第50話
タブレットさえあればいつでもどこでも由紀子に会えたから、画面の中で話すだけでも満ち足りた生活が送れ、あっという間に10年が過ぎていた。
シニアとスリム以外のジュシス人と会う事はなかったが、2人が度々やって来て話し相手になってくれるので寂しさを感じることはなかった。
もし何か問題が起きても、その2人にテレビ電話で相談すればすぐに解決してくれるので、今まで不自由だと感じたこともない。
陶芸を始めていた栗原は作品創りのアイデアが浮かばない時、探検と称してあちこち出掛けたりもしていたが、家の周りは豊かな森ばかりでジュシス人がいる気配はなかった。
ある日、朝から海沿いの道路をずっと歩いてみると夕方にはスタート地点に戻り、そこが小さな島になっていることが判った。
誰にも会わないのは島全体が自宅の敷地になっているからだと思ったが、由紀子が栗原を1人にした理由は不明だった。
誰も住んでいないことについて由紀子に訊ねると、
「感情のないジュシス人といるのは大変だから、1人の方が気楽でしょ?」当たり前のように言って笑っただけだった。
地球にいた時、栗原は島で暮らしていたにも関わらず海と接する機会を持たなかった。
しかしジュシスに来てからは、朝でも夕焼けに照らされているような海の色が神秘的で、それを見によく海岸へ出掛けるようになっていた。
岩場で海の中を覗けば、知っている魚以外に見た事のないのが沢山泳いでいるのを知っていた栗原はそれを今夜のおかずにしようと、タモ網を持参していた。
「よーし、おかずになりそうなのはどいつだ…」独り言を呟きながら岩の間を覗き込むと予想通り、知らない魚が沢山泳いでいる。
網の部分を水中に入れ、尾ビレの長い見たことない形の魚を追いかけるが巨大なハサミを4つ持つ、棘のある蟹に邪魔されて簡単に岩の隙間へ逃げられてしまう。
場所を移動しながら同じ事を繰り返していると、岩場と岩場の間の小さな砂浜に川のような流れがあるのを見つけた。
「どこかに川があるんだ…」陸から続くその流れを目で辿りながらそう呟き、今日の目的を川の源流探しに切り替えて歩き出す。
砂浜から海沿いの道路を越え、森の中に入ってもまだその流れは続いていて、さらに歩いていくと傾斜している地面を上り始める。
タモ網の柄を杖代わりにして急な斜面を上っていくと1メーター程の太い排水管に行き当たり、それ以上遡る事が出来なくなってしまった。
山から染み出たと言うには多すぎるジャバジャバと音を立てて流れる水の量を見て、何処かの施設から出る排水だと思った栗原はそこで源流探しをやめることにした。
結局おかずになる筈の魚は1匹も捕まえられず、栗原はいつものように乾そばを茹でながらテレビ電話を由紀子に繋ぐ。
「魚も蟹もみんな逃げられちゃったから、晩飯はいつも通りのそばになっちゃったよ」鍋の前で茹で加減を確認しながら話すと、
「海のものが食べたいと言えば魚でも蟹でも支給されるわよ。どうしても自分で捕って食べたいなら餌で釣り上げる方がイイんじゃない? でも、夢中になって海に落ちないでね、辰則が餌になっちゃうから!」といつものように冗談を言って笑った。
他愛無い話で散々笑った2人だったがふと、源流探しのことを思い出した栗原が、
「そう言えば、海に流れ出る川を見つけて辿ってみたんだけど、太い排水管に行き当たって終わったよ。地下に何かの施設があるのかなぁ」何気なく訊いてみる。
「えっ、」由紀子が一瞬、動揺したような小さな声を出した。
少しの沈黙の後、
「地下には…公共の、施設があちこちにあるから…」と急にあいまいな感じになり、「危険だから…そういうものには…、近づかない方が、イイわ…」動揺を隠そうとしてなのか歯切れ悪くなった。
その後はどんな冗談を言っても本気で笑う事はなく、テレビ電話を終えた栗原は何故、その排水管が動揺を誘ったのか気になり出した。
次の日、再び排水管を訪れた栗原がその水を手に取ってみると生温い。
どんなものを含んでいるかわからないので不安だったが、手に付いたしずくを舐めてみると塩分があるのか僅かにしょっぱい味がした。
山の伏流水なら塩分が含まれる筈はなく、何かの施設が海水を汲み上げて利用した後に排水しているのは間違いないと思えた。
栗原は排水管の話をした時に由紀子が動揺したその理由が知りたくなり、施設の手掛かりを探すことにする。
しかし、森の中を半日歩き回ってみても、手掛かりになるようものは一切見つけられなかった。
敷地の裏手にある小道の方から自宅に戻った栗原は縁側の所にシニアとスリムが立っているのに気付いた。
先日、キャンプ用品を砂浜へ運ぶのに軽トラを使えないかと相談しておいたから、その件でやってきたのだと思い笑顔で手を振る。
歩きながら2人の足元に何か置かれていることに気付き、それをよく見るとジュニアの遺体を送ったカプセルだった。
何が起きたのかと慌てて駆け出す栗原に、
「あっ、これは荷物を運ぶのに使えるから持ってきただけです。驚かせてすみません」とシニアが縁側の所から大きな声で言う。
「どういう事ですか?」2人の元まで来た栗原が訊ねると、
「軽トラは忠実に再現してあるので動力がエンジンなんです。ガソリンを用意することは出来ますがそれでは環境によくありませんので、代わりにこれを持ってきたんです」スリムがカプセルを指差しながら告げ、使い方の説明を始めた。
その動力は宇宙船の小型版らしいが、使い方は簡単でカプセル内に荷物を入れてふたを閉め、運びたい場所の座標をボディーのボタンで入力するだけだった。
座標はインターネット上の地図に表示されているもので自宅のタブレットでも調べられるのだと、そのやり方も併せて教えてくれた。
カプセルにはスリムが自宅行きのボタンを追加してくれたようで、一番左側を押せば自動的に家の庭まで荷物を運んでくれるらしい。
説明を終えたスリムがカプセルのふたを閉じると、ジュニアを送った時の光景が頭の中に蘇りしばらくの間、3人で無言になってしまう。
話題を変えようとした栗原が
「海岸近くの森で何かの施設の排水管を見つけたんですよ。地下には何があるんですか?」排水管のことを持ち出すと、
「えっ、施設…ですか…」シニアが昨日の由紀子と同じような動揺を見せた。
スリムの方を見ても明らかに動揺しているので、
「何か見てはいけないものでもあるんですか?」今度は2人を代わる代わる見ながら訊くと、
「……………」シニアもスリムもその動揺を隠せずに下を向いてしまった。
シニアとスリムの感情は複雑な気持ちを顔で表現出来るまでに成長していたが、地球人のように隠す術は持っていないらしく、その動揺が手に取るようにわかった。
栗原はこれまでずっと訊けずにいた疑問を2人へ投げかけてみることにした。
「ジュシスへ来た時からずっと、僕には話せない由紀子に関する秘密があると感じていましたが、その施設が関係していると思えてなりません」下を向いている2人に言った後、「でも、その辛そうな顔を見ていると無理に打ち明けてくれとは言えそうにありません。だから、自分で手掛かりを探すことにします」と静かに告げた。
「由紀子がすでに亡くなっているのならそう言ってください。テレビ電話で生きているように装っていたのなら、探しても意味がないですから…」栗原は最後にそう訊ねてみるが、2人は下を向いたまま何も答えなかった。




