第41話
あまりに突然で、シニアとスリムが何を言ったのか理解出来ず、栗原と由紀子はただ唖然としていた。
そんな2人を見たシニアが、
「すべて配給されますので何も要りません。さあ、時間がないので行きましょう!」と急かす。
すると、由紀子が目が覚めたようにして、
「待って、一番大事なものだけ持って行かせて!」そう言うや否やアトリエへ駆けだした。
一方の栗原は何もせずに立っているだけだったが、言われたことが理解出来ないわけではなく、どうするか決め兼ねていたのだった。
核ミサイルで埋め尽くされてしまった地球から自分達を救出に来てくれたのは嬉しかったが、行先はジュシスだと分かっていたから一緒に行くかどうか決められずにいたのだ。
栗原が突然迫られた人生の重要な選択に迷っていると、両手で箱を抱えた由紀子がアトリエから走って戻る。
「これだけは持っていきたいの、イイでしょ?」必死の形相でジュニア、シニア、スリムが創った粘土の作品を見せると、
「構いません。では、行きましょう!」シニアとスリムが縁側に向かった。
それを聞いた栗原が、
「待ってください!!」と大きな声で言うと、
「わたし達がここへ来たのを地球上のレーダーが探知している筈です。グズグズしている時間はありません。それに、ここを離れる時は宇宙船に向けて核ミサイルが発射されるかも知れないんです」とシニアが早口で答えた。
「僕はまだ、行くかどうかを決めていないんです…」自信なさげに告げると、
「ミサイルのことなら宇宙船は躱すことが出来るので心配いりません。それより、わたし達に向けて発射したものをどこかの国が攻撃と誤認し報復用ミサイルを発射したら、報復の連鎖が始まって地球上のすべてのミサイルが飛び交うことになります。そんなこと、わたしが言わなくてもおわかりでしょう」シニアが再び早口で話す。
「それは良くわかっていますが…」そう呟やいて由紀子を見ると、
「だったら、行かないのは自殺行為だわ! 迷う必要なんてないじゃない!!」そう言って、縋るような目で栗原を見つめた。
「いや、必ずそうなるという訳じゃないし、僕はジュシスで生きていく自信がないんだ…」残念そうに言うと下を向いた。
誰も何も言わず、シニアとスリムはただ残念な表情をして栗原のことを見ている。
少しの沈黙の後、由紀子が静かに話し出した。
「設計事務所を辞めると決めた時、私を必要とする人が必ず何処かにいる筈で、それをこれから探せばイイんだと言って慰めてくれたわね。3人が帰ってしまった時だって、ジュシスに会いに行けばイイ、と言ってくれたじゃない。今、ジュシスが私達を必要としているのよ。私はジュシスの人達が好きだし、ジュニアちゃんが暮らしていた場所で生きてみたいの…」そう言うと栗原をじっと見詰めた。
栗原はその目の中に固い意志を感じながら、
「僕に君が行くのを止める権利はないかも知れない…、だけど一緒には行かれない」由紀子にハッキリと告げ、「僕は自分の感情を表現出来る陶芸という芸術に、人生を賭けようと思ってこの島へ来たんだ。ジュシスのような合理性だけの社会で自分を表現せずに生きられるとは思えない。ジュシスに行って生き甲斐を失うなら地球と一緒に滅亡するのも同じなんだ」思ったことを正直に伝えた。
「この先どんな兵器がここから宇宙に向けられるのかを考えたら、ジュシスの人達だって地球へは迂闊に近付けなくなる。1度行ったらもうここへは戻れないかも知れないんだ」由紀子に留まって欲しいと思いながら話す。
すると由紀子は
「戦うことを良しとせず、自然を大切にするジュシスの人達は宇宙における希望よ。もし、私達が守らなければ争い好きな地球人によって滅ぼされてしまうかも知れないの。私は地球に戻れなくても後悔しないわ」その固い意志を言葉で示し、「一緒に行って欲しかった…」最後にそう呟くと、下を向いたまま1人で宇宙船のスロープを上がり始めた。
涙を流しているように見えたが栗原は何も言えずにただ、ゆっくりスロープを上がって行く由紀子を見ていた。
別の銀河の知らない星へ旅立とうとする由紀子を見てもそれが一生の別れになるという実感が湧かず、外国旅行の飛行機へ乗り込むような感覚で白い球体が並ぶ壁に姿が消えるまで見送っていた。
「由起子さんと2人で感情や陶芸を教えながら、ジュシスで生きられるのではと思っていましたが…」シニアが残念そうに言い、
「わたくしも辰則さんが一緒に来てくれたらと願っていました…」スリムが静かに言った。
そんな2人の気持ちを断ち切るように栗原は話し始める。
「宇宙の自然な姿を大切にするあなた達なら僕が言わなくてもわかるでしょう。皆に感情を芽生えさせてしまったら、もうそこはジュシスではなくなってしまい、地球人のように戦いを初めてしまうかも知れません。僕はそんな風になって欲しくないと心から思っているんです。友達になれたシニアとスリムに会えなくなるのは本当に残念ですが…、いつまでも元気でいてください。そして、由紀子を宜しくお願いします」シニアとスリムの2人をじっと見詰めながら話し、丁寧に頭を下げた。
「わたしもスリムも今は友情というものがわかるようになりました。そして辰則さんが大切な友達だという事も…。だから大切な友達の思いを尊重し、あなたを無理に連れて行くことは諦めます…」そう言うシニアの目には涙が浮かんでいる。
スリムを見ると、その目から光るものが一筋流れた。
栗原はシニアとスリムを順番に抱きしめた。
「わたし達がここへ来ることはもう無いでしょう。辰則さん、これまで色々ありがとうございました。地球がずっと無事であることをジュシスから祈っています」シニアはそう言うと、自ら手を差し伸べて握手を求めてきた。
栗原はその手を固く握りながら、
「地球が50年も続かないのであれば、別の銀河にあるジュシスは発見されずに済むでしょう。そして地球が滅亡するその時、僕はジュシスが攻撃されずに済んだ喜びと共に一生を終える事が出来ます」目に涙を溜めながら言った。
「辰則さん、わたくしも地球の人々が環境破壊を止め、滅亡の道から抜け出せるように祈っています。そして、わたくし達が再び会えることも…」そう言うスリムとも固い握手を交わす。
2人はそれ以上何も言わずにスロープを上がり始めたが途中で栗原の方を向いて立ち止まり、ゆっくり頭を下げてから宇宙船の中に消えた。
スロープが縮みエレベーターが収納されると宇宙船はすぐに浮き上がったがそのまま上昇はせず、別れを惜しむように留まっている。
栗原は中から見えているのか、聞こえているのかわからなかったが、
「由紀子、今まで一緒にいられて幸せだった。僕はどこにも行かずにここにいるから…」と大粒の涙を流しながら叫んだ。
すると宇宙船はゆっくり上昇を始め、中から由紀子の声で
「さようなら…」と言うのが聞えたような気がした時、もの凄いスピードになってあっという間に雲の中へ消えてしまった。




