第27話
「え、おばあさんが? どうして具合が悪くなったんですか?」話を聞いた由紀子が急いで出てきた。
「何が悪いのかわからんけど…もう歳だからね。家族が誰もおらんから、島のもんで面倒を見てやらにゃいかんのです」頭に手をやり、困った顔で答えた。
「何か僕達に出来ることがあったら言ってください」高橋が困っているのを見てそう言うと、
「退院するまでの間、ばあさんの代わりに売店をやってもらえんかね? 誰もやれる人がおらんから困っとるんです。80歳じゃ、すぐ退院ってわけにゃいかんだろうしね」2人の顔を交互に見ながら話し、「前にも一度入院したことがあるんだけど、店のことばかり気にして養生もそこそこで帰ってきちゃたもんだから。代わりの人がいりゃあ、少しは治療に専念するんじゃないかと思ってね」と高橋は申し訳なさそうに言った。
突然、店をやってくれないかと訊かれて答えに迷っていると、
「すぐじゃなくてもいいから、考えといてくれんかね」そう言い残して帰っていった。
栗原と由紀子はおばあさんから聞いたカラス天狗の話を思い出し、
「あのおばあさん…」
「あのおばあさん…」と2人同時に話出す。
「え、何?」
由紀子がそう言って促すと、
「おばあさん、カラス天狗に会ったことがあるらしいんだ…」栗原が意味ありげな表情で告げた。
「辰則にも話していたの?」由紀子は少し驚いたようにして、「私には笛の吹き方を教えたって言ってたけど、そのカラス天狗って…あの3人と同じ宇宙人かしら?」そう言って栗原の反応を待つ。
「前にも話したけど僕はそう信じてるし、ずっと昔からジュシスの人が来ていたんだと思っているよ。彼らは地球の環境を守る為に来ていたんだから、島の人達が『守り神』と呼ぶのも間違じゃないしね」由紀子を見てそう言い、「数十年前に今の僕たちと同じことを経験しているなんて、他人とは思えないな…」栗原は不思議そうにする。
「そうね。お店の事、考えてあげないといけないわね…」由紀子は売店がある船着き場の方に顔を向けて呟いた。
アトリエに戻った栗原が粘土の花を小さな板の上に移し、シニアとスリムが創ったものと一緒に乾燥用の棚に置くと、
「乾燥させたら丁寧に焼いて、みんなとの大切な思い出としましょ。私達の大事な宝物になるわね…」由紀子が3人の作品を見詰めながら言った。
栗原にはそう言って寂しそうにする由紀子が、宇宙人の『ジュニア』と自分が宿した『辰則ジュニア』を重ね合わせているように見えた。
そして、心を通わせるようになればなるほど別れが近づくと知りながら懸命に感情を教えようとする由紀子がいじらしく、ジュニアと名付けたことを後悔せずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2日後、栗原は空になりそうなタンクへガソリンを入れる為、朝一番でヨシ坊のスタンドに向かった。
給油ポンプの前に軽トラを停めたが、誰も出てこないのでレジがある店舗を覗きにいくと、ヨシ坊が黒服を着てネクタイと格闘している所だった。
「おはようございます」栗原が鏡に映る姿へ声を掛けると、
「あぁ~~、良かった~!」ヨシ坊は安堵した表情で振り返り、「栗原さん、ネクタイどう締めたらよいか教えてください…」と助けを求めてくる。
ヨシ坊の首にネクタイを巻き終えて、結び目を整えながら、
「珍しいですね、ネクタイとは…。これからどこかへお出かけですか?」訊ねてみると、
「田口のおばあさん…昨日の夜に病院で亡くなったんっす」悲しそうな顔で言い、「後で区長さんから詳しい連絡が行くと思いますよ。僕はこれから霊柩車を借り、おばあさんの亡骸を引き取りに行くんっす」静かに話した。
「え、そんな…」と、言葉を失って立ち尽くす栗原に
「ガソリン、っすよね?」と喪服の上着を羽織りながら給油しようとするので、
「いや、それよりおばあさんの方を…」そう言って手の平で制すると、ヨシ坊は自分の軽トラックに乗って出掛けていった。
ガソリンを入れずに自宅に戻ると、敷地の真ん中に高橋の軽トラックが停まっているのが目に入った。
その横に立って何か話していた由紀子が栗原に気付き、泣きそうな顔で近づいてくる。
「今、スタンドでヨシ坊さんから聞いたところだよ。急いで帰ってきたんだ」栗原は由紀子が何か言う前に告げ、高橋の軽トラックに手を上げる。
車から降りて高橋の所まで行くと、
「今、奥さんにも話したんだけど、今夜が通夜で明日葬式だからよろしくお願いします」そう言って小さく頭を下げ、すぐにどこかへ向けて車を発進させた。
葬儀会場は売店でもあるおばあさんの家だと聞いていたので、手伝いが必要かもしれないと思った栗原は夕方になると軽トラで様子を見に行く。
「こんにちは。何か手伝いましょうか?」横井夫妻が片づけているところへ声を掛けると、
「そろそろヨシ坊が戻ってくるから、そっちをお願いします。高橋さんも桟橋で船が着くのを待っている筈ですので…」武史が少しかしこまって答えた。
車を売店の脇へ停め、歩いて桟橋まで行くと高橋が海の方をみてタバコを吸っている。
ちょうどフェリーが近づいているところで、やがて接岸するとヨシ坊が運転する霊柩車を先頭に5台の車が降りてきた。
「ご苦労さんです!」
高橋が霊柩車にお辞儀をするので横にいた栗原も頭を下げたが、ヨシ坊は神妙な顔で前を向いたままゆっくり車を進め、売店の前で停まった。
その霊柩車を高橋と小走りで売店まで追いかけ、そこからは武史にも手伝って貰ってヨシ坊と4人で棺を家の中へ運び込む。
暗くなってから行われた通夜の参列者は横井夫妻、区長の高橋とヨシ坊だけで栗原達を入れても6人しかいなかった。
しかし、弔問に訪れた人は多く互いに顔見知りだった為、夜遅くまでおばあさんの思い出話で盛り上がって寂しい感じはなかった。
今朝、スタンドで給油しなかった為に軽トラはガソリンの残りが僅かしかなく、歩いてやって来た栗原と由紀子は通夜の帰り道、潮騒に混じって微かなリコーダーの音を耳にした。
おばあさんがカラス天狗に笛を教えたと数日前に話したばかりだったから、驚いた2人は顔を見合わせた。
「聞こえた?」由紀子が左手を耳に当てながら訊く。
「うん。微かに、だけどね…」栗原は囁くように答え、「車に乗っていたら、きっと気が付かなかった…」山の広場の方を向いて言った。
「もしかして、…あのカラス天狗? おばあさんが笛を教えた…」由紀子が呟くように言う。
「だとすれば、きっと宇宙人だ…。まだ、地球にいるのか…」栗原がそう言った時、微かなリコーダーの音が風に乗って再び2人の耳に届いた。




