第10話
栗原はとても礼儀正しい3人の宇宙人に誤解を与えたままでは申し訳ないと感じ、
「一昨日は粘土をどうやって運ぶか調査する為に、そして昨日は庭に置かれた地層が何処から来たのか調べる為にここへ来たんです…」とその理由を正確に説明した。
すると宇宙人の1人が、
「運ぶノガ難しいナラ、我々が手伝イます。ダークマター・マテリアルを使えば、簡単デスから」と胸のポケットから円筒形の小さな容器を取り出して見せた。
それはガラスのような素材で作られた透明な筒でギザギザの付いた回転部分がある、リップクリームの容器を二回り大きくしたものだった。
栗原にはダークマターがどんな物でリップクリームの容器とどう関係があるのかも理解出来なかったが、日本語の発音が徐々に良くなっているのだけは分かった。
頭の中を様々な事がよぎり何も言えずにいると、
「宇宙空間に、ダークマターがある事は知っていますか」宇宙人が今度は完全な日本語で訊いてくる。
宇宙空間には観測出来ない暗黒物質が存在するという仮説を、あるネットのサイトで読んだことがある栗原は、
「何かで読んだ事はありますが…、詳しい内容は憶えていません」と自信なさげに答えた。
すると今度は、右側に立っている細身の宇宙人がおもむろに説明を始めた。
その宇宙人は我々のいる宇宙が元々、万有引力を持つ物質と固有引力を持つ物質が集まって出来た、『アルティメット・ハイパーマテリアル』という正四面体の固まりだった事から話し出した。
固まりは人類が単位では表す事が出来ない程の重さで、それが大爆発を起こすことによって万有引力と固有引力を持つ2種類の物質を広範囲に四散させ、原始宇宙の空間を創ったという。
大爆発、いわゆるビッグバンはエネルギーと空間(時間)を生み出したが原始宇宙はそれらが不規則に入り混じりながら膨張していた為、常にねじれたり千切れたりする煙のようなものでしかなく、安定とは程遠い形だったようだ。
その後、万有引力を持つ物質が集まって『天体』になると固有引力を持つ物質はその天体の間を埋める『空間』として安定し、今の宇宙が形作られたということだ。
栗原は『物質』が何もない『空間』になったという説明をすぐには理解出来なかったが、その宇宙人は沢山の砲丸が投げ込まれたプールに例えて今の宇宙空間を説明する。
それによると、宇宙空間は水で満たされたプールに天体代わりの砲丸を沢山投げ込んだものと同じらしい。
つまり、水という物質で満たさてはいるが潜った時に見えるのは砲丸だけ、という状態がまさに宇宙で、水をダークマターにそして砲丸を天体に置き換えれば簡単に理解出来る筈だと話す。
そして、水のある範囲しか移動出来ない魚にとってはプールの中だけが空間という事になり、その魚の私達は宇宙の外側へは決して行かれないのだということだった。
プールの中の砲丸、つまり地球や太陽といった天体は万有引力を持つ物質が集まって出来るが、原始宇宙の名残で物質の密度が異常に高いままの場所ではそれが天体を超えた重量のものへと成長し、時間までも歪めてしまうブラックホールになるのだそうだ。
一方、同じもの同士でしか引き合わないダークマターと呼ばれる物質は万有引力の影響を全く受けないという。
地球人にとっては未知の物質のダークマターは人間の目では空間としか見えない部分を埋め尽くしていて、その物質の小ささから引力とは言えない程僅かな力で互いに引き合って存在しているようだ。
そして、その僅かな力でも宇宙のあちこちで寄り集まって大きな塊となり、ブラックホールには到底及ばないが、その引力を少しずつに強めているらしい。
そのダークマターは圧縮することで強い固有引力を発生させることが可能で、ある形状にすることでその引力に指向性を持たせることも出来るという。
指向性のある引力を持たせた固まりは宇宙のあちこちにあるダークマターの塊に引かれるようになり、乗り物の動力として利用することも可能だと話す。
栗原が見せられた透明なリップクリームの容器は筒の部分にダークマターが封入されていて端にあるギザギザを回すことでそれを圧縮し、指向性のある固有引力を発生させることが出来るらしい。
