第12話
栗原は最初、宇宙人達が陶芸に興味を持っていると思ったので、その答えを聞いてがっかりした。
「じゃあ、芸術を楽しむこと、…例えば絵画や音楽を鑑賞したりということも、ないんですか?」率直に訊ねてみると、
「我々は効率や合理性を最優先し、無駄な事を省いて行く社会システムの中で暮らしており、誰もそういった事はしません」すぐに先程の宇宙人が事務的な口調で告げ、「観賞用の絵画や音楽が存在していた時代もあると考えられていますが、現在は病んだ精神を治療する為のもので楽しむものではありません」と話し終えた。
「絵画や音楽を楽しむのは、無駄ということですか…」栗原が残念そうに呟くと、
「地球では芸術という言葉をよく耳にしますが、合理性だけを考えて生きている我々には理解するのが難しいのです」今度は年長者と思われる顔の宇宙人が事務的な口調で言った。
「それじゃ、まるで感情がないみたいだ…」そんな宇宙人達が少し可哀想になりながら言うと、
「全くないわけではありませんが、地球人のような感情を持つ者はいません」左側に立つ、今まで一言も話さなかった細身の宇宙人が他の2人と全く同じ事務的な口調で答えた。
その3人の口調があまりに似ていることに驚きながら、
「合理性を最優先する社会なら愛情や友情といった合理的でない人の繋がりも存在しないのですか?」再び栗原が質問すると、
「愛情や友情がどんなものかわかりませんが、人の繋がりはそれが必要かどうかによるものです」すぐに背の低い宇宙人がそう答えるので、
「芸術によって感情が刺激されたり、他人に愛情や友情を与えたりすることで生きている実感を味わえるのに、それなしで生きているなんて信じられない…」栗原は大きな疑問を投げかけた。
宇宙人達は誰もその疑問に答えず、互いの顔を見合わせた後、
「我々3人は感情ではありませんがそれに似た感覚を僅かに持っていて、その感覚を目覚めさせ感情と呼べるものへ発展させる為に地球へ来ました。壺作りが芸術で感情と深い関係にあるというなら我々の感覚を刺激する為に勉強したいです」年長者の宇宙人がろくろの壺を指差して言い、「愛情や友情という心の繋がりも理解したいのですが、何か学ぶ方法はありますか?」抑揚のない話し方で訊ねる。
感情を学ぶ方法という想像もしなかったことを訊かれた栗原は
「陶芸は感情を表現する手段に過ぎないので…、その感覚を刺激出来るかどうかはわかりませんね」と悩みながら、「発展させるのには役立ちそうなので、感情を目覚めさせてからやる方が良いと思いますよ」そう告げた。
「でも…、その感情をどうしたら目覚めさせられるのか…」と再び悩み始める。
「愛情はそれを貰うことで自然と心に芽生えるものだし…」ブツブツと呟いた後、
「感情豊かで愛情を沢山くれる人と一緒に様々なことを経験するのが目覚めに繋がるような気がします」ようやくまとめた考えを伝えて、「友情は…愛情と似たものだから、同じと考えて良いでしょう」と付け加えた。
すると、宇宙人達が3倍速の言葉で何かを話し合った後、
「山から粘土を運ぶ代わりに我々に愛情をくれませんか?」と年長者が言い出した。
栗原は粘土と引き換えに出来ると考えてしまうくらい愛情がどんなものか分かっていないとわかり、感情というものが全く存在しない無情な社会に生きている宇宙人達が可哀想になってしまった。
「僕がどんな愛情をあげられるのかわかりませんが、友達になるのは全然問題ありませんよ。別に粘土を運んでもらわなくてもね…」優しい眼差しでそう答えると、
「何もしないで愛情を貰うわけにはいかないのです」年長の宇宙人は相変わらず感情のない話し方で応えた。
「これ以上置く場所がないので、必要な時に運んでもらうということでは?」そう訊くと、
「わかりました。では、また3人で来ます」背の低い宇宙人が答えてアトリエの出口へ向かう。
一緒にいるところを誰かに見られたら面倒な事になると思った栗原は
「ここに来ていることを島の人には知られない方が良いと思いますが…」3人の背中に向けて言うとすぐに年長者が振り返り、
「わかっています。常にモニターしていますから何も心配はいりません」と早口で話し、3人は焼き窯の横から藪の中に姿を消した。
急ぐようにして帰っていった3人をアトリエの入り口から見送りながら、栗原は年長者が別れ際に言った『モニターしています』という言葉の意味を考えていた。
車のエンジン音がしてそちらへ顔を向けると敷地のスロープから軽のワンボックスが上がってきて、軽トラックを譲ってくれた横井がその運転席で笑っていた。
それを見て、別れ際に年長者の宇宙人が告げた言葉の意味と急いで帰った理由を理解した。
つまり、宇宙人達は目撃されないよう常に周囲をモニターしていて、横井が来るのを察知したからここを去ったのだった。
栗原の姿を見つけてアトリエの入り口まで乗り付けた横井は、
「昨日、あいつの取り扱い説明書を見つけたんで一応渡しときます」右手で敷地に停まっている軽トラを指差しながら、反対の手で少し厚みのある冊子を差し出す。
栗原が両手でそれを受け取り、
「わざわざありがとうございます。軽トラ、すごく気に入りました」そう言って頭を下げると、
「いや、区長の高橋さんに用があってこっちに来たもんだから…。ついでなんで気にせんでください」横井は敷地内で車の向きを変えると、小さく手を上げてスロープから帰っていった。
栗原は遠のいていくエンジン音を聞きながら山を見上げ、あんなに用心深い宇宙人が何故自分には姿を見せるのだろうかと考えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、休暇でやってくる由紀子に静かな縁側で寛いでもらおうと考えた栗原は、1度も手入れをせず草が伸び放題だった庭を奇麗にしようと朝から草取りを始めた。
軍手をして敷地の真ん中に立つとぐるりと見回し、腰を屈めておもむろに目の前の雑草を抜き抜いた。
同じことを幾度か繰り返した所で抜いた雑草の置き場を考えていなかったことに気付く。
どこにしようかと庭を見回すと、黒いウエットスーツを着た宇宙人達が裏の藪から出てきた。
3人の宇宙人が近くまで来るのを待って、
「おはようございます。今日は朝からお会い出来ましたね」栗原が額の汗を拭いながら声を掛けると、
「雑草取りならロボットにやらせましょうか」そういう習慣はないのか誰も栗原の挨拶には応えず、というか反応する素振りも見せずに背の低い宇宙人がいきなり事務的な口調で告げた。
その時、栗原の頭にあるアイデアが浮かんだ。




