人はその大きな目で2回瞬きをしてから、
「ワタシタチ二、ナニカ、ヨウデスカ」かなりの早口だったが、ようやく何を言っているのか理解出来た。
日本語を話していると判った栗原は相手が分かりやすいようにと口を大きく動かして、
「ここの地層を切り取って自宅の庭に置いたのはあなた達ですか?」と言い、地面が切り取られている斜面を指差した。
左側にいた140センチ位の身長の宇宙人が
「アナタハココヘ粘土ヲ取リニ来タノニ、2日間、手ブラデオ帰リニナリマシタ。ワレワレノ作業ト重ナッテシマッタカラダト思イ、代ワリニ採取シテ届ケテオキマシタ」と、ぎこちないが礼儀正しい日本語で答え、洋ナシを逆さまにした顔の大きな目で2度瞬きをした。
丁寧な言葉遣いだったがそこからは何の感情も伝わって来ず、機械が話すより素っ気ない、というより無味無臭と言うのが正しいような話し方だ。
その事務的な口振りは何の感情も持っていないと思わせる一方、非常に冷静な人達で誰かに危害をえるような激しい感情も持ち合わせていない印象を与えた。
非現実的な体験をしながらも3人からの冷静なエネルギーを受け取って落ち着いていたので、彼らが栗原の粘土採取の邪魔をしたと思っていることが良く理解出来た。