第15話
栗原は自宅に着いて初めて、食事のことを考えていなかったと気付く。
「ごめん、夕飯のこと一切頭になかった…」申し訳なさそうに謝ると、
「いつもの通り、何かに夢中になっていたんでしょう? 作ってくれるなら私は何でも良いわよ!」由紀子は驚きもがっかりもせずに、そう言ってただ笑う。
栗原はいつものように買い置きの乾そばを茹で、庭の隅から採ってきた大葉を天ぷらにして添えると縁側に用意しておいたテーブルの上へ運んだ。
「今日はこっちで食べよう!」夕日が沈む海を眺めている由紀子に声を掛ける。
縁側で椅子に腰かけた由紀子は腹が減っていたのか、
「美味しそうね、いただきま~す!」そばを見るなりすぐに箸を手に取って食べ始めた。
夕飯は手間の要らないそばになることが多く、少し飽きていた栗原はマグカップの冷めたカフェオレを飲んでいたが、向かいに座る由紀子が美味しそうに何度も箸を運ぶのを見て自分も食べたくなってくる。
箸を手に取って一口食べると由紀子の顔を見て、
「2人で食べると何でも美味いな~」普段とは一味違うそばに驚きながらしみじみと言った。
そういう栗原へ微笑みを返した由紀子は
「近所に気兼ねせず、こうして縁側で食事が出来るなんて良いわね!」目の前の庭を見回した後、設計者の顔になって告げた。
それを聞いた栗原も同じように庭を見回すが、その頭の中では全く別の事を考えていた。
今日、ここで宇宙人と草取りをした時の光景が蘇り、こうしている間にも彼らがやってくるかも知れないと思った。
由紀子が驚かないように前もって話しておく必要はあったが、宇宙人と遭ったことをいきなり話しても現実として受けとめてくれる筈もなく、どう説明すれば良いのかわからずにいた。
しかし、由紀子がすぐ目の前にいて話せば何でも聞いて貰える状況では、作り話と言われても宇宙人のことを話さずにはいられなくなり考えた挙句、先ずはカラス天狗の伝説から話すことにした。
「この間、軽トラの代金を持って横井さんの所へ行った話をしたよね。その時、この島にはカラス天狗伝説があると聞いたんだ」あまり深刻にならないよう、そばを口に運びながら切り出すと、
「へえー、そうなの? 東京じゃ、都市伝説が多くて怪しいものばかりだけど、ここには本当の伝説があるのね!」由紀子は感心しながら応える。
「そうなんだ。山の守り神で頂上辺りに棲んでいるらしい。見た人も何人かいるんだって…」そう続けると、
「私も山に行って見てみたいわ。もういないのかしら?」目を細めて冗談っぽく笑う。
栗原はその疑問には答えず、笑っている由紀子を真剣な眼差しで見詰めて
「人間みたいな姿だけど背は低くて大きな目、いつも黒いウエットスーツを着ているんだ」静かに話すと、
「着ているんだ…って、まるで会ったみたいに言わないでよ」呆れた顔をして再び目を細めた。
栗原は真剣な表情で見詰めたまま、
「遭ったんだ…、山の頂上近くで、粘土を探している時に…」とさらに声を落とす。
「えっ、…」と由紀子は一瞬、固まったが栗原が冗談を言っていると思い、大きな声で笑い出した。
栗原が少しも表情を変えずに黙っていると、それが冗談じゃないと判ったのか、
「それ、本当…なの?」と由紀子も声を落とす。
「以前、陶芸家が山のどこかで粘土を採っていたことを話したけど、それらしい場所を頂上近くで見つけたんだ。その後、どうやってここまで運ぶかを考えるのにもう一度そこへ行った時に目撃してしまったんだ…不気味な黒い姿の人を」
わかり易いようにゆっくり話したが、由紀子はその言葉が信じられないのか頷きもせず、ただ目を丸くするだけだった。
「そして次の日、再びそこへ行くと今度は出遭ってしまったんだ、その広場のような変な場所で…ウエットスーツを着た人に…」そこで話を止め、紀子の反応を見たがその先を聞きたいようなので再び話し出す。
「向こうもこちらに気付いて目が合ったけど、それ以上は何も起こらなかったんだ…。でも、その日の午後に軽トラの代金を届けた時、横井さんにそれとなく訊いてみたんだ。すると黒い姿の人達はカラス天狗で山の守り神だと言うんだ」
栗原は記憶を整理する為に少しの間沈黙してから再び話始め、
「カラス天狗の話を聞いた翌日も山の広場へ行くと今度は銀色のUFOが着陸していて、そこからウエットスーツを着た3人の宇宙人が出てきたんだ。そして、驚いたことに『何か用ですか』と、日本語で訊いてきた」、「宇宙人が危険ではなさそうなので話をしてみると自分達は別の銀河から来たと言い、宇宙について地球人が知らない事を沢山教えてくれたよ」、「僕は宇宙人、つまり黒い人達を目撃した人がカラス天狗の伝説を創ったんだと思う。理由はわからないけど、宇宙人がずっと昔からこの島に来ているんだよ」と最後に自分の想像も付け加えた。
その後宇宙人に3回会ったことと、2回目にアトリエで会った時は芸術や愛情を学びたいと言われたことを話す。
「彼らに愛情を教えることは出来なくても友情なら築けるかも知れないと思って、友達になろうと言っておいたんだ。そうしたら今朝、ここへやって来て雑草取りを一緒にやってくれたよ」奇麗になった庭を指差して言った。
ずっと黙っていた由紀子がこれまでにない表情で栗原のことを見詰めているので、頭がどうかしてしまったと思われている感じがして、
「すぐには信じられないと分かってはいるんだけど、彼らがやって来た時に驚かないよう、前もって話しておきたかったんだ」そう言った後、宇宙人の容姿についてさらに詳しい説明をした。
やがて、その非現実的な話を現実として受け止められるようになったのか、
「ここでそんな事が起きていたなんて…。私は忙し過ぎて何も聞いてあげられなかったのね…、ごめんなさい」由紀子はそう呟いて下を向いた。
しばらくの間、由紀子は黙ったままで何かを考えていたがおもむろに顔を上げると、
「詳しい話を聞いたらその宇宙人は怖くないと思えてきたし、私も彼らに会って話をしてみたくなったわ」今度はその目を輝かせた。




