第35話
「我々が武力を持たない理由をご理解頂けましたか」
ずっと黙っていた大臣が良く解らない表情をしている栗原にそう告げる。
しかし、栗原はその理由が解らなかったのではなく、納得がいかないだけだった。
それは、いくら地球が彼らの故郷だとしても、平和主義のジュシスが滅ぼされてしまうようなリスクを冒してまで環境汚染を止める意味があるのかと考えたからで、これからやろうとしている計画が無駄に思えたからだった。
争いを好まず自然環境を大切にする、そんな人達が住む自然豊かな星と50年も持たない程に環境破壊が進んでしまった星を比べたら後者を切り捨て、前者の発展に専念するのが当然ではないのだろうか。
ここに暮らす自分は彼らの力を借りてでも地球を救いたいが、その代償がジュシスの滅亡だとしたら余りに大きすぎる。
自分はどうすべきなのかわからなくなり、何も答えられない栗原を見た大臣は、
「祖先が地球で発生したと判明した今、我々は地球に暮らすのが自然なのです。今、住んでいる星は我々がいるべき所ではなく、あくまで借りている場所なのです。出来る限り早く元の環境に戻して立ち去るべきで、それが宇宙全体の自然な姿を保つ事に繋がると考えているだけで他に理由はありません。広大な宇宙にとっては一見、小さな事のように思えますがそういうものの集まりで出来ている宇宙にとって、影響は限定的なものでは済まされません。自然に任せた変化以上のものを生じさせないよう、常に注意していないと元に戻せなくなってしまうのです。地球の環境も同様で劇的に変化すればその影響が宇宙に存在する沢山の小さなものに及び、太陽系の惑星配置を変えてしまう結果に繋がるかも知れません。太陽系の環境変化は連鎖的に宇宙全体に及びその結果、何が起こるのか我々にもわかりません」さらに詳しい理由を一気に話した。
栗原はそれを聞いて地球やジュシスといった、星のことだけ考えれば良いという問題ではないと初めて理解出来た。
ようやく実行しない選択肢が無いことを悟った栗原は、危険を冒さずにやり遂げることも不可能だと悟り、
「どういう方法で実行するにしてもこの計画には危険が伴いますが、どのようにお考えですか?」と大臣に確認すると、
「どんな危険が伴うのかわかりませんが、仕方ありません」キッパリと答え、栗原が思った通り覚悟は出来ているようだった。
「わかりました。では、出来るだけ安全な計画を立てましょう」栗原も覚悟してそう伝え、今日まで練り上げた計画について説明を始める。
その計画は北海道で開催される国際会議を地球人との出会いの舞台とし、環境破壊を食い止める為の協力を全世界へ同時に訴えるというものだった。
国際会議は経済問題を話し合う為のもので環境問題とは関係ないが世界の首脳が集まることには変わりなく、3人が拘束されてしまう事態を避けるには打って付けの場所だと栗原は考えたのだ。
その上、世界中から集まるメディアを使って全人類へ同時に訴え掛けることが可能だった。
演説内容については人々の感動を呼び起こせるものを栗原が作り、友好的な演出を由紀子が考えることにした。
安全面では会議が行われるホテルの芝生広場に宇宙船を着陸させ、その横で演説を行うことで何かあればはすぐ船内に退避出来るようにしておく。
計画の概要を全て話し終えると10時を過ぎていた。
「今日はここまでにして、登場の仕方や演説内容、緊急事態への対応については計画実行までの8日間でさらに詰めることにしましょう。演説の内容は、ここで話し合ったことを基に僕が原稿を書きます」栗原が大臣に向かって言った後、
「3人にはプレゼンテーションが得意な由紀子の指導の下、演説の中での仕草や話しの内容に合わせた表情が作れるように練習してもらいますが、よろしいですか?」シニア、スリム、ジュニアを順番に見ながら告げると、
「僕、明日から頑張るよ!」すぐにジュニアが反応し、由紀子を見て嬉しそうに言った。
続いてシニアとスリムも、
「わたしも頑張ります」
「わたくしも頑張ります」と笑顔で答えた。
次の日から栗原が演説の原稿を書き、売店の仕事を終えて帰宅した由紀子が夕方からやってくる3人に演技を指導した。
毎日、夜遅くまで細かい部分に及ぶ演技指導が続いたがシニア、スリム、ジュニアの3人は由紀子に言われるまま様々な表情を作り、演説の内容に気持ちを込められるよう懸命に練習した。
7日目の夕方、3人が最終練習のためにやってくると、由紀子はガーベラのアートフラワーを取り出した。
それは昨夜、由紀子が寝ずに手作りしたもので、演説を平和的に見せるためにと悩んだ末のアイデアだった。
それぞれの胸にガーベラを貼り付けながら、
「シニアはジュシス人も同じ人間だと地球人に解ってもらえるように話してね!」と声を掛け、
「スリムは冷静で知的なジュシス人として人々に訴えかけてね!」とスリムを励ます。
最後に日々の練習のせいか少し疲れ気味のジュニアを見て、
「ジュニアは純粋な心のジュシス人を見てもらうのよ。あと少しだから頑張ってね!」由紀子が頭を撫でると
「僕、由紀子さんの為に頑張るよ!」ジュニアは笑顔を見せた。
全員の胸にガーベラを付け終わるとウエットスーツのような黒い服の上でオレンジ色が鮮やかに映え、由紀子の狙い通りとても平和的に見えた。
皆をそこに並ばせて
「みんな華やかになって見違えたわ! とてもいいわよ!」と感動する由紀子の余りの喜びように3人は立ったまま照れ臭そうにする。
それを横で見ていた栗原は3人の微妙な表情と立ち姿に、今日までどれだけ真剣に取り組んできたのかが良く解った。
「3人共、明日から頑張ってね! きっと上手くいくわ!」最終確認を終えた由紀子が励ますように言って、「ジュニアちゃん、くれぐれも気を付けてね!」とジュニアの頭を再び撫でる。
由紀子の隣に並んだ栗原は
「今日までよく頑張ってくれました。成功するよう祈りながら山の広場でみんなが戻ってくるのを待っています」と言って1人ずつ固い握手をした。




