第8話
振り返ると飛行船の形をしたUFOみたいなものが4枚の尾翼をこちらに向け、広場の片隅に着陸していた。
3倍速再生の分からない言葉は4本の脚で立っている銀色のUFOから聞こえてくるようだ。
飛行船ならキャビンと呼ばれる乗船部分が下に突起しているが、今見ているUFOにはそれがなく、全長が30メートル程のボディーは脚と共に鏡のように磨かれて周りの景色をそのまま写していた。
たった4本のハンガーパイプみたいに細い脚でどうやったらその大きな物を支えられるのだろうかと不思議そうに眺めていると突然、継ぎ目も何もないUFOの下面からボディーと同じ色のエレベーターが降下してくる。
地面まで50センチの所で停止すると今度は音もなくスロープのようなものが横に伸びてきて地面と繋がった。
70メートル程離れているので詳しくはわからないがエレベーターの出入口は扉の代わりなのか白いハンドボールのようなものがびっしり並んで塞いでいる。
しばらくすると、両手で白い箱を抱えたウエットスーツ姿の人がそこから生まれ出るようにプニュッ、プニュッと次々に出てきた。
2、3人がスロープを下りながらチラッと栗原の方を見たがそれ以上は関心を示さず、広場の真ん中へ10人程が1列になって歩いて行く。
広場の中央に先日は無かった直径3メートルの穴がぽっかりと口を開けていて、抱えていた箱をその中へ投げ込むと再び1列に並んでUFOの中へ戻っていった。
その後、再び白い箱を抱えて出てくると同じ事を繰り返す。
どうやら地面の穴で白い箱を焼却しているらしく、彼らが投げ込む度に3メートル位の所まで炎が舞い上がっていた。
休まずに10往復すると焼却する箱が無くなったのか、穴を覗き込みながら3倍速の言葉で話し合った後、UFOの中に姿を消してしまった。
全員が中に入るとすぐにスロープが縮みその後、エレベーターが上昇してボディーに収まると辺りは何事もなかったように静まり返る。
栗原は唖然としながら作業の一部始終を見ていたが、静かになったまま何も起きないので地面に開いていた穴のことが気になり始めた。
覗いてみようと広場の真ん中へ行ってみるがその穴はもう何処にもなく、どこにあったのだろうかとウロウロしている内にいつの間にかUFOもどこかへいってしまった。
「UFOに乗ってやってくるということは、あの人達は宇宙人…?」
栗原は広場の上に浮かんでいる、UFOみたいな形の雲を見ながら呟いた。
2度目の遭遇で、ウエットスーツ姿の人達は何か忙しい作業をする為にUFOに乗ってやって来る宇宙人だと判り、栗原がこれまで抱いていた『不気味で奇妙な人』という印象は『真面目に働く宇宙人』へと変わっていた。
そして不気味でなくなった代わりに宇宙人との遭遇という特別なことが余りに呆気なく終わってしまったという不満が栗原の心に生まれていた。
こちらから攻撃することだってあり得るのに一瞥をくれただけで警戒する様子も見せず、自分達の仕事を済ませるとさっさと帰ってしまった。
栗原は何もされずに済んだと喜ぶべきかも知れないが、宇宙人との出遭いという現実離れした出来事なら映画の中じゃなくても色々あるのが普通だと思い、物足りなさみたいなものが心に残ったのだった。
そしてそれ以上に、地面の穴などに気をとられたせいで切り取られた地層について知るチャンスを逃してしまった自分の不甲斐なさに腹が立った。
肩を落としながら自宅へ辿り着いた栗原は庭にある粘土の山を見つめながら今日、目撃した宇宙人のことを島の住民は知っているのだろうかと想い、もし知らないならどう話せばいいのかと思った。
時計の針が1時を指す頃、栗原は横井から譲り受けた軽トラの代金を届ける為に島の外周道路を左回りに走っていた。
