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第18話

 栗原がようやく沸騰(ふっとう)し始めた鍋にそばを入れようとした時、玄関のチャイムがピンポーン、ピンポーンと呼び出し音を響かせた。


 引っ越してから1度も聞いたことのないその音に少し(あわ)てながら、

「あ、玄関?…ちょっと待ってくださーい! いま、すぐに行きますー!」大声で返事をして小走りで向かう。


 玄関の()がり(がまち)に立ち、

「鍵は開いてますから、どうぞ入ってください」閉まったままのドアへ言ってみるが開く気配はない。


 訪ねて来る人など誰も思い浮かばないまま三和土(たたき)に降りてドアを開けると、スーツ姿の由紀子が夕日を()びながら立っていた。


「由紀子…」驚いて呟いたが、下を向いて泣いているのに気付いた栗原は

「今、そばを鍋に入れようとしていた所だったんだ。じゃあ、1人前追加だね!」と何も訊かず、両手で前に下げていた鞄をそっと受け取った。


 由紀子は顔を上げると、

「お昼も食べてないから、お腹空いちゃった…。2人前追加して!」涙も()かずにそう言い、無理に笑った。


 仕事で何かあったのだと想像出来たがそれには一切触(いっさいふ)れずに昨日、置いて行った部屋着をチェストから引っ張り出して渡し、由紀子が着替えている間にそばを()でて縁側のテーブルに運んだ。


 先日とは違い、そばを見詰めたままで箸を付けない由紀子に仕事とは全く関係の無い話をしたかった栗原は宇宙人の話をする事にした。


「今日、例の宇宙人に会ったんだけど、姿を現さなかったのは由紀子に見られてはいけないと思っていたからだったんだ。だから、君が会いたがっていると伝えておいたよ!」()えて明るい声で話すと、

「そうだったの。じゃあ、今度は会いに来てくれるかしら!」元気のなかった由紀子はそれを聞いて目を輝かせた。


「君の方が沢山愛情をくれると話したら、僕から貰う気がなくなったのかさっさと帰ってしまったよ。そんな事を言うんじゃなかったと後悔していたんだ」と残念がる栗原を見て、

「彼らにもわかるのね…愛情をくれる人がどんな人か…」いつもの調子を取り戻した由紀子がわざと真顔になって、そんな冗談を言う。


「いや、だって、愛情を知らないから勉強したいと言ってるのに…、わかる筈はないと思うけど…」真剣に反論すると今度は満面の笑みで、

「心配しないで。辰則のつたない愛情もわかるように私がしっかり教えてあげるから!」(なぐさ)めるように栗原の肩をポンッと叩いた。


 そうして肩を叩かれながら、何があったのかは知らないがとにかく由紀子が元気になって良かったと思っていた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 次の日、由紀子が生活するのに必要なものを調達(ちょうたつ)する為に朝から軽トラで船着き場へ行き、2人で本土へ渡った。

 その日のうちに再びフェリーを使って島に戻ると船着き場の売店に寄って、店主のおばあさんに由紀子が来た事を伝える。


「あれまあ、帰ったと思ったらもう来たのかい。ここが東京より居心地がイイってんなら仕事なんかほっぽって、島へ越してきちゃいなさいよ!」

 おばあさんは冗談を言って笑いながら、由紀子が戻ってきた事を喜んでくれた。


「今回はしばらくいるつもりですので、宜しくお願いします」

 由紀子がそう言いいながらお辞儀をするのを見て、長く滞在するつもりなのと仕事で起きたのは重大な事だと栗原は初めて知った。


 その重大な事が何なのか気になった栗原は軽トラの荷物を家の中に運んだ後、自分用にした部屋の片付けをしている由紀子に、

「しばらくはゆっくり出来るんだね」とそっと声を掛けた。


「もう、どうでも良くなったの。私のような考えは必要ないみたいだから…」

 片づけをしながら振り返りもせずに答えるその背中がとても悲しそうに見えた。


 どう(なぐさ)めたら良いのかわからなかった栗原は

「長くいられるなら、すぐに話さなくてもいいね…」なんとか言葉にすると、

「ありがとう。頭を整理したら話すわね…」由紀子は力のない声で(ささや)くように答えた。


 その日の夕飯は本土へ買い出しに行ったお陰で、アジの干物(ひもの)に納豆という食事らしいメニューになった。


 久しぶりのうどんとそば以外の食事を待ちきれず、いつもより早く夕食を食べた栗原がキッチンで食器を洗っていると、窓越しに見える(やぶ)から宇宙人達が顔を出しているのに気付いた。


 栗原は藪に並んだ顔を見てふと、由紀子が実際に会ったらどう感じるのだろうかと考える。


 話しか聞いていない由紀子がどんな想像を(ふく)らませているのか分からない栗原は、予想していた以上に恐怖を感じて(おび)えてしまうのではないかと心配していた。


 そんな事を考えていると背中の方から突然、(ささや)くような由紀子の声がした。


「…もしかして、…あれが宇宙人?」


 振り返ると由紀子がキッチンの入口に立ち、同じ窓越しに藪を見つめている。

 恐怖を感じている様子はなく、窓の高さに目線を合わせる為か少し屈んだ姿勢になって小動物でも見るような眼差(まなざ)しだった。


「…あなたが話してくれた通り、…背が低いのね。顔は…どの人も同じに見えるわ」(ささや)きながら少しずつ窓に近づき、「…私に会いに来てくれたのかしら?」と少し緊張した声で言った。


「怖くない?」と隣に並ぶ所まで来た由紀子に訊ねると、

「わからない…、でも何かされそうな感じはないわ。ドキドキはしているけど怖いという訳ではないの…」由紀子が言う通り、恐怖は感じていないようだった。


 しばらく見つめていたが、宇宙人達も藪から出て来る様子はない。


「…あ、瞬きをすると可愛いのね」由紀子がそう言うのを聞いた栗原は

「呼んでみようか? それともこちらから行く?」と訊いてみる。


「…呼ぶって、どこへ?」由紀子はすぐに応えたが栗原は少しの間考えてから、

「じゃあ、庭の方に呼ぶから隠れたところで様子を見て、怖くないと思ったら出てくればイイ」そう言うと、縁側へ行って引き戸の窓を大きく開けた。


 藪に向かって手招(てまね)きすると早口の短い会話が遠くで聞こえた後、3人の宇宙人が足早(あしばや)にやって来る。


「こんばんは。3人揃って会うのは久しぶりですね」栗原が挨拶(あいさつ)するとシニアと名付けた年長者が、

「由紀子さん、来たのですね」いつものように挨拶はせずに訊いてきた。


「ええ、皆で由紀子に会いに来てくれたんですね?」3人を見ながら答えると今度はジュニアが大きな目でパチパチと2回瞬きをして、

「私は由紀子さんと愛情の勉強をしたいのです」と言ったが栗原にはその目の焦点(しょうてん)が自分より後ろのものに合っているように思えた。


 振り返ってみるとそこに由紀子が立っていて、静かに3人を見詰めていた。



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