第14話
30分程経つと年長者の意識は戻り、ここへ来た時のように元気になった。
「完全に回復したと表示されていますので雑草取りを再開します」年長者が腕に着けたスマートウォッチを見て言うので、
「表示がそうでもしばらくは安静にしていた方がイイですよ。愛情の勉強はこれで終わりにします」まだ体調が心配な栗原はそう返す。
細身の宇宙人が
「では、また来ます」事務的な口調で言い、後ろを向くと他の2人も背を向けた。
感情がない彼らは愛情の勉強が出来なくなって残念だと思う筈はないが、ガッカリさせてしまったように感じた栗原は
「少し話しませんか? 話すだけなら身体に障ることもないでしょうし、互いの名前くらいは知っておいた方が良いですから」と歩き出そうとする3人の背中に声を掛けた。
皆が振り返ったので、
「僕は栗原…、栗原辰則と言います」笑顔でそう言い、「あなた達はどんな名前なんですか?」と続けて訊いてみる。
年長者の宇宙人がすぐに反応して、
「くりはらたつのりさん、私は104484-428-09106号です」と名前ではなく番号を告げ、「この人は104484-128-09106号、そしてこちらが104484-306-09106号です」両側の2人を順番に指差しながら言った。
「名前ではなく番号なんですか。しかもそんなに長いんじゃ、とても覚えられない…」困ったように応えると、
「頭に付く20桁は省略しておきましたが」すぐに年長者が返した。
「何か僕が呼べる名前になりませんか? 友達になれそうな感じの…」3人を見ながら訊くと、
「昨日も友達と言いましたが、それはどんな関係の人を表すのですか」そんな質問を投げかけてくる。
「あなた達には友達という概念も無いんでしたね…」栗原はそう呟いた後、少し考えて、「愛情に似た、友情というものを与える人を友達と呼ぶんです」と説明すると3人共その言葉に反応し、パチパチと大きな目で2回瞬きをした。
「愛情と友情の両方を勉強させてください」背の低い人が言うので、
「じゃあ、僕が友情をあげやすいように親しみやすい呼び名を考えましょう!」栗原はそれぞれにニックネームを付ける事にした。
そして、1人ずつ手で示しながら、
「あなたが一番年上に見えるので…『シニア』、少し背が低いあなたは『ジュニア』ということにして、スリムなあなたは…そのまま『スリム』はどうでしょう?」頭に浮かんだものを伝えていく。
すると、それぞれの宇宙人が
「シ・ニ・ア」、「ジュ・ニ・ア」、「ス・リ・ム」と自分のニックネームを復唱した後、「では、我々のことをその名前で呼んでください」年長者が言うと皆で後ろを向き、3倍速の早口で何か話しながら裏の藪の中へ消えた。
気のせいだろうが、そうして話しながら帰る宇宙人達が名前を貰って喜んでいるように見え、ガッカリさせてしまったと思った栗原の心を軽くした。
由紀子から到着時刻を知らせる連絡が入ったのは午後になってからで、栗原はすでに庭の雑草取りを終えていた。
部屋の時計が3時を示して到着の1時間前になると、栗原はじっとしていられなくなって軽トラックに乗り込んだ。
船着き場へは5分で行けるのでかなり早かったが、車で待つ方が家にいるより早く時が過ぎるように思え、出掛けることにしたのだった。
船着き場の駐車場で車を海の方へ向け、エンジンを切るといつものように辺りは波の音だけになる。
見上げると、雲が低くなった空を数羽のトンビがゆっくり旋回していた。
左右から現れては通り過ぎて行く船を軽トラのウインドー越しにボーッと眺めていると今日、初めて触れた宇宙人の感触が両腕に蘇る。
その140センチ位の身体は見た目から想像できない程ずっしりして、太っていないのに60キロ程の重さがあるように感じた。
着ていたウエットスーツがどんな素材で出来ているのか知らないが表面はサメ皮のように少しザラザラしていて、体臭があったかについては何も思い出さないので無臭だったのだろう。
両腕で抱き上げたのですぐ近くから顔を見たが、その皮膚は自分と同じものに透明な薄皮が被った感じで身体全体の硬さというか柔らかさは地球人と同じだった。
栗原はテレビや映画で見てきたイメージとは大きく違い、地球人に似ている部分が多い宇宙人を別の銀河の知らない星から来た人だとは思えなかった。
頭の中でそんな事をずっと考えていると、遥か遠くの海に白く光って見える小さな点を見つける。
左右に動かないその点に目を凝らしているとやがてそれが小さな白い物体になりその後、フェリーの船影となった。
由紀子が乗るフェリーだと思い、はやる気持ちを抑えながらシートに座っていたが、中々大きくならない船影にじれったくなると車から出て桟橋の方へ歩き始める。
やがて船影が大きくなって水色で書かれた船名の文字が読めるようになるとデッキの上に目を凝らしてみるが、涼しい風が吹いていたせいでそこには誰もいなかった。
その後、グオォーッ、グオォーッとスクリューを逆回転させる大きな音と共にフェリーが目の前に迫ると船首のゲートが下がり始め、間もなく桟橋に接岸した。
ゲートから走り出ていった数台の車を追いかけるように下船する人の列が現れ、帰宅する女子高生の隣でボストンバックを振りながら呑気に歩く由紀子を見つける。
スプリングコートを着てブランド物のバッグを持つその姿がやけに都会的に見え、栗原は手を振りながら由紀子が少し遠い存在になったように感じていた。
実際は栗原が変わったのであって、違和感を抱くのは由紀子の方なのに、
「迎えに来てくれてありがとう。いい所ね!」といつもの調子で話し掛けてきた。
「うん、何もなくて不便だけど…静かな所だよ」上手く言おうと考えたせいで返事が不自然になると、
「何もなくて不便だから、静かなんじゃない!」由紀子は笑いながら栗原の肩を叩いた。
「いや、ホントに何もなくて…不便なん…」ムキになっている自分に気付いた栗原はそれ以上言わずに微笑んだ。
「こういう所で心静かに暮らすのもイイかも知れないわね。何もなくても…」由紀子は海の方を向いて両腕を上げ、伸びをしながら言う。
栗原は夕日に照らされたその横顔を見て由紀子がそこにいる事を実感し、2人でいる幸せを久しぶりに味わっていた。
満足するまで海を眺めた後に船着き場の売店に行き、店主の田口に由紀子を紹介してから自宅へ向かった。




