第43話
「栗原さん、…栗原辰則さんですね?」ソファの上で夢から覚めると、栗原は実際に肩を掴まれていた。
庭にヘリコプターが着陸しているのか夢の中で最後に聞いたエンジンと同じ音が、バルバルバルバル───ッと一帯に響き渡っている。
自分は目が覚めたのかそれともまだ夢の中にいるのかわからずにいると、
「あなたは栗原さん、栗原辰則さんで間違いないですね」その内の1人が抑揚のない声で訊くので、
「ええ…、そうですが…」栗原は半身を起こしながら返事した。
「色々伺いたい事がありますので、ご同行願えますか?」
特殊部隊のユニフォームを着た自衛隊員は栗原に同意を求めたが、何か答える前に別の隊員によって両側から腕を抱えられ、強制的にヘリコプターまで連れていかれる。
座席にシートベルトで固定された後、安全の為にと被せられたヘルメットは目隠しの代わりなのか、シールドが真っ黒に塗られていて景色も何も見えなくなった。
栗原は想像していた通りのことが起きたのだと理解し、疑われないように演技を始めた。
「なぜこんなことを? どうして、…僕をどこに連れて行くんですか?」わざと慌てたようにして訊くと、
「栗原さん、手荒な事はしないので落ち着いてください」ヘルメットの中で声が響く。
「妻がいなくなって…、何か起きる前に早く捜し出さないと!」何も見えないヘルメットを左右に向けながら訴える栗原に
「ただいま、すべての事について調べているところです。調査に関する質問に答えて頂いたらすぐに自宅へお送りしますので、ご協力願います」その声は落ち着いた声で告げた。
ヘリコプターは40分程飛び続けて、どこかへ着陸した。
ヘルメットを被ったまま再び両腕を抱えられてアスファルトの上をしばらく歩き、靴音が響く大きな空間に着くとパイプ椅子のようなものに座らせられる。
栗原が視線を思いっきり下に向けてみるとヘルメットの隙間からはコンクリートのような床が見え、足音や衣擦れの音から10人以上の人がそこにいるように感じた。
「栗原さん。突然にもかかわらず、ご同行頂きありがとうございます」新たに聞く声の男がそう切り出した。
「昨日のひとはちまるまる時、…失礼しました。昨日の18時、あなたはどこで何をしていましたか?」と訊くので、
「その時間はいつもアトリエで作業しています。昨日も夕方の6時前、つまり18時前からアトリエでデザイン画を描いていました」辻褄が合うように考えた話をする。
「時刻は午後6時もしくは18時のどちらかを言って頂ければ結構です」男はそう言った後、「その時、奥さんは何をしていましたか?」と続けて訊く。
「その時、由紀子が何をしていたかは知りません」栗原が断言すると、男はその言葉を信用したようだった。
「なるほど。では、奥さんがいなくなったと気付いたのは何時ですか?」再び訊ねてくるので、
「昨日はアトリエに午後9時頃までいてその後、縁側から家に戻るとリビングに由紀子の姿はありませんでした。自室にいると思い声を掛けてから風呂に入りました。午後10時前に風呂から出てしばらくリビングで寛いでいましたが、あまりにも静かだったので部屋を覗きに行くとそこに由紀子の姿はありませんでした」そこまで一気に話した。
男が次の質問をする前に栗原は思い出したように、
「…それが午後11時過ぎなので5時間以上会っていないことになるんです」と付け加えた。
「由紀子さんがいなくなる理由として、何か思い当たることがありますか?」しばしの沈黙の後、再び男が質問する。
「…1年程前に仕事を辞めた時は、自分がもう必要とされていないと言ってかなり落ち込んでいました。その後、流産した我が子のことを口にするようになり、時々部屋で泣いるのを聞いたことがあります」、「売店を任されてからは客と世間話を楽しんでいたので元気になったと思っていましたが今日、我が子への走り書きがあるノートを由紀子の部屋で見つけたので、まだ苦しんでいたのかも知れません」栗原は話し終えると悲しそうに下を向いた。
男が声を潜め、辞表とノートについて確認していたがそれを終えると、
「昨日の夕方、宇宙船のようなものが島の西側エリアに着陸したのですが、変な音を聞いたり、変わったものを目撃してはいませんか?」再び訊ねる。
「デザイン画を描いている時はスケッチブックに向かって集中しているので…」男はそう言い掛けた栗原の言葉を最後までは聞かずに、
「申し訳ありませんが宇宙船の痕跡を調査する為に、ご自宅を捜索させて頂きました。辞表とノートの走り書きはこちらでも確認出来ています」と早口で話し、「その捜索やこちらへご同行頂いた理由は国家の安全を守るためで、内閣調査室からの指示により執行いたしました。もし、ご不満があれば官房長官が対応させて頂きますが栗原さん、異議を申し立てますか?」男が慣れた感じで説明した。
宇宙人の攻撃に備える為、超法規的措置が講じられるのは予想通りで、家宅捜索についても反論する気は無かったから、
「捜索について異議はありませんが、妻は誰が捜してくれるのですか?」と困ったように演技しながら訊いてみる。
「失踪者の捜索は基本的に警察がやることになっています。しかし、いなくなったのが宇宙船の着陸と同じタイミングなので、こちらでも調査することになるでしょう。何かわかったらすぐにお知らせします。本日はありがとうございました」男が再び早口で言うと数人の靴音が一斉に部屋から出ていった。
残ったのは家の中でソファを取り囲んでいた自衛隊員だけらしく、栗原は来た時と同じように両側から腕を抱えられると、再びヘリコプターまで歩かされてそのまま自宅へ送られた。
庭でヘルメットを脱がされた栗原が見送る中、全員が無言で敬礼し、ヘリコプターは爆音と共に竜巻のような土埃の茶色い渦を残して上昇していく。
空を飛ぶ他のヘリコプターが止まって見える程のスピードで遠ざかっていく、その自衛隊のヘリを追う視線が道路の方へ向くと、そこでヨシ坊が手招きしていた。
「ヨシ坊さん…」栗原が呟いてそちらへ歩き出すと、その姿を見たヨシ坊は何も言わずに乗ってきたタンクローリーの運転席へ上がり、再び手招きをした。
栗原が助手席のドアを開けて乗り込むと、
「自衛隊のヘリが着陸したと思ったら、降りてきたのが栗原さんでビックリしましたよ。奥さんがいなくなったと聞きましたが、何かあったんっすか?」すぐにヨシ坊がそう言い、「留守の間にスーツ姿の男達が栗原さん家の様子を伺っていたんっすよ…。男達は皆、危険な感じがする外国人だったのでお知らせした方がイイと思って…」と興奮しながら一気に話した。




