第11話
栗原は最初、由紀子の深刻そうな雰囲気に驚いたが島へ来ると聞いて嬉しくなり、
「来週の土曜日ですね…、ちょうど一部屋空きがあります!」思わず冗談を言う。
「じゃあ、予約をおねがいします」由紀子がその冗談に乗ってくれたので、
「ちなみに、当ホテルはチェックイン、チェックアウトともに自由ですのでお好きな時間にお越しください」栗原が演技を続けながら気遣うと 、
「ありがとう。仕事が終わり次第向かうつもりだけど何時になるかわからないから、そう言って貰えると嬉しいわ」今度は真面目な顔になって答え、「到着は夕方になると思うけど、船に乗る前に連絡するわね」そう続けて微笑んだ。
久しぶりの笑顔を見て安心した栗原は
「高速船なら島まで20分、フェリーは倍ぐらいの時間が掛かるけど…どっちにする?」乗船場がそれぞれ別の場所にあったのを思い出しながら訊ねると、
「誰かさんと違って、20分早く着く為に排気ガスと煩いエンジンの両方を我慢するなんて私には無理…」以前、栗原が話したことを覚えていて、「ふつう、にフェリーで行くことにするわ」とふざけて笑った。
由紀子が元気になってきたのを感じながら、
「フェリー乗り場ならあちこちに案内があるから迷うことはないね。じゃ、僕はこっちの船着き場まで迎えに行くよ。軽トラのリムジンでね…」と今度は栗原がふざけて返した。
すると、由紀子は軽トラで迎えに来る栗原を想像したのか吹き出しそうな顔をしながら
「もう、仕事に戻らなきゃならないから切るわね」と告げ、「じゃあ、土曜日に!」そう言って手を振るのを最後に画面が暗くなった。
栗原は最初由紀子が深刻な表情でこちらへ来たいと言ったのを思い出して、仕事で何か起きたのではないかと気になり出した。
しかし、電話の最後は笑顔だったのと日曜日から連休が始まることを考えて単に休みが取れただけかも知れないと思い、心配するのは止めることにした。
昼食後、栗原は試し焼き用に乾燥させておいた茶碗を思い出し、窯で焼くための準備に取り掛かった。
作業小屋の奥に残されていた古い猫車を引っ張り出すと、そのまま外に出て裏手へ押していく。
ここで陶芸をしていた人が山で集めて乾燥させていたのか、小屋の裏には短く切られた生木が沢山積まれていた。
栗原はそれらを猫車一杯に積むと窯の前まで運び、作業小屋から古い斧と台を持ち出して薪割りを始める。
最初、手加減していたせいで上手くいかなかったが、10個程の生木を薪にした頃にはコツが掴め、その後は太い木でも一振りで真っ2つに割れるようになった。
薪割が面白くなって夢中で斧を振り下ろしていると、勢いよく割った薪が飛んで焼き窯で跳ね返り、カンッ!と乾いた大きな音を立てる。
その音で我に返り、薪の飛んだ方へ顔を向けた視線の先の藪で何か黒いものが動いた。
獣でも出てきたのかと警戒して身構えると、藪から顔を出した宇宙人が大きな目で見詰めていた。
栗原は少し驚いたが今朝、会ったばかりだったから、
「僕の家に遊びに来てくれたんですか?」親し気に声を掛けると、宇宙人はその大きな目で1度瞬きをしてから藪を出て、
「粘土をお持ちしますか」と感情のない事務的な口調で訊いてきた。
栗原は作業小屋の前に2つある、粘土の山を指差し、
「この通り、使い切れないほど運んでもらったので当分は要りませんよ」と笑いながら答えたが宇宙人は少しの笑顔も返さず、無表情のまま2度瞬きをすると後ろを向いて藪の中に消えてしまった。
何も言わずに突然帰ってしまった宇宙人に驚きながら栗原は昔、読んだことのあるヨーロッパの童話本を思い出した。
その古い本に出てくる妖精は愛嬌があるように書かれているのに対し、挿し絵が少し不気味に感じるくらいの姿で描かれていたのだ。
そのギャップによって違和感しかなかった童話も、藪に姿を消した宇宙人のうしろ姿が可愛く思えた今の自分なら十分楽しめるような気がして、もう一度読んでみたくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、栗原は朝から作業小屋へ行くと、昨日に続いて薪を割り始めた。
