第32話
ジュシス人のルーツは地球人だったというその言葉の意味がわからずに、栗原と由紀子は顔を見合わせたまま言葉を失っていた。
それはつまり、目の前のジュシス人やシニア、スリム、ジュニアの3人もその祖先は地球人で、栗原と由紀子のルーツと同じだと言うことなのだ。
困惑して何も言えない2人には構わず、ジュシス人が再び話し出す。
「詳しく説明しますと、我々は3000年前に地球を脱出した一部の人類だったのです。その頃の地球には2種類の人類が存在しており、1万年程早く発生した先発人類が全体の20パーセントを、そして残りの80パーセントを後発人類と呼ばれるものが占めていました。論理的な思考を持つ先発人類は高度な文化や科学技術を発展させ、当時すでに現在の地球人以上の技術力を古典的な手法で獲得していました。地球上の現在も謎とされる都市や高度な建築物を築いたのはその先発人類です」
「一方の後発人類は肉体的に優れていた為、その運動能力を発展させて様々な地域へ生息域を広げていきました。ある時、地球上で伝染病が流行り出すと肉体的に脆弱な先発人類はその数を劇的に減らし始めます。後発人類も一時的に影響を受けますが病気のない寒冷地にいたものが生き残り、やがてその数を回復していきました。しかし、先発人類はその後さらに数を減らしていき、絶滅の危機を迎えると持っていた技術を使って地球を脱出する決断をします」
「どこか住める星を探してそこで生き残るしかないと、地球の動植物を伴って次々と地球から旅立っていった先発人類の一部が我々の祖先だったようです。その先発人類は幸運な事に地球環境の移植が可能な星を見つけ、そこでいつか病気が収束した地球へ戻ることを夢見ていたようです」感情を交えずに早口で一気に話した。
「なるほど。では、ジュシス人と地球人は血が繋がっているんですね」栗原が感激しながら言うと、
「いえ、地球に残った先発人類は絶滅してしまいました。ここに生きる人類は皆、後発人類の子孫でDNAも同じものを持っています」ジュシス人は全て分かっているのかそう言い切った後、「我々が言い伝えてきた『全てのものは地球に倣え、そして地球を保て』という言葉の意味は「我々が住む星を地球と同じ環境にせよ、そして故郷である地球の環境を守れ」と言う意味で、いつの日か故郷の星へ帰還することを夢見た先人達の願いであり、我々のルーツを示したものだったのです」とその続きを話した。
「何故あなたが住む星、つまりジュシスを地球と同じ環境する必要があったのですか?」疑問が湧いて栗原が訊ねると、
「ジュシスを地球と同じ環境にしておけば我々は再び数を増やすことが出来ますし、その環境にいればいつここへ戻っても生きていかれる筈です。ジュシスか地球のどちらかが大きく変わってしまったら、環境の変化に弱い我々は故郷へ帰還することが不可能になってしまいます。先人達の言い伝えはそれを防ぐ為のものだったのです」すぐにそう答えた。
「じゃあ、あの3人は地球へ戻ってくるのね!」由紀子が嬉しそうに訊くと、
「環境破壊を止め、浄化出来るなら戻れます。しかし、このままでは地球が50年も持ちませんので帰還を諦めるしかないでしょう」信じられない言葉がジュシス人から返ってくる。
2人はあまりのショックで何も言えずにいたが、
「すぐに環境破壊を止めたとしても、浄化した後でないと我々はここで生きられないのです。そして、浄化には1000年程掛かる予定です」ジュシス人は構わずに話し続け、「既に取り戻せないものも多く、それらを我々の星から1000年掛けて移植する予定です。どこまで回復させられるのかはわかりませんがとにかくやるしかないと思ってます」と早口で終えた。
栗原と由紀子は地球が1000年掛けても元に戻せないくらい酷い状況にあり、もしかしたら50年経たぬ内に終わってしまうかも知れないと言われてただ、唖然としていた。
「そんな…、状況になっていたとは…」そのショックの中、栗原が何とか言葉を絞り出すとジュシス人は再び話し始める。
「私は地球の環境保全とジュシス人の移住を担当する部署の代表で、ここの言葉なら『環境・移住大臣』のような立場にあります」ジュシス人はそう話すと、「私の部署のチームは長年に渡り、地球上の汚染物質を集めて無害化する作業を続けてきましたが、環境破壊はその努力を遥かに上回るスピードで進み今、さらに加速しています。もはや、我々の力だけではどうにもならない状況で、地球の人達の理解と協力が必要となりました。1000年後の移住についても話し合う必要があると考えていますが地球の統治方式は国ごとに違う為、どの機関とどう話すべきかわからないのです」事務的な口調で言った。
次から次へと重大なことを聞かされ、頭が混乱してしまった栗原は
「う~ん…、いきなりどこの機関とどう話すのが良いかと訊ねられても…」と口籠るばかりだった。
2人がそれ以上何も言えずにいると
「すぐにわからないのであれば、考えがまとまった頃にまた来ます」大臣はそう言い残してさっさと帰っていった。
栗原と由紀子は混乱した頭のまま、その背中を見送った。
その夜、大臣から聞いた話が頭から離れなかった栗原はベッドの中で眠れずにいた。
大臣の話の中で最も信じられないのは地球が50年持たないということだが、よく考えればそれこそが地球人の感情なのだと気付いた。
地球人より遥かに高度な科学技術を持つジュシス人の予測が間違っている筈はないのに、それを信じられないと思うのはそうなって欲しくないという気持ち、つまり感情があるからに違いなかった。
自分にとって都合の良いことだけを信じたい感情によって、時に論理を超越してしまうのが地球人だと、ようやく気付いたのだ。
そうやって何でも良い方向に解釈してきた為に地球の環境はどんどん悪くなり、その寿命を50年も続かないものにしてしまったのかも知れない。
ジュシス人のように論理的に考えられたなら、どんな小さな環境汚染も放っておけず、地球の温暖化など起きなかったに違いない。
地球に住まう人類全員がジュシス人を手本にして論理的発想を持ち、すべての事を感情抜きで見直さない限り、破滅へのカウントダウンを遅らせることすら不可能に思えた。
カウントダウンが『0』になる時を想像した栗原は地球が終わってしまうことより、故郷への帰還というジュシス人の夢を打ち砕くのが自分達であるということの方が悲しかった。




