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第48話

 草を()む足音に気付いて栗原は目を開けた。

 真上にある太陽の(まぶ)しさから思わず目を(つぶ)ろうとした時、視界の隅に誰かが近づいてくるのが見えた。


 (あわ)てて起き上がると目の前までやって来たウエットスーツ姿の宇宙人が、

「栗原辰則さん急いで脱出しましょう」と事務的な口調で言う。


 その人がシニアでもスリムでもないことに驚いていると、

「急いで宇宙船に乗ってください。一緒に行きましょう」と栗原の腕を引っ張った。


 その手に引かれるまま広場の端に着陸している宇宙船まで行ってスロープを上がると、白い球体が並ぶ壁に押し込まれた。

 栗原がプニュッという感触と共に内側に押し出されると、続いてジュシス人が乗り込んできて宇宙船は上昇を始める。


「これから1週間でジュシスへ帰還します」栗原の手を引いてきた人が相変(あいか)わらずの事務的な口調で告げた。


「ジュシスは別の銀河にある筈なのに、どうしたらこんなに早く来られるんですか?」あまりに早い到着を不思議に思って訊ねると、

「由紀子さんの指示で月の裏側に待機していました。地球が滅亡の危機を迎えた時、すぐに救い出せるようにと交代で派遣(はけん)されていたのです。シニアとスリムもいつかこうなるのではと心配していました」と感情の無い口調で答えた。


「由紀子の指示…、ですか…」由紀子が指示を与える立場にあると知り、違和感(いわかん)を持ったが、「でも、とにかく助かりました」栗原はそう言ってジュシス人に頭を下げる。


 そんな会話をしながらも栗原は初めて乗り込んだ宇宙船の内部がとてもシンプルなことに驚いていた。

 10人程のジュシス人が乗る、長さが30メートル程のカプセル型のボディーは内側から見ると(ほとん)ど透明で外の景色が()けていた。

 宇宙船の中央には直径10センチ、長さが20メートル位の透明な筒が腰の高さで水平に設置されていて、手前側にはモーターとそれに(つな)がれたピストンが見える。

 筒の向こう側が宇宙船の前方で、そこには水平と垂直のリングを持つ透明な地球儀(ちきゅうぎ)のようなものが置かれ、その中心に黒い円錐形(えんすいけい)のものが見える。

 床は真っ白い(つや)のあるプラスチックのようなな素材で()ぎ目はどこにもなく、透明な筒以外はクッション性のある、白い四角い椅子のようなものがいくつか置いてあるだけだった。


 再び前方に視線を移すと外に見える景色は白い煙のようなものがすごい速さで後ろへ動いていて雲の中を進んでいるのがわかったが、その後すぐに暗くなって宇宙空間に出たようだった。

 振り返るとそこから見える地球はまるで自身が光を放っているかのように青く美しく、核ミサイルが発射されたというニュースが嘘のようだった。

 宇宙船がどんどん加速しているので地球はみるみる小さくなって行き、やがてただの真っ暗な空間になる。


 内部に視線を戻した栗原が不思議そうに見ていると、

「説明しましょうか」先程とは別の人が透明の筒を手で示しながら事務的な口調で訊いてきた。


「僕に理解出来ますか?」栗原が不安になると、

「ダークマターはご存じですか」表情を変えずに質問してきた。


 山の広場であの3人から聞いた話を思い出して、

「たしか…、固有引力を持っているんでしたっけ?」そう答えると、

「ご存じなら話は早いです」そのジュシス人は早口で説明を始める。


 その説明によると宇宙船の動力源(どうりょくげん)はダークマターで、その固有引力を利用して推進力(すいしんりょく)を得ているのだと話した。

 ダークマターは無色透明だが極限まで圧縮すると黒い色に変化して強力な固有引力を発生するようになるらしく、さらに円錐(えんすい)の形にすることで指向性(しこうせい)のある引力にすることも可能らしい。

 また、圧縮比(あっしゅくひ)が高い程、発生する固有引力が強くなり、それによって宇宙船のスピードも変わるようだった。


 船体の中央に()えられた透明な筒は中のダークマターを設定した圧力まで圧縮して、円錐形の容器へ封入(ふうにゅう)する為のもので自動車で言えばアクセルのようなものだった。

 そうして出来た円錐の頂点を宇宙にあるダークマターの(かたまり)に向けることで宇宙船はその方向へ強い引力で引き寄せられ空間を航行出来るということらしい。

 具体的には筒から切り離した円錐形の容器を透明な地球儀の中に移動させ、コンピューターでその向きをコントロールしながら目的地まで行くのだそうだ。

 確かにその地球儀を見ていると、中にある黒い円錐形の容器が時折(ときおり)その向きを変えている。


 スピードに関してはダークマターを限界まで圧縮すれば光の1000万倍まで出せるようだが、安全が確保出来ない為に実用化されていないらしい。

 栗原が乗る宇宙船は光の500万倍が最高速度で限界の半分ではあるが、それでも大きく時間を(ゆが)めてしまい乗員(じょういん)の老化を(はや)めてしまうので操縦(そうじゅう)はコンピューターに任せ、生命維持(せいめいいじ)カプセルの中で仮死状態(かしじょうたい)になって移動するということだった。


 10個程のカプセルが真っ白な床から一斉にせり上がり、透明なハッチが開いた。

 皆がそこに入って横になるのを見て、栗原も自分の前にあるカプセルに寝そべる。


 1つだけ空いていたカプセルに自動操縦をセットした人が収まると全てのハッチが閉まり、すぐに強烈(きょうれつ)眠気(ねむけ)(おそ)ってきて栗原は意識がなくなった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 カプセルの中で目を開けると宇宙船の内側が行灯(あんどん)のように赤い光を放っていた。


 やがて透明なハッチが一斉に開き、栗原とジュシス人は1週間ぶりに宇宙船の床に立った。

 外を見ると赤い太陽に照らされたジュシスが大きく迫り、宇宙船は自然豊かな森にある芝生の広場へとゆっくり降下していった。


 飛行場みたいな場所へ着陸するのを想像していた栗原は地球の裏山にあった、広場みたいな場所に驚いたが、そこにシニアとスリムが立っているのに気付いた。


 宇宙船のスロープが伸びるや否やそこを駆け下りる栗原に、

「ご無事で良かった。ジュシスへようこそ!」シニアが先ず口を開き、

「また会えて嬉しいです!」とスリムが続けた後、すぐに神妙な顔になって「残念ながら…、地球の人類は4日前に滅亡しました」と人類の終わりを告げた。


 地球とは違うジュシスの夕日が2人の顔を真っ赤に照らし出し、その表情をより悲壮(ひそう)なものに見せていた。


「そうですか…。山の上を回るトンビの鳴き声や夕日でオレンジ色に輝く海、そして、ジュニアを送ったあの広場も…、全部なくなってしまったのですね…」栗原はそう言うと下を向いて黙った。


 2人も地球の景色を思い出したのか、皆でしばらく沈黙してしまったが、

「ご自宅へ案内しましょうか!」その重い空気を振り払うように元気よくスリムが言った。


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