第20話
次の日、由紀子が朝一番で自分が勤める設計事務所へテレビ電話を繋ぎ、1ヶ月の休暇を願い出るとその場であっさり受理された。
1分程で電話を終えた由紀子は小さなため息をついて、
「…杓子定規で融通の利かない私みたいな人間は、もう時代遅れなのね…」と力なく呟いて下を向いた。
事の成り行きを横で見ていた栗原はそれを聞いて、
「そうじゃない、君を必要とする人がずっと同じゃないというだけさ。今、由紀子を求めている人が必ず何処かにいる筈で、これからその人を探せばイイだけなんだ」と励ましたが由紀子は下を向いたまま何も言わなかった。
昼食の時間になっても部屋に籠ったきり出てくる気配のない由紀子を心配し、様子を見に行こうと通り掛かった縁側で栗原は外に並んで立っている宇宙人に気付いた。
すぐに窓を開けると、
「由紀子さんは何か勉強の方法を考え付きましたか」シニアがいつものように挨拶をせずに訊きたいことだけを告げた。
「今日は少し落ち込んでいるから、まだ考えていないと思いますが…」栗原がそう答えると、
「落ち込んでいるとはどういう状態ですか」わからない感じでシニアが返す。
「えっと、その感情をどう説明すればイイかな…。仕事でトラブルがあって…その解決方法で悩んでいる…、と言えばわかりますか?」栗原が言葉に詰まりながら説明するその声を聞いて、由紀子がリビングにやってきた。
縁側にいる3人を見て、
「あら、こんにちは! 今日もみんなで来てくれたのね!」とその表情を明るくしながら言った。
由紀子の姿を見て、昨日のように目をパチパチし始めたジュニアがすぐに縁側から上がって小走りで向かうが、それを受け止めるように広げた両腕の前まで行くと立ち止まる。
「…遠慮しなくてイイのよ」黙ったまま見詰めるジュニアの頭を由紀子は優しく撫でた。
シニアとスリムも縁側から上がると昨日と同じ場所に座って、
「問題の解決方法なら私も一緒に考えます」スリムが由紀子の方を向いて口を開いた。
「えっ、問題って…?」由紀子は何のことかわからずにいるが、
「仕事の事で悩んでいると今、話したところなんだ」栗原が事情を説明すると、
「ありがとう!! 一緒に考えてくれるなんて嬉しいわ!」スリムを見て礼を言い、すぐに仕事で起きた問題について詳しく話し出した。
話を聞き終えたスリムが
「我々の星では合理性が優先されているのでやりたいことを仕事にすることはなく、誰かが要望することを仕事として行います。こことは大分違いますがそれを地球の社会システムに置き換えると、由紀子さんは望まれる仕事をすることで最も社会に貢献したことになります。話を聞いた限りでは必要とされない場所で無駄にエネルギーを使っているだけ、つまり社会の損失でしかありません。今は自分が望まれる仕事を探すべきで、そのためにエネルギーを使う方が人や社会にとって遥かに有意義だという結論になります」と一気に話した。
前置きみたいなものが何も無くていきなり確信から話し出すのですぐに理解するのは難しかったが、それが合理性を優先する彼らが導き出した結論のようだった。
由紀子はスリムの話しを思い返しているようだったが突然、目が覚めたようになって、
「いま何をすべきなのか、ようやくハッキリしたわ!!」そう言うと、「感情の勉強方法も、先ず何を教えたらイイのか分かった!」満面の笑みで告げた後、ソファに座る3人を見て「さあ、勉強をはじめますよ!」と声を掛ける。
栗原は一体何が始まるのか興味津々で、そのまま皆の勉強を見せてもらうことにした。
由紀子は目の前に座る3人の顔を順番に見ながら、
「笑顔になれば気分も変わると地球人はよく言うけど、もし気分が感情の一種なら、その笑顔が感情を動かすと考えてもイイわ。そしてその笑顔は、本人の気分を変えるだけでなく、周りの人まで楽しくさせてしまう力があるのよ。だから、その不思議な力を利用して身体に残る感覚を刺激すれば、完全な感情を呼び覚ませるわ。やってみる価値があると思わない?」自分が考えた勉強の方法を説明する。
「感情がそういうものであるなら、可能性はあるでしょう」スリムが応えると、
「なるほど、感情を持たない私達には考え付かない良いアイデアだと思います」シニアが言い、
「皆、由紀子さんの考えた勉強をすることに賛成です」と最後にジュニアがまとめた。
それを聞いた由紀子は
「じゃあ、先ずは笑い方の練習をしましょう。 みんな、私と同じ顔をしてみて!」そう言うと笑顔を作った。
すると宇宙人達は皆、互いの顔と由紀子の顔を交互に見比べ始める。
顔を左右に動かしながら瞬きする3人を見て、栗原は一体何がしたいのかと思ったがしばらく見ているうちに由紀子と同じ表情を作ろうとしているのだとわかってきた。
もともと感情を伝える必要がない彼らにとって会話は言葉を届ける手段に過ぎないのか、何か話す時も殆ど口は開かず表情も一切変わらない。
3倍速で会話する時などは動いているのかわからない位しか口を開けないので大きく顔の筋肉を使うこと出来ないらしく、笑顔を作れずにいたようだ。
瞬きするだけで一向に表情が変わらない3人に焦れったくなってきた由紀子は
「こうして、口の端を上げて…、目も細く…は、出来ないかしら?」自分の口の両端に人差し指を当て、押し上げるようにしながら目を細める。
3人が指で口の端を上げると、
「あ、そうそう。いいわね、そんな感じよ…」とジュニアの手を取ってさらに押し上げ、「目はもう少し細くならない?」今度は一向に細くならない目を見て言う。
その光景がお笑い芸の練習にしか見えず、栗原が笑みを浮かべていると、
「もおー。笑って見てないで、手伝ってよ!」と由紀子が頬を膨らますので、シニアとスリムに目の細め方をやって見せた。
栗原も加わり、5人でしばらく夢中になっていたが、
「あ、上手。もう少しよ!」とジュニアを指導していた由紀子が思わず大きな声を出した後、「ジュニアは上手ね。早く出来るようになってシニアとスリムに教えてあげてね」と嬉しそうにする。
それ以降、ジュニアに掛かりきりになった由紀子に代わって栗原が他の2人に笑顔の作り方を教えた。
その由紀子と何かで通じ合っているように見えるジュニアが時々、3倍速の早口で何か口走るので、小さな子供が指で顔を歪ませながらキャッキャと喜んでいるように見え、その光景がとても平和に見えた。
一方のシニアとスリムはジュニアと対照的で笑うというより困っているようにしか見えず、疲れてきたのか口の両端に指を添えたまま下を向いてしまう。
それはまるで、笑顔が上手な優等生を見て劣等生が落ち込んでしまったようだった。
栗原はそんなシニアとスリムがとても不憫に思え、
「皆も疲れただろうから、そろそろ終わりにしたら?」と辛い練習から一旦解放してあげることにしたが
「ダメよ、『終了』なんて口にすると、みんなすぐに帰っちゃうじゃない。今日は私が訊きたい事に答えたら終わりにするわね!」由紀子はそう言って立っているジュニアをソファに座らせ、向かいに腰を下ろした。




