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第31話

 全ての荷物が運び出されてガランとなった部屋で1人、由紀子は袋から取り出したリコーダーにそっと息を吹き込んでみる。


 とても()んだ音が鳴った。


 一緒に引き取った音楽の教科書を適当に開くと、おばあさんが坊や、つまりジュニアに教えたものとして夢日記に出てきた『夢で見た星』という曲の楽譜が歌詞と共にあった。

 偶然のように思えたが、よく見ると吹き方を教える為に何度も開いたのか、そのページにクセがついているようだった。


 音符を1つずつ追いながら吹いてみると、まさに通夜の日にジュニアが(かな)でていたあの曲だった。



【 夢で見た星 】


夢で見た星どんな星

宝石のように光る星

どこにあるのかわからない

とおくて知らないとこにある

あなたと私だけの奇麗な星


夢で見た星どんな星

緑豊かなやさしい星

行ってみたいとおもうけど

なかなか行けないとこにある

あなたと私だけの小さな星


 由紀子にとって『夢で見た星』のその歌詞は、おばあさんが日記の中で『その星の美しさは筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたい』と書いたジュシスのことを歌ったものに思えてならなかった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 由紀子が売店を引き継いでからあっという間に5ヶ月が過ぎ、次の春がやってきていた。


 今年から町営となったのを機に、1日ぐらいは自宅で休んだら良いと区長の高橋が気遣ってくれたが、由紀子はおばあさんと同じように日曜日の午前中も売店を開けることにしていた。


 ジュニア、シニア、スリムの3人が旅立った後、本格的に作品創りを始めていた栗原が空いた時間を見つけて手伝いに来てくれるので、由紀子は少しも大変だと思っていなかった。

 それよりも、売店にいることでおばあさんとジュニアの昔の思い出に常に()れていられる気がして心が安らいだのだ。

 3人が地球を旅立って以来、寂しさを感じない日はなかった由紀子にとって、売店だけが彼らを身近に感じられる唯一(ゆいいつ)の場所でもあった。



 時計の針が5時を()すといつものように軽トラが店の前にやってきて停車し、プッ!と短くクラクションを鳴らす。


 運転席から降りた栗原が

「お疲れー!」と声をかけながら店の入口にある冷蔵ケースからアイスクリームを1つ取り出して代金を置くと、それを手に取った由紀子は店の奥に行って手提(てさ)げ金庫に入れ、そのまま各所を廻って戸締りを始める。


 その一連の動作が店仕舞(みせじま)いのルーティンになっていて2人は毎日、まるで決められた役を演じるかのように振舞(ふるま)った。


 そうして戸締りを終える由紀子を待つ間、栗原は運転席でアイスクリームを食べるのだが、最近体重が気になりだしていた。

 少し控えようかとも考えたが甘いものが好きな栗原は売り上げに貢献(こうけん)できるという理由を付けて今も毎日食べている。


 助手席のドアを開けて由紀子が乗り込むと残りのアイスを口に投げ入れ、空袋を手渡して車を出す。


 自宅までの5分間、由紀子が帳面を見て翌朝一番にやることを確認するので何も話さないが、栗原は作業の疲れを(いや)す時間としてその静かな海沿いの道が好きだった。


 道路から敷地のスロープを上がった時、視線の先の藪で何か黒いものが動いた。


 由紀子が気付いてそちらを指差し、

「あっ! ジュニ…」そう言い掛けたがすぐにやめる。


 同じ所を見ていた栗原も藪の中で動いたのがウエットスーツを着た宇宙人だと思ったが、雰囲気があの3人とは違う。


 栗原が運転席から降りて観察すると宇宙人の表情は硬直(こうちょく)しているように見え、あの3人の誰でもないようだった。

 1分ほどそのまま様子を(うかが)ったが相手もただこちらをじっと見ていて何も進展がないので、勇気を出してゆっくりその藪に近づいていく。


 顔が良く見えるようになりその人がジュシス人だとハッキリわかった栗原は、そこから普通の速さで薮の前まで行くと立ち止まった。


 とりあえず、

「こんにちは」と言ってみるが思った通り、挨拶(あいさつ)は返ってこない。


「えーと、星の名前は長くて忘れてしまいましたが…、別の銀河の星で僕達がジュシスと呼ぶ星から来られたのですよね?」そう訊ねて見ると、

「はい、その通りです」と普通の返事が返って来た。


「3人は皆、元気に暮らしていますか?」と微笑みながら訊いたが

「はい、その3人からこちらにお住いの栗原さんへ相談するようにと言われて来ました」事務的な口調でそのジュシス人が答えた。


 久しぶりに聞く感情のない口調が不安をかきたて、

「どうぞ、こちらで話しましょう」3人のことが心配になった栗原は手の平でアトリエの入り口を示して先に歩き出した。


 歩きながら由紀子の姿を探すとまだ車の中から様子を見ているので、栗原はアトリエを指差してジュシス人とそこで話すことを知らせた。

 ジュシス人はすぐには後を追ってこなかったが栗原がアトリエに入って少し待つと入り口に現れ、不思議そうに内部を見回した後、ゆっくり近づいて来た。


「3人に何かあったんですか?」そこに立ったまま訊ねると、

「彼ら3人が我々の起源を解明しました。あなたがジュニアと名付けた者は古い言い伝えに関する謎も全て解き明かし、それによって古い歴史上の多くの謎も明らかになりました」感情を全く感じさせない口調でそのジュシス人が話した。


「ジュニアが、そしてシニアとスリムが(つい)(なぞ)を解いたのね!」いつの間にかアトリエの入り口に来ていた由紀子が嬉しそうに言った。


 栗原もそれを聞いて喜びたかったが、ジュシス人が言った相談という言葉が気になって、

「3人が全ての謎を解明したのは嬉しいですが…相談とは何ですか?」不安そうに訊ねると、

「多くの謎が解明されてわかったのは我々の祖先が地球人だということです」普通の口調でそう答えた。


「はあ?」栗原はジュシス人が何を言っているのか理解できず、思わずとぼけた声を出してしまう。


「えっ?」由紀子も同時に驚いて声を出していた。


「……………」


 しばしの沈黙の後、

「えーっと、…それって、どういうことです?」栗原が困ったように訊くと、

「ここで感情を学んだ3人が誰も理解出来なかった古い時代の書物や絵画、文化財に込められた意味を解き明かしたのです。彼らは感情という感覚を用いて未解明(みかいめい)だったものを1つ1つ丁寧(ていねい)紐解(ひもとい)いていきその後、全てを(つな)ぎ合わせることでようやく我々のルーツは地球人だと突き止めました」そのジュシス人は早口で答えた。



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