第51話
シニアとスリムへ由紀子の秘密について訊ねて以来、栗原は来る日も来る日も地下の施設を探して森の中を歩き回った。
しかし、広大な森には探さねばならない場所が至る所にあり、何の手掛かりも見つけられずにあっという間に5年が過ぎ去った。
52歳になった栗原はいつものように朝から森へ出掛けて探索を始めたがふと、斜面の景色に違和感を持った。
目を凝らして観察すると大きな岩の隣に苔むして自然に溶け込んだ人工的な直線を見つけ、詳しく調べる為に登っていく。
そこへ辿り着くと手袋の手で直線部分の苔をそぎ落とし、
「これがずっと探していたものかも知れない…」小さく呟くと、周りに残った苔や絡みつく蔦を払いのけていく。
逸る気持ちを抑えながら邪魔なものを丁寧に取り除いていくと、やがて全体の形がわかるようになった。
一旦斜面を降り離れた所から眺めてみると、一辺が3メートルはありそうな立方体が山の斜面に埋まっている。
栗原はそれを見て、スリムが自分の家だと言ったあの粘土の四角いブロックを思い出した。
再びそこへ戻りブロックの正面に付いた土を落としていくと四方の角が丸い、ドアのような長方形の筋が見て取れるようになった。
鍵穴のようなものが何処にも見当たらないのでとりあえず押してみたがビクともせず、引いて開けるのだと思ったが手掛かりがなくてどうにもならない。
地下の施設の非常口みたいなもので、内側からしか使わないのだと思った栗原は持ち歩いているタブレットを取り出して現在地をマークし、来た道を戻り始める。
自宅に着くと急いでアトリエへ行き、ロープやスコップ、バールやライトなど探索に必要なものを取り出して荷物運搬用のカプセルに積み込んだ。
先程マークした座標をボタンで入力し、カプセルが動き出すのを確認して自分も再びその場所を目指す。
50分後、先ほどいた地点まで行くと既に到着していた荷物運搬用のカプセルがある。
早速、カプセルからバールを取り出しドアの筋に差し込んで少しこじってみると、ガクッという音と共に3センチ程の隙間が出来た。
一旦バールを置き、隙間に両手を差し込んで引いてみると意外なくらい滑らかにドアが開く。
ドアの中は苔が生えて土にまみれた外観とは反対に艶のある真っ白い壁がずっと続いていて、奥の方から何か神聖な空気が流れてくるような感じがした。
そっと足を踏み入れた栗原はドアをそのままにしておくかどうか悩んだが、見たところ内側からは簡単に開けられそうなので動物が侵入しないよう、取っ手を引いて閉めることにした。
暗闇になると思って首から下げたライトのスイッチに手をやったがその白い壁は仄かに発光しているらしく、ドアを閉めてもまっすぐな廊下が奥まで見えていた。
遠くから微かな水音が聞こえる静かな廊下は何処にも辿り着かないように感じるくらい長く、5分以上歩いてようやく大きな空間の入り口のようなところに辿り着いた。
その空間は真っ黒く見えるだけでどのくらいの広さなのか見当も付かないが、あちこちから水の流れる音が響いてきて、ドアの所で感じた神聖な空気がそこから沢山溢れ出している。
「もしかしたら、あの水はここから流れ出ていたのか…」
栗原の頭の中に森で見つけた排水管が蘇り、思わずそう呟く。
ついに、長年探し続けた由紀子の秘密へ辿り着いたと思いながらも、見れば全てが終わってしまいそうな気がして、首から下げたライトのスイッチに手を掛けたまま栗原は迷っていた。
その真っ暗な空間を前にしばらく何も出来ずにいると、あちこちに蛍のような小さな光が灯り始め、徐々にその明るさを増していく。
その無数の光は栗原の目の前に、真っ白い洞窟のような光景を浮かび上がらせた。
教会くらいの広さの空間は円い形で、白いアイスクリームがあちこちで溶けて垂れたようになっている鍾乳洞のような壁で囲われていた。
10メートルくらい高さがある天井は教会のドームのような形で、あちこちから染み出た水がピチャピチャと音を立てながらそのこぼこした壁を伝って流れ落ちる。
床は壁と同じように全てが真っ白で、流れ落ちた水が中央に造られた円形のステージの丸い縁に沿うように集まり、川となって流れていた。
そのステージの真ん中には教会にある聖卓のような台が置かれ、背後には天井まで届きそうな位の青々と茂った樹木が1本、異彩を放って立っている。
その木を中心にして、真っ白い石で出来た長方形の台が放射状に4つ据えられ、一番左の台の上にはジュシスの人が遺体を送る時に使うカプセルが置かれていた。
「まさか…」栗原はそれを見て驚き、その場に立ち尽くす。
栗原の目には白い石で出来た4つの台が棺を置く為の棺台、そして背後の樹木が墓標として映った。
ここが由紀子の秘密と関係がある場所なら、台上にあるカプセルはその棺だという事になる。
やはり由紀子は亡くなっていたのだ。
「由紀子!!」栗原は思わずそう叫んで、カプセルに駆け寄る。
「…辰則…私はここよ…」どこからか、静かな由紀子の声が聞えた。
栗原が立ち止まって見回すと、聖卓だと思っていた白い台の前面がスクリーンになっていて、そこに由紀子の姿が映し出されていた。
「由紀子…、君はもう…」
棺台に置かれたカプセルとスクリーンの由紀子を交互に見ながら言うと、
「カプセルの中は私じゃなくてジュニアちゃん。遺体をここに呼び戻したの…」スクリーンの中の由紀子が寂しそうに告げた。
「じゃあ、君は?」すぐに栗原が訊くと、
「私は…、生きている…わ…」由紀子は何故かためらいながら、消え入りそうな声で言った。
「それならどうして?! 何故、僕に会いに来てくれなかったんだ?!」栗原が溜まっていた思いを吐き出すと、
「すべてを話すから聞いて…」由紀子が静かに応えた。
少しの沈黙の後、由紀子が話し出す。
「私はここへ来てから、ジュシスの皆を地球の攻撃から守るために生きようと決めたの…。戦う事を知らないジュシスの人に代わって私がここを守る事にしたのよ…。そして地球が滅亡する前に辰則を救出し、ここで一緒に暮らそうと…」そこまで言うと画面の由紀子が下を向いた。
栗原には何の言葉も浮かばなかった。
由紀子が再び口を開き、
「…地球が続く限り、ジュシスが攻撃されるリスクはなくならない…。だから私は出来るだけ長く生きなくてはと考えて…、決断したの………」そこで話が途切れる。
「………………」
栗原はその先を聞くのが怖くて黙っていたが長い沈黙の末、何か言わないと由紀子が話せないのだと悟った。
「…何を…決断したというんだ?」勇気を出して訊ねると由紀子は
「…身体…を、……捨てること、…」やっと聞こえる位の声で途切れ途切れに答えた。




