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第24話

 その日の夜、夕食を終えた由紀子は引っ越し用の段ボールに入れっぱなしだった小説を片っ端からから取り出してページを開き、遅くまで本の中に何かを探していた。


 自分の部屋で寝ずに作業しているのに気付いた栗原が声を掛けると、

「3人のキャラに合った話し方を小説の中で探していたの。やっと見つけたわ!」そう言って1冊の本を見せた。


 それは、父親に先立(さきだ)たれ、母親とも生き別れになってしまった14歳の少年が自分を育ててくれる叔母(おば)さんと2人、担任の男性教師に助けられながら社会の荒波(あらなみ)を生きていく話で、大人になった少年が不治(ふじ)(やまい)(かか)っていた母を捜し出し、海が見える家で最期(さいご)看取(みと)るという悲哀(ひあい)に満ちた物語だった。


 立ったまま数ページ呼んだだけで少年はジュニアに、叔母さんはスリム、そして男性教師はシニアへと3人の登場人物が勝手に頭の中で置き換わってしまう程、キャラのイメージは合っていた。


「よくこの本を見つけたね。彼らのイメージそのものだよ!」栗原が感激しながら告げると、

「高校生の時に読んだきりで話の内容は(おぼろ)げだったけど、キャラのイメージが記憶に残っていたの」由紀子は嬉しそうにしながらも、「彼らを私の勝手なイメージに当てはめて申し訳ないけど、愛情の勉強に必要なんだから仕方ないわよね?」と少し心配そうに言った。


 その本のキャラがとても気に入った栗原は

「ちゃんと説明すれば彼らも理解してくれるだろう。 嫌だと言ったら止めればイイさ!」そう言って由紀子を安心させた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 次の日の夕方、いつものように縁側へやって来た3人は

「こんばんは」と声を揃えた後、

「おじゃまします」と教えた通りにひとりずつ順番に言って上がり込んだが、前からそうだったように聞こえた2人は驚いて顔を見合わせた。


 家に上がったジュニアがいつものように小走りで由紀子の元へ行き、笑顔を作ると、

「本当に上手(じょうず)になったわねー」と感心してジュニアを()める。


 由紀子はそのままジュニアの手を引いてソファまで行くとシニアとスリムも呼び寄せてそこに座らせ、1冊の本を取り出して見せた。


「この本に出てくる人の話し方をそれぞれに割り当てたいの。あなた達3人のイメージに一番ふさわしいものを探し出したつもりよ」皆の反応を伺いながら話し、「気持ちを表現するのには話し方も大事だし、話し方の違いを理解すれば色々な感情もわかるようになると思うの。嫌ならやるつもりはないけど、みんなどう思う?」とそれぞれの意志を確認していく。


「由紀子さんが良いを思うものなら私は嫌ではないです」すぐにスリムが反応して言った。


 その言葉で少し自信が持てた由紀子が

「笑顔も挨拶も自然に出来るようになりその上、話し方の違和感も無くなれば私達がもっと自然な愛情をあげられるようになる筈よ」3人を見て言うと、

「感情の理解が深まるならやるべきだと考えます」とシニアが言った後、

「愛情を貰う為にやります」ジュニアがそう答えて笑顔を作った。


「じゃあ、決まりね!」由紀子は嬉しそうに言うとシニアには先生、スリムには叔母さん、そしてジュニアには少年の台詞(せりふ)が書かれた部分を本の中で(しめ)した。


 スリムがその本を持ってソファから立ち上がり、

「早くその口調で話せるよう、3人で勉強します」と感情のない口調で事務的に言い、

「では、これで失礼します」昨日教えた通り、小さく頭を下げた。


「失礼します」シニアも教えた通りにそう言ったがジュニアは

「さようなら」と2人とは違う事を言い、由紀子に手を振りながら帰っていった。


 そのジュニアに手を振りながら、

「ジュニアには感情のような感覚が特に強く残っている、ってシニアが言った通りね…」と由紀子が呟く。


 栗原も同じこと感じながら

「ジュニアは明らかに君との別れを惜しんでいるよ。少年の口調で話すのが楽しみだ」とジュニアが消えた藪を見詰めて言った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 次の日、夕方になると宇宙人達がやって来た。


