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伝言と結婚

時は遡り、ロータスを牢から逃がした後の話です。

 ***クリビア


 ロータスを牢から逃がしたことが父にばれて、罰として王宮の一画に監禁された。

 屋根裏部屋のようなこの部屋には窓が無いから逃げ出すことも、誰かが侵入するなんてこともできない。

 いつまでここにいなければいけないのかと思うと目の前が真っ暗になったけど後悔はしていない。

 だって彼の方がずっと酷い目に遭ったのだから。



 ここでの生活は、母に仕えていた古くからいるメイドのサリーとメイド長がいてこそ成り立っていると言っていい。


 食事は基本的にサリーが持って来るけど、たまに王妃の息のかかったメイドが持ってくることもある。

 その場合は食べられたものではない。

 砂や泥が入っていたり腐っているのは当たり前なのだ。

 私が監禁されてメイドのように使うことができなくなったから、せめてもの嫌がらせをしているんだろう。


 メイド長もそれを知っていて、私に食事を持ってくるのはサリーだけでいいと王妃に頼んでいるというけど、王妃がそうさせないようにしているらしい。


 だからいちいちうるさいメイド長は王妃の目の上のたんこぶなのだ。

 でも彼女は有力貴族の一族出身だからおいそれと辞めさせることが出来ないでいる。



 #####


 監禁されて四か月が経った頃、サリーがテネカウ神父からの言伝(ことづて)を預かって来た。


「“信じて待っていてくれ、愛している”とのロータス様からの伝言だそうです」

「……そう……」


 彼はガルシアへ逃げる時必ず迎えに来ると言って、私はそれに軽く頷いた。

 そうしないと彼が出発しないと思ったから。


 本当はシタールの王女である私が彼と一緒になるなんて、そんな図々しいことできるわけない。 

 だから彼を逃がした時から別れることを決意していた。

 ただ、こんな簡単に父にばれるとは思っていなくて、逃がしたあとは修道院に入るつもりでいた。

 あの時の私は必死だった上に楽観的だった。


「テネカウ神父様がお返事があるならお伝えするとおっしゃっておりましたが……」

「そうね……”私の事は忘れて幸せになってください。ごめんなさい”って伝えて」


 やっぱり何も言わないで一方的に別れるのはよくないと、彼の伝言を聞いて思った。


「え、それでよろしいのですか」

「……もちろんよ」


 ところがそう返事した後、サリーはテネカウ神父の書いた一枚の紙を持って戻って来て、それにはこう書かれていた。


『王女殿下が彼とお別れになる覚悟を決めているのなら、彼を裏切ったと決して罪悪感を持つことなく心穏やかにお過ごしください。彼が王女殿下を愛しているのは事実ですが、人間というものは身近にいる者に親しみを感じてしまうことがままあります。私はあの日の出来事を枢機卿にまだ伝えておりません。早く監禁が解け、王女殿下に新しい輝かしい未来が訪れることをお祈りいたしております』


 これは……彼が裏切ったということ?


 呼吸が荒くなるのを感じる。

 どうして涙が溢れて来るの?


 ああ……私はなんて自分勝手なんだろう。


 別れようと思っていた相手が既に裏切っていたことが悲しいの? 

 自分は別れるつもりでいたくせに、本当はただの悲劇のヒロイン気取りでそう思っていたってこと?


 違う。

 ちょうどよかったじゃない。

 好きな人ができたなら私の伝言を聞いてもダメージは少ないだろうし、もう無理して迎えに来ようとは思わないはず。

 彼を悲しませることは決して私の本意ではないのだから。


 動揺したり悲しんだりすることは私の返事と矛盾する。


「サリー、悪いんだけど蝋燭を持って来てくれる?」


 できるだけ毅然とした表情で言ったつもりが、サリーは心配そうな顔をして蝋燭を取りに行った。


 そして持ってきてもらった蝋燭に火を灯して、その手のひらほどの紙切れを燃やした。 



 これが最初で最後の伝言となり、ロータスは別れを受け入れたんだと思って時と共に彼の事を考えることはなくなっていった。



 #####


 それから三年経ち二十一歳になった私は人生を諦め不毛な毎日を送っている。

 そんなある日、父に呼び出された。


 久し振りに宮殿内を歩く。

 それだけでもとても嬉しい。


 謁見の間に入ると三年ぶりに会った父は用件だけを伝えた。

 隣では冷たく微笑んでいる王妃が私を見下ろしている。


「隣国バハルマ王国のヴァルコフ国王の正妃として嫁ぐことを命じる」

「え!?」

「あら、断るなんて許されないのよ。バハルマとは貿易協定と軍事同盟を結んだのだから」


 王妃は私が嫌がると思って愉快でしょうがないのだ。

 だけどあいにく命令じゃなくても断るつもりは全く無い。


 五十歳だというヴァルコフ国王には側室や成人した子どもがいて、私は亡くなった正妃の後釜に据えられるらしい。 

 相手が父よりも年がいっていようが構わない。


 ここから出られると思うと心に小花が咲いた様にぽつぽつと小さなエネルギーが満ちてきた。

 私の「え!?」は、嬉しい「え!?」だ。


 しかしそれも束の間、いきなり背中を足で蹴られた。

 誰かなんていちいち振り返らなくても分かる。


「お前のような役立たずでも貰ってくれるって言うんだ、感謝しろ」


 この暴力的な男は継兄のベルロイ。

 彼が次期シタール国王なんて、この国の未来は暗い。


 彼は私が生まれる前に父が男爵家の三女であるパトリシアと浮気をしてできた子どもだ。

 シタール王国は他国と違って側室制度は無いため、母の死後、私が十二歳の時に父は彼女を王妃として、そして息子ベルロイを王太子として迎え入れた。


 周りの有力高位貴族は身分が低すぎると反対したけど覆らず、その時は結構な騒ぎになったのを覚えている。

 それからだ。

 パトリシアが私を敵視し始めたのは。


「メイド長、バハルマに行くまでにクリビアの身なりを綺麗に整えるんだ」


 父はこれまでだってベルロイの暴力を注意したことが無い。

 何も無かったようにそう言った。


 そうしてメイド長と共に向かった先は私の以前の部屋だった。



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