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第28話

 風が向きを変えるのに合わせて、聞こえたり波の音にかき消されたりしているが、リコーダーは曲を(かな)でているようだった。


 2人は時々届くその(かす)かな音を(のが)さぬよう、足音を立てずにゆっくり歩き出す。


 栗原と由紀子は静かに()を進めながら、笛を教わったカラス天狗がおばあさんを(しの)び、どこかで鎮魂(ちんこん)の曲を(かな)でている、という全く同じ想像を頭の中で(めぐ)らせていた。

 リコーダーを吹いているカラス天狗がジュシスから来た宇宙人なら、何故おばあさんを偲ぶような感情を持っているのか、それとも別の星から来た人なのか、2人はそれを確認せずにはいられない思いも同じで音に導かれるまま歩き続けた。


 リコーダーの音が潮騒(しおさい)にかき消されずに続いて聞こえるようになった頃、すでに自宅の横を通り過ぎて登山道を上り始めていたが、薄い雲で(おお)われた空に満月が昇って夕方のように明るい。

 

 由紀子は少し不安そうだがシニア、スリム、ジュニアの3人はUFOが着陸する広場から来ていると知っていた栗原には薄暗い登山道が友達の家に続く道のように思えて怖くはなかった。

 リコーダーの音は広場に近づくにつれて大きくなり、曲を奏でているのは宇宙人だと確信したが以前、刈り取って作った道はすっかり藪に埋もれてしまい、それ以上進めなくなってしまった。


 向こう側が見えそうな場所を探して見回すと、水平に太い枝を張る大きな松を見つけ、すぐに靴を脱いで斜めの幹を登り始める。

 枝の上に立つと思った通り藪の向こうの広場が見渡せ、そこに小さな黒い影があった。

 月明(つきあかり)りに照らされたその影をよく見ると下を向いてリコーダーを吹いているのか、とても悲しそうに見える。


 (うつむ)きながら曲を奏でる姿はまるで神聖(しんせい)な儀式のようで、自分が覗けば(けが)してしまうと感じた栗原は木から降りようとしたが、由紀子が登ってくるのを見て(あきら)める。


 その手を取って引き上げ、裸足(はだし)の脚で同じ枝に立つのを手伝うと、

「ジュニア…」由紀子は影を見てすぐにそう呟き、悲しそうな顔になって黙った。


 それを聞いた栗原が再びその影を見てみると、確かにそのシルエットには見覚えがある。


「ジュニア…。おばあさんが笛を教えたのは、君だったのか…」小さく呟くがその言葉は由紀子の耳には入らず、

「泣いている…。ジュニアが涙を流しているわ…」そう言うと急いで木から降り始めた。


 栗原はこんな暗い中でどうしてわかるんだと思ったが、地面に下りた由紀子は藪へ走り寄ると迷わずそこへ分け入った。


 何をするつもりか判らない栗原はそこで見守るしかなかったが、ガサガサと必死で藪を()き分ける音が止むと同時に、

「ジュニアちゃん!」広場へ走り出た由紀子がそう叫びながら影に駆け寄るのが見えた。


 由紀子を追いかけて後から藪に入った栗原が広場へ出ると、目の前にシニアとスリムが立っている。


 藪から出てきた栗原を見て、

「ジュニアは完全に感情が開花したようです。島のモニタリングシステムで田口さんが亡くなったのを知ると涙を流し始め、夜になってあの笛を吹き出したんです…」シニアが神妙(しんみょう)な口調で話し、

「ジュニアの涙とあの笛の()によってわたくしたち2人も感情を大きく揺さぶられ、悲しみを理解できるようになりました」スリムが本当に悲しそうな表情で続けた。


 ジュニアと抱き合う由紀子の影を見詰めて何も言わない栗原に

「残念ですが…ジュシスへの帰還(きかん)は思ったより早くなりそうです。涙を流せる程に感情が芽生(めば)えたジュニアなら歴史の謎も解けるでしょう…」シニアがそう言い、「ジュニア程ではありませんが、わたしとスリムもまだ地球にいたいと…、いえ、栗原さん達と一緒にいたいと思うようになり、帰還が辛くなりました」と複雑な表情を見せた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 次の日、おばあさんの家でもある船着き場の売店で葬式(そうしき)が行われた。


 (ひつぎ)が閉じられる時、由紀子はおばあさんのその胸に一輪のガーベラをそっと置く。

 そのオレンジ色の花は昨夜、山の広場で(たく)されたものでジュニアがそこに咲いているのを一輪だけ()んだものだった。


「売店の事は心配しないで、ちゃんと私が続けますから…」顔を見て小さく呟いた後、手を合わせて祈った。


 笛を教わったのがジュニアだと判ると由紀子とっておばあさんはもう他人ではなくなり、店を継ぐことも自然だと思えていた。


 ヨシ坊が運転する霊柩車がフェリーに乗るのを船着き場で見送った後、2人で自宅に戻ると、

「3人が来るのはいつも夕方だから4時ぐらいまでしか売店を開けられないけど、誰もやる人がいないなら仕方ないわね」由紀子が喪服を着替えながら話すが、気掛(きが)かりな事が頭をよぎった栗原は

「そうだね…」と短い返事をしただけだった。


 栗原はいつか3人が感情を理解出来るようになりジュシスへ帰ってしまったら、由紀子はこの島ですることがなくなってしまうと以前から心配していた。

 売店を引き継いだことでその心配は無くなったが昨日、シニアが話した通りジュシスへの帰還(きかん)が早まればジュニアとの別れがすぐにやって来るかも知れず、そのことがとても気掛かりだった。


「宅配便と郵便は朝一番のフェリーでやって来て、配達を終えたら昼の船で帰っちゃうのよね。売店は不在だった人の分を預かるのと島の人から要望される物を仕入れて売るのが主な仕事で、それ以外は高速船の手配くらいね!」葬儀の後に横井夫妻から告げられた売店の役割みたいなものを確認しながら(ひと)(ごと)のように話し、「ねえ、聞いてるの?」由紀子はあまりに短かった栗原の返事に不満そうにする。


 そう言われた栗原は

「重要な事を午前中に済ませるようにすれば、4時に閉めたって何も問題はないと思うよ」今度はきちんと答えて由紀子を安心させた。


 その日の夕方、2人が食事を終えた頃に3人がやって来た。

「こんばんはー!」そう言って皆より先に縁側から上がったジュニアは由紀子を探してすぐに走り寄り、抱き付くようにしてその顔を腕の中に埋める。


 シニアとスリムも「こんばんは」と言って上がり込んだが、栗原にはその口調と表情が前回会った時のものと明らかに違って見え、皆の感情が開花したことを実感した。



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