 縁側で庭を(なが)めていた由紀子は庭の裏手に現われた宇宙人達を見て、

「さあ、今日も勉強を始めるわよ!」と元気よく告げるとソファに腰掛け、「少しは話し方も勉強したかしら?」隣の栗原に話し掛ける。


 スマートフォンでニュースを読んでいた栗原は

「挨拶と違ってかなり難しいけど由紀子先生が毎日教えるんだから、きっとすぐに身に付けてしまうよ」と冗談(じょうだん)を言って笑った。


 縁側までやって来た3人は昨日のように声を揃えて挨拶をせず、

「こんばんは。お邪魔します」と1人ずつ順番に小さくお辞儀をしながら家に上がった。


 栗原と由紀子を(おどろ)かせるのに、それだけで充分だった。

たったの二言(ふたこと)ではあったが声が変わったと感じる程、それぞれの話し方には個性があって一晩で覚えたとは思えない位、自然な調子だった。


 2人はそのあまりの驚きで言葉を失い、並んで縁側に立つ3人をただ見ていた。


「どうでしょう、わたしの話し方は小説に出てくる男性教師の口調になっていますか?」


 まさに先生の雰囲気を漂わせてシニアが話し出すと、

「わたくしは叔母さんのように話しているつもりです。いかがでしょう?」それに続いてスリムが静かな声で告げた。


 少しの間を置いて、

「ぼくは男の子だよ! どお?」とジュニアが少しやんちゃな口調を最後に披露(ひろう)した。


 3人は容姿こそ違えど、声や話し方はまさに小説の中にいた登場人物で、隣の由紀子はそのあまりの変貌(へんぼう)に目を(うる)ませて何も言えずにいる。


「…たった一晩でここまで出来るようになるなんて、信じられない…」栗原がようやく口を開き、「みんなよく頑張りましたね。それぞれの話し方は完璧で全く不自然なところがない…」と皆を()めると突然、ジュニアが由紀子の元へ走り寄り、一輪のガーベラを差し出した。


「これ、あげる!」と腕を伸ばしながら男の子の口調で言い、涙を()めた由紀子の目をじっと見詰める。


 由紀子は言葉を失ったまま目の前に差し出されたオレンジ色の花をただ見詰めていたが、大粒の涙を一つこぼすと、

「ジュニアちゃん!!」叫ぶように言ってジュニアを抱き寄せた。


 栗原にはその一輪のガーベラがジュニアの心に花開(はなひら)いた愛情のように思え、小さな男の子が事故で失っていた感情を取り戻した瞬間のように見えた。

 これまで一度も出来たことがなかったシニアとスリムの笑顔に驚きながら、

「どうすれば、たったの一晩(ひとばん)でこんなに完璧な話し方を会得出来るんですか? それに笑顔まで作れるようになっているし…」栗原が訊ねると、

「最初はあらゆるドラマや映画の中で小説の台詞(せりふ)に近いものを探し、それらを何度も()ることで覚えようと考えました。しかし、数回繰り返して観ただけで身体の何処(どこ)かに知らない感覚が芽生え、小説の中の話し方を一瞬にして理解したのです」シニアが先生の口調で説明した。


「わたくしには出来そうにない笑顔が…、話し方を理解したらちゃんと作れるようになっていたのです」スリムが静かに(つぶや)く。


「2人にも、ジュニアと同じように感情が芽生(めば)え始めているのよ。そうじゃなきゃ、これほど自然な口調になる筈がないわ」由紀子は感動の涙を拭きながら(はげ)ますように言った。



 全員に感情が芽生えた事を知って嬉しくなった由紀子はそれぞれの個性がもっと出せるようにと笑顔以外の表情を色々教えていったが、地球人より表情筋(ひょうじょうきん)(とぼ)しいのかすぐには出来ず、笑顔と同様に練習が必要のようだった。

 しかし、彼らが感情を学ぶ目的はあくまで病気の原因究明や古い歴史や起源についての謎を解き明かす為だから個性を出すことが出来なくても良いと栗原は思った。



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