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第19話

 自分の予想より早い登場に栗原は少し慌てたが、気を取り直して由紀子を紹介することにした。


 3人へ向き直り、

「妻の由紀子です」皆を見て言った後、今度は由紀子へ振り返って、

「こちらがシニアさんで、ジュニアさんとスリムさん」自分が付けたニックネームで宇宙人達を紹介する。


 由紀子はゆっくり縁側まで来ると皆と目線の高さを合わせるように正座し、

「由紀子です。はじめまして」と小さく頭を下げた。


 由紀子が3人に近づくとシニアとスリムは2回瞬きをしただけだったが、ジュニアはずっと目をパチパチさせて落ち着きがなくなってしまった。


 それを見た由紀子は静かに立ってジュニアへ近づき、

「そんなに緊張しなくてもいいのよ」とそっと頭を撫でる。


 ジュニアは驚いたように一瞬大きく口を開いたが長い瞬きをした後、落ち着きを取り戻したのか、その目で由紀子をじっと見詰めた。


 栗原にはジュニアのその反応が一体何を意味するのか分からなかったが、何故か由紀子は全てを理解しているようだった。

 あり得ないことだが、気持ちが通じ合っていると思えるくらい、2人はお互いに何か特別なものを感じているように見えていた。


「これからは私も愛情をあげますのでみんなで勉強してくださいね」由紀子が3人の宇宙人を順番に見ながら言うと、

「ここに来るのは休みが取れた時と聞きましたが由紀子さんはいつまでここにいられるのですか」スリムと名付けた宇宙人は栗原が話したことを覚えていて、そう訊ねた。


「ずっとここにいるつもりよ。だから友達になってね」由紀子はスリムを見てそう言い、「友達になるには先ず、私の事を良く知らないといけないわね。詳しく話しますのでリビングへどうぞ」と手の平で皆に上がるよう(うなが)した。


 思いもよらぬ展開に唖然(あぜん)する栗原の横で3人が靴を脱がずに上がり込もうとするので、

「あっ、靴は脱いでくださいね」反射的に言うと、

「ご心配なく。このままでも部屋が汚染(おせん)されることはありません」シニアが靴の裏を見せて、ウイルスすら取り付くことが出来ない加工になっているのだと説明した。


 確かに、その短い長靴のような靴の底には(ちり)1つ付いていなかった。


 3人をリビングのソファに座らせた由紀子が向かい側のチェアに腰をおろすのを栗原は縁側に立ったまま見ていた。

 自分はどうしたら良いかと迷っていたが、3人と一緒に話を聞けば仕事で何が起きたのか分かるかも知れないと気付いてソファの横のスツールに腰掛ける。


 由紀子は自己紹介というより、(おなさ)いころからの人生を(かた)った。


 その中で、理想の追求こそが良いものを生み出すという信念を(もと)に仕事をしてきたこと、常に清く正しく生きようと努力してきたことを話した。

 そして、それらを守ろうとしたが為に上司から(うと)まれる存在となってしまい、どう生きたら良いのかまで分からなくなってしまったのだと現在の心境(しんきょう)まで語った。


 話を聞いた栗原は仕事上でどんなことが起き、どうして泣きながらここへ来たのかをようやく知ることが出来たのだった。


 すべてを話し終えた由紀子は3人を見ながら、

「愛情は成長する過程で他人(ひと)から与えられる愛によって心の中に育つものなの。つまり、愛情を理解するには他人の愛をちゃんとした形で受け取る必要があんだけど、その愛も人によって形が違うというデリケートなものよ」

「だから誰かの愛を受け取る為には一緒に何かをしたり、長い時間を共にしてその人のことを良く理解する必要があるの」

「私のことを良く理解することがそのデリケートな愛情を受け取る為のヒントになると思って、どんな人生を生きてきたのかまで詳しく話したのだけど、分からないことはなかったかしら?」と3人を見て訊く。


 すぐに年長者のシニアが

「解らなかったのは理想を追求することがここでは許されないという所です。我々の社会では理想を追求するのが当り前で皆、由紀子さんと同じように考えますので異論(いろん)(とな)えることはありません。何故、地球ではそうなるのか全く理解できませんでした」と事務的な口調で質問してきた。


 栗原はここが学校の教室になったみたいだと思いながら、先の展開を楽しみにした。


 由紀子は腕を組み、その質問の答えを(みちび)き出そうとしばらく考えてから、

「そうして物事が論理的でなくなるのは…、地球人には感情があって、何でもそれに左右されるから…、なのかも知れないわ」噛みしめるように言った。


 それを聞いたシニアが

「歴史研究によって我々の祖先(そせん)も感情を持っていたことが判っています。そして、現代を生きる我々の中にも感情と呼ぶには程遠いですが(わず)かな感覚を持つ者が存在し、その研究が正しいことを証明しています。我々3人はその僅かな感覚を持つ者で感情を研究するのに相応(ふさわ)しいと選ばれて地球へやって来ました。中でもジュニアの感覚は特に強いと考えられています」抑揚(よくよう)のない声で話すと、ジュニアの方を見る。