向かっているのは『横井農園』で島の反対側に位置する為、車でも15分は掛かるようだ。
島の外周道路から左に曲がり300メートル程行った農園内に横井の自宅があるらしく、曲がる場所さえ間違えなければ簡単に辿り着けるようだった。
左折する所には『東登山道入口』という文字が彫られた、目立つ標識があるというので地図も確認せずに車を走らせる。
その東登山道は文字通り、東側から山へ登る道で西登山道が栗原の自宅側にあることを考えれば、横井のみかん農園は島のほぼ反対側に位置していると想像出来た。
15分程で高さが3メートルはありそうな『東登山道入口』と書かれた標識が見えてくる。
その標識は太い木の幹を半分に割って赤い文字を浮き彫りにした珍しいもので、よほどのことがない限り見逃してしまうことはない。
言われた通りそこで左にハンドルを切ると道路は上り坂になって緑色のみかんの実をつけた木が左右に立ち並ぶ景色へ変わる。
やがて、右手に現れた『横井農園』の文字があるアーチを潜って土になった細い道をさらに進むと、農家にあるような大きな家が見えてきた。
手前に停められていた見覚えあるワンボックスの陰から弘子が顔を出す。
運転席の栗原に気付くと、
「あら、昨日はどうも」小さくお辞儀をして笑顔を見せた。
「こんにちは、車の代金をお持ちしました」栗原が運転席のガラスを下ろしながら頭を下げると、
「今、お父さんを呼んでくるからちょっと待ってくださいね…」昨日とは打って変わって親し気に告げた後、「お父さーん! 昨日の軽トラの人がいらしたわよー」弘子は大きな声で武史を呼びながら自宅の玄関へ駆け込んだ。
履きかけの長靴を引きずるようにして出てきた武史は被っていた農作業用のキャップを取って栗原に笑顔を見せた。
「まあ、お茶でも飲んでったらいい…」と軽トラのドアを開けながら促すので
「遅くなって申し訳ありません。もっと早く伺おうと思っていたんですが…」栗原は済まなそうに言って頭に手をやった。
「いや、朝は畑に出ちゃうから今頃が丁度いいんだ。さっき、戻ったばかりだ」武史はそう言うと「さあ、どうぞ上がってください」左腕を伸ばして自宅の大きな玄関を示した。
「では、お言葉に甘えてお邪魔します」そう言って奇麗に掃除された玄関から家に上がると、
「縁側に座るといい。そこが一番風通しがいいから…」客間のような広い和室で武史が座布団を勧める。
言われた通りそこへ座ると、
「こんなものしかないけど…、若い人の口に合うかしら?」盆にお茶と饅頭を乗せた弘子がやって来て、遠慮がちに差し出した。
「あ、美味しそう! 僕、饅頭が大好きなんです」それを見た栗原が言うと弘子は小さく笑い、隣の座敷に正座した。
栗原は隣で胡坐をかく武史の方へ向き直ると封筒を取り出して、
「早速ですが代金の方、ここにお持ちしました」と頭を下げながら両手で丁寧に差し出した。
武史が封筒を受け取ると
「間違いがないかご確認ください」と両手を差し出したまま告げる。
「じゃあ…」武史はそう言うと右手の親指を舐めてから1枚ずつゆっくり10まで数えた後、「確かに頂きました」と封筒に現金を重ねて拝むようにした。
代金を渡し終えた栗原は自己紹介を兼ねてこれまでの仕事や東京に残してきた由紀子について話しその後、陶芸家になるのが中学生からの夢でそれを叶える為に島へ移住したこと、作品創りに使えそうな粘土を山で見つけたことを伝えた。
そうして色々話すと互いに打ち解けてきた感じがしたので、栗原は思い切ってウエットスーツ姿の人について訊ねてみる。
「山の広場みたいな所で粘土を見つけたんですが…実は、そこで変わった格好をした人を見かけたんです」そう切り出すと、
「あぁーそれね、…頂上の辺りでしょ?」すぐに武史が応えた。