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第49話

「えっ、もしかして…ここに僕の家があるんですか?」栗原が思わず顔を上げると、

「はい、この山もご自宅の一部です!」スリムは(うれ)しそうに笑った。


 山が丸ごと自宅だと言われて辺りを見回した栗原は、その景色が地球の島にあったものとよく似ていることに気付いた。

 夕日が本当の赤だったせいですべてが別の星のように見えていたが、(まわ)りは地球で見慣(みな)れた景色ばかりで太陽の色以外は何も違いがなかった。


「じゃあ、自宅というのはもしかして?…」栗原がそこまで言うと、

「はい、今まで住んでいたのと全く同じです!」今度はシニアが嬉しそうに答えた。


「由紀子さんが地球に似ているこの場所を選び、わたし達が再現したのです。ここはわたしとスリムにとって良い思い出に触れられる、心が休まる場所となりました。そして、もう2度と見る事が出来なくなったあの地球の景色が見られる唯一(ゆいいつ)の場所です…」シニアは話し終えると残念そうに下を向く。


「さあ、住み()れた自宅へ行きましょう!」落胆(らくたん)するシニアを見たスリムが、大きく腕を振りながら元気良く歩き始めた。


 シニアと栗原は互いの顔を見合わせて微笑むと急いでその後を追う。


「…焼窯(やきがま)や作業小屋もそのままの形で再現されていますので、陶芸も続けられますよ」スリムが追いついた2人へ振り返り、嬉しそうに告げた。


 そうして3人で(くだる)る登山道もそっくりそのままではないが、雰囲気はあの島そのもので地球を離れて1週間しか経っていなかったが、栗原にはとても(なつ)かしかった。


 敷地の裏手にある林の小道で立ち止まると、

「海まであるなんて…、ここからの景色も地球と(ほとん)ど同じだ…」そこから見える景色に驚く。


 栗原は敷地の端に「横井農園」と書かれた軽トラまで再現されているのを見て、由紀子がここで自分と暮らすことを夢見ていたのだと思った。


「由紀子は、由紀子はどこにいるんですか?」振り返って訊ねると、2人は何故か気まずそうな表情になる。


「ここにはいないのですか? どうして僕を迎えに来ないのですか?」2人を見ながら訊くと、

「由紀子さんは地球の攻撃からジュシスを守る為に尽力(じんりょく)してくれました。わたし達の科学技術を使って出来る、最高の防御(ぼうぎょ)システムを構築してくれたのです。地球が滅亡(めつぼう)した今は不要になりましたが…」シニアが何故か話を()らそうとした。


 栗原が訊いた事の答えになっていないと思い、

「その由紀子はどこにいるんですか?」もう一度同じことを訊くと、

「リビングのタブレットでお話し出来るようになっています」シニアは答えにくいのか、それだけ言うと目を逸らして下を向いてしまった。


 これ以上、訊いても無駄だと思った栗原は自宅へ走った。


 縁側から入るとソファのテーブルに1台のタブレット型コンピューターが置かれている。

 画面をタッチしてみるとすぐに明るくなって、テレビ電話を(つな)ぐ為の受話器のアイコンが3つ現れた。


 それぞれのアイコンの下に『由紀子』、『シニア』、『スリム』と名前があるのを見て、その人に(つな)がるようになっていると判った栗原はすぐに『由紀子』のアイコンをタッチする。

 元の画面がズームアウトするように小さくなっていき、右上の角に収まるとそこに自分の上半身が(うつ)し出され、同時にプルプルプルプル…と呼び出し音が鳴り始める。

 静かな部屋に鳴り響くその音がやけに大きく聞こえ、栗原が不安と緊張に包まれ始めたその時、画面に由紀子の上半身が現れた。


 一瞬、何を言えば良いのか迷うと、由紀子の方が先に口を開いた。


「無事で良かった…。また、会えて良かった…」由紀子は(ふる)えるように小さい声で言う。


 久しぶりに見た由紀子が何故か別人のように思え、

「由紀子…」栗原はそう呟くことしか出来なかった。


 すると由紀子は

「お願いだから、私に会おうとはしないで…。私に会うのは(あきら)めて…」と告げ、「テレビ電話は何時(いつ)でも繋がるから…、私がいつも(そば)にいると思ってその家で暮らして…」と申し訳なさそうに言った。


 栗原はその意味がわからず、

「どうしてそんなことを言うんだ! 僕は君に会えると思ったからこうして地球を脱出してきたんじゃないか! 会えないと言うなら地球で死ぬのと同じだ!!」声を(あら)げて言うと、

「私には違うの。もう会えないと思っていたから…、こうして話せるだけでも幸なの。話せば会わずにいられなくなると言うなら、テレビ電話はやめることになるわ。私を困らせないで…」泣きそうになっている画面の由紀子を見て栗原はそれ以上何も言えなくなった。


 少しの沈黙(ちんもく)の後、

「宇宙船の旅で疲れているでしょうから、ゆっくり休んでね…。何時でもこうして話せるから、今日はこれで切るわ」由紀子がそう言うと画面が暗くなった。


 頭の中が混乱していた栗原はどうしてこうなったのか知りたかったが、シニアとスリムの困り切った顔を見て、答えはしないだろうと訊くのを諦めた。


 考えてみれば、由紀子が地球を離れた後の1年間は会えないどころか会話すら出来なかったから、それが画面()しだとしても姿を見ながら話せるのは栗原にとっても大違いだった。

 すぐにテレビ電話をやめられても困るので由紀子がいつか心変(こころが)わりするのを期待し、会いたいと言うのをやめてしばらく様子を見ることにした。


 再会した日に告げられた通り、テレビ電話さえ繋げばいつでも由紀子の姿を見ながら会話が出来た。


 地球にいた時は忙しくてなかなか出てくれなかったテレビ電話だったが、ここでは何時でもすぐに繋がって話しが出来たから、栗原は事ある毎に呼び出して些細(ささい)なことまで伝えた。

 食事を()る時はいつも向かい側にタブレットを置き、冗談(じょうだん)()わしながら食べたし、寝る前におやすみを言うだけの為に呼び出しても(いや)な顔ひとつせずに『じゃあ、また明日ね!』と言ってくれるから、画面の中の由紀子と新婚生活を送っているようだった。


 以前は夫が単身赴任(たんしんふにん)で別々に暮らしているにも関わらず、幸せだと言う夫婦のことを信じられなかったが、今の栗原にはそれが良く理解出来た。


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