第47話
行方不明の由紀子のことを必死で捜しているように見せる為、海岸に点在する大きな岩を上ったり降りたりしながら歩き、ガソリンスタンドが見えてくるまで3時間も掛かった。
ようやく辿り着いてレジが置かれている店舗を覗いたが誰もおらず、ガレージへ行ってみると栗原の軽トラの助手席に上半身を入れ、ヨシ坊が何か作業していた。
「ヨシ坊さん、昨日は大変ご迷惑を掛けました」その背中に声を掛けると、
「あー、栗原さん! 無事で良かったっすよー!」そう言いながら両手で握手を求めてくる。
栗原はそれに応えながら、
「僕の軽トラに何か問題でもありましたか?」真ん中のシートが上げられ、エンジンがむき出しになっているのを見て言うと、
「アイドリングの音が少しバラついていたので調整してたんっす。僕、そう言うの放っておけないタチなんっすよ…」照れ臭そうに言い、「あ、これはサービスだからお代は取りませんよ」と爽やかな笑顔を見せた。
「ところで本当に何もされなかったんっすか? あいつらに…」ヨシ坊が心配そうに訊くので、
「ええ。色々訊かれましたが何も知らないと言ったら、あっさり帰してくれましたよ。ちゃんと自宅まで送ってもらいました」栗原が笑って言うと、
「じゃあ、悪い奴らではないんっすね。またここに来たらと思うと怖くて…」と肩をすくめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1年後、島は普段の静けさを取り戻していた。
栗原はスーツ姿の男達との一件以降、何事もなく平和な毎日を過ごしていたが由紀子がいない寂しさは日に日に募るばかりで何もする気が起こらず、夜もほとんど眠れなかった。
天気が良い日は初めて宇宙人を目撃した山の広場に行き、せめて夢の中で会えたらと由紀子や3人のことを思い出しながら草の上でうたた寝する日々を過ごしていた。
応援に来た警察の人達はすでに本土へ戻り、駐在所の警察官が1人で捜索を続けていたが島の人達は皆、由紀子が海で自殺したと思っていた。
そんな栗原を可哀想に思い、島の行事へ誘ってくれる人もいたが由紀子が失踪したと騙しているのが申し訳なくて、全て断っていた。
由紀子やシニアとスリムがどうしているのかいつも気になっていた栗原は何の根拠もなく、ラジオを使ってコンタクトしてくるかも知れないと思い、出掛ける時はいつも携帯していた。
山の広場に着くといつものようにラジオのスイッチを入れた後、視界の中が青い空と白い雲だけになるように仰向けで草の上に寝転ぶ。
由紀子の笑顔を思い出しながらうとうとし始めた時、ラジオが臨時ニュースのチャイムを鳴らし、どこかの国の首相官邸が宇宙人との戦闘を望む過激派によって占拠されそうだと伝えた。
過激派は首相官邸に小さな軍隊の装備と共にやってくると宇宙人がいつ攻めてくるか判ったと主張し、地球防衛用核ミサイルの発射ボタンを渡すよう首相に迫ったようだ。
首相自ら代表に会って断わると、今度は官邸の警備隊と揉み合いを始めてしまい、核ミサイルの発射ボタンを巡る交戦にまで発展してしまったのだと現場から中継で伝えている。
栗原は半身を起こしてラジオを見詰め、その音声に耳を澄ます。
パンパンパン、パラパラッ、パラパラパラッと拳銃や自動小銃と思われる銃声が聞こえ、時折バスンッ!と何かが爆発する鈍い音が響く。
発射ボタンが過激派のてに渡り核ミサイルを発射してしまったら、『報復の連鎖が始まって…、地球上のすべてのミサイルが飛び交うことになる…』と、シニアが言った通りになってしまうかも知れない。
発射されるのが宇宙人を迎え撃つための地球防衛用核ミサイルなら起爆装置を解除することで爆発は避けられ、やがて地球のどこかへ落下するのを待てば良い。
核弾頭が落下した地点はそれなりの被害を免れないだろうがあくまで限定的なもので、世紀末的な大惨事にはならない筈だ。
しかし、地球防衛用と称する核ミサイルの何割かは他の国の攻撃に対する報復用に配備されていると言われ、仮にそれが5割だとすれば2分の1の確率で地球に向けたミサイルが発射されてしまうのだ。
通常、地球上を攻撃する核ミサイルは可能な限り高高度まで打ち上げた後に地球の重力を利用して加速し、音速の10倍以上のスピードで飛来する。
発射された時の軌道は地球防衛用のミサイルとほぼ同じで見分けるのが難しい為、どの国も飛翔体を探知するや否や軌道の解析を始め、自国が標的だとわかった時点で直ちに迎撃用ミサイルを発射しなければ手遅れになってしまうのだ。
しかし、マッハ10以上の速度で飛来するミサイルに別のミサイルを正面衝突させねばならない迎撃は殆ど不可能で被害を受けることが確実な為、報復用核ミサイルも同時に発射することになっている。
そうして迅速さが求められる現代は「探知」「解析」「判断」「迎撃」そして「報復」といった段階を追わず、一連の動作としてスーパーコンピューターが瞬時に行うのだ。
その為、人の判断が割り込む余地はなく、迎撃システムがひとたび作動すればそれを止める術はない。
1発のミサイルが世界中の迎撃システムを作動させ地球を滅亡に導くと知っているからどの国も発射に踏み切らなかったというだけで、複雑に絡み合うロープの1つでも切れれば真っ逆さまに落ちてしまう綱渡りを人類は日々繰り返しているのだ。
50年も経たずに地球に終わりが来るかも知れないと覚悟はしていたが、こんなに早いとは思っていなかった栗原は焦った。
危険過ぎて続けられなくなったのか中継はスタジオの解説に切り替わり、これまでの経緯と今後の展開について話し始める。
栗原は立ち上がると、広場の端までゆっくり歩いて行く。
そこからの景色を眺めながらもし、報復の連鎖が始まったら自分は何が出来るかと考えてみるが、すぐに答えが出た、というか考えるのは無駄だとわかった。
核ミサイルが世界中を飛び交うというのに、1人の人間が何か出来る筈がない。
逃げることも隠れることすら出来ずに、地球の皆と共に死に行くしかないのだろうが願わくは、この景色だけは破壊されないで欲しかった。
栗原はこの場所から見る景色が大好きだった。
なぜなら、島での最初のイメージとして記憶の中に深く刻まれていたからで、ここでの様々な出来事や出会った人の思い出と共にあるからだった。
青い空を回るトンビの姿を眺めながらここに来た最初の日のことを思い出していると、ラジオの解説者が慌てたように何かを叫び出した。
置き去りにしていたラジオへ戻ろうと歩いていくが、音が割れんばかりに叫んでいる解説者が何を言っているのかは理解できなかった。
何度も繰り返す、その声を聞いているうちに、
「発射されてしまいました──! もう、お終いです──! 避難してください──!」と叫んでいるのがようやく理解出来た。
ラジオはボタンがついに過激派の手に渡り、核ミサイルが発射されてしまったことを告げていたのだ。
もし、発射された核ミサイルが地球上の何処かに向かって飛べば、ついに世界中が恐れていた地球滅亡のシナリオが動き出し、数日と掛からずに人類は絶滅するだろう。
栗原はもう慌てたりはしなかった。
ラジオのスイッチを切ると、いつものように草の上に寝転んで目を瞑った。