「由紀子さんの言葉通り、感情が論理的でない物を創り出すとすれば合理性だけを追求する社会を作るのにそれは邪魔(じゃま)な筈です。我々が長い歴史の中で愛情や友情といった感情を失くしてきた理由もそれなら理解できます」と今度はジュニアが事務的な口調で言った。


 ジュニアが話し終えると再びシニアが口を開き、

「我々の社会も論理的に解決出来ない問題を沢山(たくさん)抱えており、それらは感情に起因するものだと考えられています。そういった問題の解決は感情を理解することなしでは不可能との結論で、だから我々3人が地球へ来ることになったのです」と感情を全く感じさせずに話し終えた。


 宇宙人達が話す内容はどれも理路整然(りろせいぜん)としていて理解し(やす)かったから、余計にその単調な口振(くちぶ)りが際立(きわだ)って栗原は今更(いまさら)ながら大きな違和感を持った。

 同じように感じているだろうと由紀子の様子を(うかが)うが、真剣な表情で3人の話しに聞き入っているだけで気にはしていないようだった。


 シニアの話しを聞いて初めて宇宙人達の目的を知った栗原が

「なるほど。感情を学びたいと言ったのは社会の様々な問題を解決する為だったんですね」納得しながら訊ねると、

「はい。特に精神的な病気の原因が判っておらず、我々の内に僅かに残る感情ではないかと考えられています。またそういった問題以外にも感情の理解が欠かせないものがあり、我々の起源の解明などは最重要課題となっています」シニアに代わり、ずっと黙っていたスリムが答える。


「起源の解明に感情が関わるというのはピンと来ませんが…、どんな理由なんです?」栗原が困惑した顔を見せると、

「現代の我々にとっては祖先が感情を持っていた時代の書物(しょもつ)や芸術品は不明な点ばかりで理解出来ないのです。特に感情に基づいて書かれたり表現されている部分が難しく、正確に文明を(さかのぼ)ることが出来ません。DNAの解析も大事ですが起源を解明するには文明の変革を知ることが重要で感情を理解することが多くの謎を解き明かすカギであると昔から言われてきました」スリムは他の2人と同じように事務的な口調で詳細まで話した。


「地球の人類だって、その起源は完全に解明されてはいないのよ。だから、その(なぞ)()()かしたいというのは私にもよくわかるわ」由紀子は3人の事務的な口調を全く気にしない様子で話し、「どの星に住んでいても、知りたいという気持ちは同じなのね…」と最後に呟いた。


 栗原は最初、宇宙人達に対して恐怖を抱かなかった由紀子にホッとしていたが、自分より自然な態度で接し、より彼らと打ち解けているように見えて何だか(うらや)ましくなった。


 自分より打ち解けていると思った理由は3人が話している由紀子と目を合わせているように見えたからで、栗原は彼らがそんな事をするとは思っていなかったからだった。

 何度も会っている栗原が目を合わせことがないと言うのは変だが、彼らの口調からは伝えようという気持ちが一切感じられないから、視線が合っていると思えなかったのかも知れない。


 しかし今日は3人共、その内容を理解しようとしてなのか話している由紀子と目を合わせているようだったし、とりわけジュニアは自分が話している時も視線を向けているように見え、何かを伝えようとしている感じがあったのだ。

 由紀子もそれを感じていたのか時々見つめ返すような仕草をしていたので、その視線から何かを受け取っていたのだろう。


 由紀子はしばらく黙ったまま、何かを考えていたが、

「…感情という感覚をどうしたら理解できるようになるのか、…どんな方法が良いのか少し考えさせてね。愛情ってすぐに(ゆが)んじゃうデリケートなものだし、伝えるのが難しいものだから…」そう言って3人の頭を順番に撫でた。


 それを聞いたシニアが

「では、考えがまとまった頃にまた勉強しに来ます」と足が床に届いていないソファから滑り下りるようにして立ち、すぐに縁側へ向かう。


 スリムも同じように立ち上がってシニアに続いたが、ジュニアは座ったまま縁側で待つ2人に早口で何かを言ってからゆっくりソファを降り、由紀子の方へ何度も振り返りながら藪の中へ姿を消した。


 呆気にとられながらそれを見送った由紀子は

「急に帰ってしまうなんて、何があったの? 聞きたい事がまだ沢山あるのに…」と何が起きたのかわからない顔で訊く。


「これが彼らのやり方さ。前置(まえお)きや挨拶(あいさつ)がないだけじゃなく、自分の用が済んだらさっさと帰ってしまうんだ」栗原は笑みを浮かべて告げると、その視線を3人が消えた藪の方へ戻した。



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