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第16話

 いつまでいられるのかとは()えて訊ねないようにしていたが栗原が想像していた通り、3連休の最後の日になると由紀子が帰り支度を始めた。


「何も訊かずにいてくれてありがとう。お陰でいつ来ても、いつまでいてもイイんだって思えて気が楽になったわ」荷物をまとめた由紀子が嬉しそうに言った。


「ここは僕だけの居場所という訳じゃなく君の家でもあるんだ。来たい時に来て、好きなだけいればイイ。急に腹ペコで来たって大丈夫、そば(・・)うどん(・・・)は沢山買ってあるからね!」


 由紀子が帰ってしまうのは(さび)しかったが、余計な気を(つか)わせたくなかった栗原はそう言ってわざと暢気(ようき)に見せた。


 冗談を言って微笑む栗原を見て、

「さあ、仕事があるから帰らなくちゃ!」と何かを振り切るように言った後、「カラス天狗さんに会えなかったのが心残りだけど…」その顔を山の方に向けて呟いた。


 理由はわからないが由紀子といた3日間、宇宙人達は姿を見せなかった。

 栗原は3人を由紀子に会わせて自分の話が本当だと証明したい気持ちもあったが、2人だけでゆっくり過ごせたから、それはそれで良かったのだと思った。


 午後1時のフェリーに乗る由紀子を船着き場で見送り、再び1人になってしまった栗原は軽トラで自宅に戻ると山を見上げて、これまでとは少し違う感覚と共に宇宙人達のことを想う。

 なぜなら、由紀子と普通の日々を過ごした今、宇宙人達と雑草取りをしたり会話することがいかに特別なものだったか良く(わか)ったからだった。


 栗原は由紀子がいない寂しさを(まぎ)らわそうと、庭の隅に移動したまま()ったらしていた粘土をアトリエの軒下に運んで乾かす事にする。

 猫車を粘土の山まで押して行きスコップで積み込んでいると、目の前の藪からジュニアと名付けた宇宙人が顔を出した。


「あ、久しぶりですね。皆、元気にしてましたか?」栗原が挨拶(あいさつ)代わりに声を掛けると、

「勉強できますか」いつものようにそれには応えず、いきなり本題に入る。


「由紀子がいる間は来ないように気を遣ってくれたのですね? 会っても問題ない事を伝えておけば良かった…」久しぶりに友達に会えた嬉しさみたいなものを感じながら話すと、

「姿を見せても問題ないのですね」栗原を見て大きな目で2度瞬きをした。


「ええ、由紀子は皆に会いたがっていましたよ。次に来た時はぜひ3人で会いにきてくださいね」そう言うと、

「由紀子さんは愛情をくれますか」ジュニアはなぜか頭を(かし)げて訊いてきた。


(やさ)しいから僕より沢山愛情をくれると思いますよ。会えばきっとわかります」初めて見たジュニアの仕草(しぐさ)がとても自然で、感情があるのかと思いながら答えると、

「由紀子さん、次はいつ来ますか」すぐに訊いてきた。


「いつ来るのかは僕にもわかりません。忙しい仕事を抱えていて、なかなか休みが取れないんです…」考えながら答えると、

「では、由紀子さんが来たら愛情の勉強をします」そう言いうと(きびす)を返し、さっさと藪の中に消えてしまった。


「あっ、ジュニア…」と栗原はジュニアが消えた藪に向かって呟きながら、由紀子の方が沢山愛情をくれるなんて言わなければよかったと後悔した。


 ジュニアはその栗原の言葉を彼らの合理的な思考によって理解し、愛情は由紀子から貰う方が効率が良く、効果的な勉強が出来ると判断して帰ってしまったのだろう。

 つまり、愛情の勉強に栗原は必要なくなったのだ。


 久しぶりに友達に会えたと喜んだのも(つか)の間、用済みの烙印(らくいん)を押されてしまった栗原は粘土を乾燥させることはどうでも良くなり、猫車をそこに置いたまま軽トラに乗り込んで乱暴に車を出した。

 敷地のスロープから海沿いの道路に出るやいなや思いっきりアクセルを踏み込んだが、すぐにエンジンが息継(いきつ)ぎを始めてしまい力なくスピードを落としていく。


 ノロノロと惰性(だせい)だけで走る軽トラの中でガソリンメーターを見ると針は一番左にあり、タンクが空であることを示している。

 横井から譲り受けた後1度もガソリンを入れておらず、そろそろ給油しようと思っていたが由紀子が来たことですっかり忘れていたのだった。


 島に2つあるガソリンスタンドの内の1つは車で10分程の所だと知ってはいたが、道路に出て200メートル走っただけなので自宅へ戻る方が早かった。

 車を押してUターンさせ、ようやく自宅まで辿り着いた栗原は身体だけでなく心までへとへとになっていた。


 もう、スタンドまで歩いて行く体力は残っていなかったが、車が使えないと困るので半分程の距離にある船着き場の売店に向かって歩き出した。

 そこで店主のおばあさんからガソリンスタンドの連絡先を教えて貰い、自宅まで届けて貰おうと考えたのだ。


 ようやく辿(たど)り着いて事情を話すとおばあさんは笑いながらどこかへ電話を繋ぎ、()ずは売店へ寄るようにと告げて栗原が歩いて帰らずに済むように気を()かせてくれた。


「帰りの足のことまでお気遣(きづか)い頂き、ありがとうございます」電話の内容を聞いていた栗原が丁寧(ていねい)に礼を言うと、

「あんた律儀(りちぎ)だねぇ。ここらの人はあたしが何してやっても礼は言わんから、ありがとうなんて久しぶりに訊いたよ」そう言って声を出して笑った。


 ガソリンスタンドの人が来るまで時間があると思った栗原は店頭に置かれた冷蔵庫からアイスクリームを1つ取り出した。


 パンが入ったガラスケース越しに代金を渡すと、

「あんたの奥さん、設計の仕事をしてるって言ってたけど奇麗な人だねえ。都会の女性はキラキラして見えるね」おばあさんは思い出したように言ってから、「そこに椅子があるから、好きなとこへ座ってお食べ」と3つ置かれた丸椅子を栗原に勧めた。


 椅子はここへ来た人が店主と会話する為に置かれているのか、腰掛けると真っ直ぐおばあさんと向かい合った。

 笑顔でじっと見詰めているおばあさんの前でアイスを食べながら話題を探すと、カラス天狗の伝説を思い出した。

 その話なら島の人は皆、知っているだろうと切り出してみる。


「先日、島にはカラス天狗伝説があると横井さんが教えてくれました。天地山(あまちやま)の守り神だそうですね」と栗原が話し出すと、

「ああ、そうだよ。あたしゃ、話したことだってあるんだ。(みんな)怖がるけど、そんなこたぁないんだよ」想像もしなかった返事が返ってきた。



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