第3話
栗原は部屋の中が明るくなってくると次第に眠りから覚めた。
壁に掛けた時計へ寝ぼけた顔を向けると、短い針が5時を少し過ぎたところにある。
昨夜は満天の星空を眺めてとても心が落ち着いたせいで、何年か振りに朝まで1度も起きることなく熟睡出来たのだった。
深い眠りの心地よい余韻の中、起きてしまうのが勿体ない感じがしてスマートフォンに配信されるニュースをベッドの中で読んでいると山の方でトンビが鳴き始める。
その後、沢山の鳥が鳴き始めると栗原は決心したようにベッドから起き上がった。
寝室からは朝日を直接拝む事は出来ないが、窓越しの海を見ると水面が太陽に照らされてキラキラと輝いていた。
ベッドの中で見た予報は一日中晴天ということだったから、朝食を終えた栗原は敷地の裏手にあると不動産屋から聞いた、登山道へ続く小道を探してみることにする。
小道はこの家を借りる時に不動産屋が教えてくれたもので敷地の裏から登山道まで通じているらしく、ここに住んでいた陶芸家が山へ粘土を採りに行くのに使っていた道のようだった。
正式な登山道の入口はここから10分程の所にあってそこからも登れるが、庭の裏から続く道は途中から合流する形の近道なので栗原も粘土を探しに行くのに利用したかったのだ。
粘土が採れる場所は誰も知らないので山の中をあちこち探さねばならなかったが、栗原にはそれも宝探しのように思えて楽しみだった。
玄関を出た栗原は小道があると聞いた庭の裏手を見て回るが、辺りはすっかり藪に埋もれてしまい、どこがその始まりなのか全くわからない。
藪の向こうに見える林の様子から小道があったと思われる場所の見当を付け、手にした鎌で雑草を刈っていくとやがて、人為的に砂利が敷かれた地面を見つけた。
その先の草を刈ってみると、同じように砂利敷きの地面が続いている。
雑草を刈るのが面倒になって、そこからは砂利を確認しながら草を踏み倒して進み、30メートル程行くと杉林に到達した。
林の中は低い下生えが茂っているだけだが、どこにも道のようなものは見当たらない。
どうすれば良いのか考えながらしばらくの間、ボーッと林を眺めているとやがて、曲がりくねった小道の痕跡のようなものがうっすらと浮かび上がって見えた。
早速、その道の跡に見える部分の下生えを刈ってみるとそこにも同じように砂利が敷かれている。
その砂利を辿りながらさらに100メートル行くと、緩やかだった坂道が急に勾配を増して少し幅の広い道と合流した。
そこに立てられた木の標識に、左は「西登山道入口」、右は「天地山山頂(標高350メートル)」との文字が書かれ、それが登山道だとわかった。
小道の全容が判った栗原は自宅へ戻ってデイパックを背負うと、登山道を山頂に向かって登り始める。
山と言っても標高は350メートルしかなく、50分程で尖った形の頂上が見えてきた。
粘土が採れそうな場所を探しながら歩いていた栗原はふと、左側の高さが3メートル程の茂みに、奥まで続いている獣道の痕跡を見つけた。
殆ど茂みに覆われているがよく見るとその道にも砂利のような小石が敷かれている。
獣道にしては少し幅が広いように見えるその砂利道が敷地の裏の小道と似ているように感じた栗原は、これも陶芸家が造った道でここが秘密にしていた粘土の採取場所だという想像を頭の中で膨らませた。
茂みの入口辺りを持ってきた鎌で刈ってみると、その先もずっと砂利が続いているのがわかり、自分の想像は間違っていなかったと思えてくる。
そうなると、栗原にはもうそこが粘土の採れる場所で陶芸家が秘密にしていた大切な場所だとしか思えなくなり、茂みの先が一体どうなっているのか見たくなった。
その茂みを無我夢中で刈りながら10メートル程進むと突然、視界が開けて広場のような場所に出た。
驚いて見回すとそこは芝生のような低い雑草が生えている100メートル四方のサッカーグラウンドのような広場で、勾配のある頂上付近の景色としては不自然に見えた。
そんな場所を切り崩して平らにしたからか、頂上側は土がむき出しの急斜面で崖のようになっている。
「この崖で粘土が採れたのかも知れない…」栗原はそう呟くと斜面に向かう。
50メートル以上続く崖の斜面に沿って歩いていると、掘られたように見える窪みを見つけ、生えている雑草を丁寧に取り除くと黒土に混じって白っぽい土が顔を出していた。
持っていたシャベルでその部分を掘ってみると、粒子が細かく少しねっとりした感触の粘土が出てくる。
その粘土を手にした栗原はその広場を見回しながら、
「昔はここに陶芸品の工場があって島の名産品は焼き物だった…」そう呟くと根拠の無い空想を膨らませ始めた。
茅葺屋根の作業小屋や大きな焼き窯がある景色を頭の中に描き、あちこちに積まれた粘土のまわりで働く作務衣姿の職人たちを重ね合わせると、江戸時代の陶器工場が完成した。
そんな空想でしばらく遊んだ後、粘土を10キロ程採取してビニール袋に入れると背負っていたデイパックの中にしまい獣道へ向かう。
広場を後にする前に栗原はもう一度その場所を見渡してみるが、使われている様子のない平らな土地はやはり不自然に思えた。
目当てのものを見つけることが出来たお陰で心が軽くなり、粘土を入れたディパックがさほど重く感じなかった栗原は茂みから出るとそこからの急勾配をもろともせず、頂上を目指して登り始める。
そこからは登山道がらせん状になっていたので思ったより時間が掛かったが30分程で山頂に着いた。
50平方メートル程の広さがある山頂には大きい板のような岩が1つあるだけで360度見渡せ、どこに人が住んでいて道路がどう走っているのか土地勘のない栗原にも良く理解出来た。
青く晴れ渡る空の下、そこから見える島の様子を観察していると頬を心地よい風が撫でていく。
頂上までの急勾配を登ったせいでかなり疲れていた栗原は背中のデイパックを下ろすと大きな岩の平らな部分で大の字になって寝転んだ。
白い雲と青い空だけになった視界の中をトンビが3羽旋回していたが眩しさから目を瞑るとやがて眠ってしまった。