ある程度の薪が出来上がると焼き窯の横に積んでいき、試しに作った茶碗を焼くのにどれくらい必要なのかと考えると数個焼くのも沢山焼くのもその量は変わらないことに気付く。
茶碗を数個だけ焼くよりも既にある粘土の山から土を作り、窯を作品で一杯にして焼くほうが無駄がないと考えたところで、今度は土作りの場所がないことに気付く。
栗原は土作り用のスペースを庭に設け、作業小屋を陶芸用のアトリエに改造することにして薪割を中断する。
先ずは宇宙人達が運んでくれた2つの粘土の山を猫車で敷地の裏側へ移し、作業小屋から大きなバケツを持ってきて蛇口の前に並べるとそこに土作りのスペースが出来た。
その後、再び作業小屋に行って中にある荷物を片づけながら、使えそうなスチール棚を作品乾燥用の棚として適当な位置へ据える。
最後に仮置きしていたろくろを中央に移動し、その周りに必要なものを配置して陶芸の作業スペースを造るとアトリエも完成した。
一通りの作業が終わったのは金曜日の昼過ぎで食事もとっていなかったが、アトリエの使い心地を試したかった栗原は粘土をろくろの上で回し始める。
壺を作る事にして大まかな形にした後、全体のバランスを見る為に少し離れた所から眺めていると視線の先の窓で何か黒い影が動いた。
目の焦点をそちらに移すと黒いウエットスーツを着た宇宙人が1人、アトリエを覗いていた。
栗原なら肩くらいの高さの窓なので宇宙人の目は半分しか見えていないが、短く揃えられた髪があるおでこで、すぐに宇宙人だと判った。
作業を中断したくなかった栗原は宇宙人に気付かぬフリをして再びろくろの前に座り壺づくりを再開したが、その後も形のバランスを見る時は窓の様子も併せて確認していた。
しばらくすると宇宙人の頭は3つに増え、6つの大きな目がじっと栗原の作業を見ている、と言うか観察しているようだった。
突き出たおでこと大きな目が並ぶ窓の光景は不気味だったかも知れないが、小さい子供が覗いているように見えて、何だか可愛く思えてくる。
壺を完成させた栗原が気付かれぬように焼き窯の陰に回り、作業小屋の裏を覗くと3人の宇宙人は皆、両手で窓枠に掴まって立っていた。
栗原がいることに気付いて、3人共そのままの姿勢で顔だけこちらへ向ける。
皆、身長は140センチ位のようだがよく見ると、真ん中の宇宙人は120センチ程しかなく、どこかから運んだ石の上に立ってさらに背伸びをしていた。
その光景が想像していた以上に可愛く、微笑ましく見えた栗原は目を細めながら、
「どうぞ、中に入って近くから見てもイイですよ」そう言って入り口のガラス戸を開けたままアトリエに戻った。
栗原がろくろの前に座った頃、3倍速再生のような早口の声がして宇宙人達は戸が開いたままの入り口からやってきた。
ろくろの前に来ると真ん中に背の低い宇宙人が立ち、左に細い身体の、そして右側に年長者のような顔の宇宙人が並ぶ。
「何を作っているのですか」と、ほぼ形が出来上がった壺を大きな目で見詰め、背の低い宇宙人が訊ねる。
「壺を創ったのですが…壺がなんだかわかりますか?」栗原がそう答えると、
「壺はわかります。それは何に使うための形ですか」再びその宇宙人が事務的な口調で訊いてきた。
用途など考えずにただ、思い付いたものを創っていた栗原は
「えっと…例えば、床の間などに置いて鑑賞したり、触ったりして楽しむ為の芸術作品…ですかね」少し悩みながら言うと、
「芸術、鑑賞」早口で言ったきり、両側に立つ宇宙人と顔を見合わせている。
「えっと…じゃあ、形を観て楽しむ…と言えばわかりますか?」複雑過ぎたかと思って説明を変えると、
「物の形は生産性と用途によって決まるものなので、楽しむものではありません」その宇宙人が冷たい口調で応えた。




