第42話
夜になると世界中から駆け付けた軍用ヘリコプターが島の上空を飛び交うようになり、何が起こったかわからない住民達は右往左往するばかりだった。
しかし、栗原だけはその理由を知っていた。
シニアとスリムが言った通り、宇宙船は地球のレーダーに探知されていたようだ。
その後、何かがこの島へ着陸したのを突き止めた国々が調査の為に軍のヘリコプターを派遣したのだった。
栗原はサーチライトを照らしながら飛び回るヘリコプターを見て、由紀子を乗せた宇宙船は地球から無事脱出し、報復の連鎖という最悪の事態も避けられたのだとホッとしていた。
なぜなら、宇宙船が飛び立ったのをレーダーで捕捉出来ていれば、この島を調べるよりその追跡に全精力を使うだろうと考えたからだ。
これだけ沢山の軍用ヘリが島に来ているのを見ると、それが宇宙船だということすら判っていないのかも知れず、もしそうなら、核ミサイルは発射されなかったということになる。
つまり今、判っていることは未確認飛行物体が島に飛来したということだけでそれが宇宙船なのかや、詳しい着陸地点は特定出来ていないのだろう。
地球のレーダーでどこまでピンポイントに特定できるのか知らないが、たとえ自宅の庭に着陸したとされてもその形跡がある訳ではないので、栗原は全く心配していなかった。
それでも由紀子が突然いなくなった筋の通った理由は用意せねばならず、栗原はそのことに頭を悩ませていた。
由紀子は売店で毎日誰かに会うので昨日まで島にいた事が知られているのだ。
用事があって島を出たとするにしても出掛けたのは店が終わった後としなければならず、高速船もフェリーも運航していない時間ではそれが嘘だとすぐにバレてしまう。
散々考えたが答えは出ないのでとりあえず、昨夜から由紀子が行方不明になっている事にして、一芝居打つ為に軽トラへ乗り込んだ。
島の人々は皆家の外に出て、サーチライトと共に飛び廻るヘリコプターを眺めているので、慌てて探し回る栗原の姿を見せるのには好都合だった。
敷地から道路に出た途端、1台の軽トラと鉢合わせし、急ブレーキをかけると向こうも停車する。
運転席に目を凝らすと区長の高橋が小さく手を挙げた。
運転席の窓ガラスを下ろす高橋に、
「由紀子を見かけませんでしたか?」と訊ねるが、頭上にやって来たヘリコプターの大きなローター音がその声をかき消した。
わからない表情でいる高橋へ怒鳴るようにして、
「どこかで由紀子を見かけませんでしたか?! 姿が見えないんです!!」そう言うと今度は聞こえたらしく、
「こんな時間にかい?!」高橋も怒鳴るようにして応えた。
頭上のヘリコプターが飛び去り、普通に話せるようになると、
「由紀子さん、こんな時間にどこへ行ったんだろか?」高橋はそう言うと、「この騒ぎが何だか分からんから、駐在さんのとこへ行くところなんだ。由紀子さんは何か関係あるのかねえ…」と首を捻りながら腕を組んだ。
「じゃあ、僕も一緒に行きます」栗原がそう言うと、
「いや、由紀子さんが海にでも入ってしまったらいかん。駐在さんには私が話しておくから、あんたはあちこち探した方がいい」由紀子が自殺してしまうと考えたのか、高橋が慌てながら応えるので、
「じゃあ、僕はとりあえず海を探してみます!」栗原は頭を下げながら、反対にハンドルを切って車を出した。
軽トラを砂浜のある場所へ向かって走らせながら、高橋が良いヒントをくれたと思っていた。
考えてみれば、由紀子を捜す演技だけでは島の人達や駐在さんを騙せたとしても、他の機関には通用しないだろう。
様々な国の軍隊が乗り出しているこの状況ではどんな機関によって行方不明者の捜査が行われるかわからず、こんな小さな島はたちまち調べ尽くされて、ここにいないことも遺体がないこともすぐに判ってしまう筈だ。
どの機関も宇宙船の着陸と同じ日の失踪事件を関係ないものとはしないだろうが、入水自殺の可能性を加えれば遺体が見つからないことも不自然ではなくなり、嘘がバレずに済むかも知れない。
栗原は由紀子が自殺したように見せかけることにして軽トラで島中を走り回りながら出会う人に声を掛け、あちこちの岩場や砂浜を捜す演技を続けた。
その途中でバイクに乗った駐在所の警察官とすれ違い、由紀子がまだ見つかっていないことを告げておいたから、あとは事情聴取の際に最近は色々悩んでいたと話すだけだった。
栗原は何かそれらしいものがあれば話の辻褄が合い、真実味も出るだろうと考えて一旦、家に戻ると由紀子の部屋に入った。
空が白み始めたばかりでまだ薄暗いその部屋に入った途端、笑いながら座る由紀子の姿が目に蘇り、もう2度とそこには戻ってこないという現実を栗原に突き付けた。
宇宙船の前で別れた時、由紀子はジュシスで暮らしたいと望み自分は地球にいたいのだから仕方がないと思ったが、一緒に行かなかったことを後悔していた。
その別れの意味を東京とこの島に分かれて暮らす時と同じように考えてしまった自分は馬鹿だったと、そして取り返しのつかないことをしてしまったと思い、涙が溢れ始めた。
部屋にある由紀子の物を見ては浮かぶその思い出で1時間以上泣いていると涙が枯れ、徐々に落ち着いてくる。
思い悩んでいた証拠となるものを探す為、部屋へ来たことを思い出した栗原はデスクの上で開かれたままになっていたノートの中に『ジュニアがいる所へ行きたい』、『ジュニアに会いたい』という走り書きを見つけた。
お腹の子を『辰則ジュニア』と呼び、生まれて来る日が待ち遠しかったことを知る人が見たら、亡くなった子がいるあの世へ行きたいと読むだろう。
栗原はその走り書きとパソコンの中の辞表を示し、流産した子供や辞めてしまった仕事のことで悩んでいたとすれば完璧だと思った。
その後、ジュシスの人が来ていた形跡が残されてないかと、アトリエと家の中を確認したが、それらしいものは何もなかった。
ホッとしてリビングのソファに腰掛けたが寝ずに走り回った疲れが一気に出て、身体を伸ばすだけのつもりで横になるとすぐに夢の中に入っていった。
「うお──ぉぉぉ───っ!」
モヒカン頭に黒いサングラス、鋲打ちされた革のベストから太い二の腕を出すヒッピー風の男が、サバイバルナイフを振りかざして栗原の背後に迫っていた。
追いつかれないようにと必死で駆けていると、幸運にもパルパル…と軽快な音を立てるエンジンが掛かったままのチョッパーバイクを見つけた。
シートの両脇にある、鋲が打たれたサイドバッグを見てすぐにナイフ男のものだとわかったが構わずそれに飛び乗り、シフトペダルを蹴飛ばしてギアを入れた。
左手でクラッチを繋ぎながら右手でスロットルを回そうとするが硬くてビクともしない。
どんなに力を入れてもスロットルは回らず、エンジンはパルパルパル…っと、のんきなアイドリング音を響かせるだけだ。
ナイフの男があと5メートルまで迫ったところで力の限りスロットルを回すとボキッ!という音と共にハンドルが折れ、同時にエンジンがもの凄い音でバルバルバルバルバル─────ッと唸りを上げる。
バイクを諦めて駆けだそうとした時、ついに男に肩を掴まれてしまい、
「あぁー!!!」と栗原は叫び声を上げた。