容器が小さいので強力な引力とはならないが地層の粘土を運ぶことくらいは容易いらしく、彼らが乗るUFOも同じ原理の大きな装置が動力になっているようだ。
今の宇宙については現在膨張期にあり、万有引力を持つ全ての物質が引き合う事によってビッグバンが生み出した広がる勢いはやがて打ち消され、収縮へ転じるのだと地球人が知る通りのことを話し始めた。
宇宙が収縮に転じると先ず、強大な引力を持つブラックホール同士が合体していきその後、ダークマターや天体を巻き込んで空間をどんどん狭め、元の『アルティメット・ハイパーマテリアル』へ戻っていくというがこれもほぼ地球人が知っていることと同じだった。
宇宙は『アルティメット・ハイパーマテリアル』という正四面体の固まりへ戻った後も自身のとてつもない引力で静かに縮まり続け、その圧力の膨大な熱エネルギーが限界に達すると再び大爆発を起こし、次のビッグバンとなって新たな宇宙が始まるのだと話した。
そうやって地球上の生命と同様に宇宙も生まれ変わるサイクルがあるようだ。
栗原はふと、どうやって日本語を話しているのか知りたくなり、
「どうしたらそんなに流暢な日本語を話せるのですか?」説明の合間に訊ねると、
「地球で使われている主要な言語は全て勉強するので誰でも20種類くらいは話せますが、日本語はその内の1つです」全く感情がないような話し方で答える。
もっとハイテクなデバイスか何かを使って自分達の言葉を日本語に訳しているのだと思っていた栗原は勉強して話せるようになったと聞いて、宇宙人達を少し身近に感じた。
地球人のように勉強をする宇宙人がどこに住んでいるのか知りたくなって
「あなた達は一体どこから来たのですか?」栗原が続けて訊ねると、
「別の銀河にある地球の半分位の大きさの、『SE-10005-000335611-273516290』という番号の星から来ました」と話してから、「我々も仕事がありますので、これで失礼します」早口でそう言うとすぐにエレベーターから伸びたスロープを上がり、白い球体が並ぶ壁の中へプニュッと戻っていってしまった。
聞きたい事は他にもあったが忙しい宇宙人達を引き留めてはいけない気がした栗原はエレベーターが宇宙船に格納されるのを黙って見ていた。
その後、宇宙船は音もなく浮かび上がり、そのまま上昇して雲の中に消えてしまった。
自宅に戻った栗原はリビングのソファに腰掛け、島の人達がカラス天狗だと信じている宇宙人との出遭いを思い返す。
色々話して彼らに対する警戒心がなくなった栗原にとって今日の出遭いは、粘土を運んでくれる3人の知り合いが出来たとも考えられなくないが、それが宇宙船に乗って来る宇宙人だと思うと可笑しかった。
1人でニヤニヤしていると目の前のテーブルにあるタブレットがテレビ電話の着信音を響かせ、明るくなった画面に由紀子の名前と通話ボタンを表示する。
栗原は仕事中のこんな時間にどうしたのかと思い、反射的に画面に指を伸ばしたが途中で思い止まった。
最近の由紀子とのテレビ電話は会話をするというよりずっと愚痴を聞かされ、それが尽きた頃にようやくこちらのことをちょっぴり話して終わるというもので毎回、物足りなさが残るのを思い出したからだった。
頭の中でそんな事を考えていると、タブレットは鳴り止んで画面が暗くなる。
由紀子は仕事のプレッシャーでこちらの状況を気にしている余裕はないらしく、栗原が忙しい時に電話しようものなら、そんな用事で掛けてきては困るという感じで切られてしまう。
そうならばと連絡が来るのを待っていると愚痴を聞いてもらえないせいで数日後には必ず、何故電話してこないのかと訊いてくるので、一体どうすれば良いかわからなかった。
そんなにストレスが溜まるほど働いていたら、病気になってしまうのではと心配しながらタブレットを見詰めていると、再び由紀子からの着信音を鳴らし始めた。
通話ボタンを押すと少し下を向いた由紀子が画面に映し出されて、
「土曜日なんだけど…、私がそっちへ行っても大丈夫?」と遠慮がちに元気のない声で訊いてきた。




