第45話
荷物と一緒に持ち出したミルクティーのペットボトルを開けながら、ダッシュボードの時計を見ると午後1時を示していた。
一口飲もうとしてボトルに口を付けたまま顔を上げると、ヘリコプターに混じってトンビが飛んでいる。
栗原は青い空を回る2羽のトンビを眩しそうに見上げながら、昨日の事を思い出していた。
陶芸という芸術に人生を賭けているなどと宣言し、由紀子と別れてまで地球に拘った筈だったが、何処かの組織に拘束されることに怯えながらこんな小さな軽トラの中でしか暮らせなくなってしまった。
こんなことになるなら陶芸なんか出来なくてもジュシスで平和に暮らした方が良かったかも知れないし、それを選んでいれば由紀子やシニア、スリムと離れ離れになる事もなかったんだと栗原は思った。
「一体、何がしたかったのだろう…」1人でそう呟く。
キラキラ光る海やトンビが飛ぶ青い空がそこにあるのかどうか知らないが、地球より自然が豊かなら、これ以上の景色がジュシスにある筈だ。
感情が無い社会で生きられるかは別として、そうやって地球に拘り続けた自分が慣れた環境から新しい世界に踏み出せずにいる臆病者か、旧式の使い慣れた道具を最新のものより良いと信じ込んでいる頑固者のように思えて情けなかった。
いつの間にか、うとうとしてしまった栗原が目を覚ますと夕日が海に沈もうとしていた。
あちこち走り回って給油が必要だった事を思い出した栗原はガソリンスタンドが閉まる前に行かねばと、エンジンを掛けるや否や車を出した。
車の後ろでダダッ!と聞きなれない物音がしてバックミラーを見ると、慌てたスーツ姿の男達がそこに映っていた。
忍び寄って襲い掛かろうとしていたのか、聞きなれない物音はその4人が突然走り出した車を追いかけてダッシュした時の音だった。
間一髪で捕まらずに済んだ栗原はそのままスロープを下りて道路に出ると、非力なエンジンに鞭打つようにして目一杯アクセルを踏み込んだ。
スロープの下に停まっていた、見慣れぬワンボックスを目の隅で捉えた栗原はすぐにそれで追いかけてくるのだと思い、タイヤを軋ませてカーブを曲がりながらどこへ逃げるか考えた。
走っている向きにはガソリンスタンドがあり、ヨシ坊が『タンクローリーに隠れて…』と言っていた事を思い出してとにかくそこを目指す。
ガソリンスタンドが見えてくると、道路側に停めたタンクローリーにヨシ坊が給油していた。
栗原はそのタンクローリーの裏側に道路から見えないスペースがあるのを見つけ、キキィ──ッ!と勢いよく車を滑り込ませる。
「追われてます!!」タンクローリーの裏側で短く叫んだ。
ヨシ坊はかなりのスピードで飛び込んで来た栗原に驚いていたが、給油中のその手が離せず姿勢を変えなかったので追手には何事もないように見えたらしい。
黒いワンボックスはそのままスタンドの横を通り過ぎて行った。
ヨシ坊は栗原の軽トラをガレージへ導き、すぐにシャッターを閉め、
「丁度、準備を終えたところっす。とりあえずここへ」給油中だったタンクローリーの上部を指差すと道路が見える場所へ走り、追手が来ていないことを確認してオーケーサインを出す。
栗原がタンクの後ろに付いている梯子を登るとハッチが1つ外されているのが見えた。
そこから中へ降りると肩から上が出たままなので膝を曲げて隠れ、2分程じっとしているとタイヤを軋ませて停まる車の音がした。
「はいー、らっしゃいませーっ!」とヨシ坊の声で聞こえた後、
「ここ近くは、他の道ありますか?」少し高い男の声でたどたどしい日本語が聞こえ、
「小さいのトラック、あなた見たですか?」と急かすように言う別の声がすぐに続いた。
「アイ、ドント、ノー!」何故かヨシ坊は英語で答える。
タンクのハッチが開いたままで上から丸見えだったことに加え、会話がすぐそばから聞こえてかなりヒヤヒヤしたが、ドアが閉まる音がしてエンジン音は遠ざかっていった。
ヨシ坊はそのままタンクローリーに乗り込むとエンジンを掛けた。
どこかへ逃がしてくるのだと思った栗原が車の揺れに備えてタンクの中で両手つくと、ゆっくり動き出してソフトに加速していく。
ようやくスピードが乗ってきたと思った途端、ブレーキが掛かって停車した。
「こんなとこに停められちゃ、通れないよー!」ヨシ坊が怒鳴るのと同時にドアが開く音がして、
「小さいのトラック、あなたガレージで隠しましたね。彼が行ったのはどこですか?」先程のたどたどしい日本語が聞こえてきた。
「何だよ、知らねーって言ったじゃん!」ヨシ坊はそう言うとすぐに、「ああぁ──! な、何すんだよ──! やめろー!!」と叫び始めた。
その声を聞いた栗原はタンクの中で立ち上がって姿を見せ、
「僕はここです。その人に乱暴するのはやめてください」そう言うとハッチから出て、タンクの後ろに付いている梯子をゆっくり降りる。
スーツ姿の男達はすぐにヨシ坊から手を放し、
「栗原さん。私たち乱暴ないですから、一緒に行ってください」そう言いながら黒いワンボックスのスライドドアを開けた。
心配そうにしているヨシ坊に
「大丈夫、何か訊きたい事があるだけで乱暴はしないでしょう。見た所皆、紳士のようだし…」栗原は男達の言葉を信じてそう言った。
栗原を乗せた黒いワンボックスは島の北側に回って林道に入ると閉鎖されたキャンプ場のゲートを開けて進み、古くなって苔むした大きなログハウスの前で停車した。
先に降りたスーツの男が外からドアを開けるので栗原が車から出ると、すぐに正面の玄関から浅黒い肌をしたアジア人風の男が出くる。
「栗原さん、驚かせてすみません。決して乱暴な事はしませんからご安心ください」その男は流暢な日本語で告げた。
「何が目的なのか知りませんが妻を探さなくてはならないので、早く帰してください」栗原がそう演じると、
「その由紀子さんの行方についてなんですが…」アジア人風の男は顎の髭を左手で撫でながら意味ありげな笑みを浮かべる。
「由紀子がどこへ行ったのか知ってるんですか?」栗原がそう言って近づくと、
「ここで話すのもなんですから、中で詳しくご説明しますよ」アジア人風の男は背中を向け、ログハウスに入っていった。
栗原がスーツ姿の男達を伴ってログハウスの中に入ると、内部はかなりボロボロになっていたもののそこがラウンジだと判った。
中央には真新しい椅子が1脚とそれに向かい合うように6脚置かれている。
アジア人風の男が手の平で1脚だけの方を示したが、
「由紀子の事を何か知ってるんですね?」と栗原は立ったまま、話の続きをせがんだ。
「単刀直入に言った方がわかり易いですかね…」とアジア人風の男が真顔になって、「由紀子さんは宇宙船に乗り、宇宙人と一緒に行ってしまったのではないですか?」と栗原の顔をまじまじと見ながら言った。




