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こども塾

 ***アナスタシア


 クリビア様とランス医師が新婚旅行から帰ってきて約二年。


 ランス・クライブ邸では執事が医院で事務員として、そして通いのメイドが数人働いている。

 医院の中には「こども塾」があって、乳母のカトリも医院とこども塾の両方を手伝っている。


 こども塾はクリビア様の希望で作られ、子どもを一時的に預かる部門と勉強を教える部門に分かれている。

 子どもの預かりは無料だけど勉強を教える部門は有料だ。

 有料と言っても気持ち程度の料金で、医院の経営状態によってゆくゆくはこちらも無料にするとクリビア様は仰っている。


「アナスタシア先生、さようならー」

「また明日ね、気を付けて帰るのよ」


 私はクリビア様に誘われてこども塾で文字、歴史、計算など基本的な勉強を教えている。

 初めて聞いた時、“塾”とはなんだろうと思ったけど、教師が一人で大勢に勉強を教える場所らしい。

 それなら家庭教師の先生の教え方などを参考にできると思っていたけど、実際は結構難しい。

 それぞれの理解度を見て落ちこぼれがでないようにするのはとっても大変だ。

 でもそれがやりがいでもある。


 この他に、バハルマの元王女で元カラスティア王妃という肩書から、下級貴族の娘にマナーも教えている。

 驚いたことにロータス国王を殺そうとした件では私に同情する声が多く、哀れな私を雇うということが彼らの虚栄心を満たしているようだ。


 “自分の子どもを見殺しにしたロータス国王に怒った王妃”という認識は間違いではないけど、魔剣をクリビア様に使ったことは誰も知らなかった。

 どうやら箝口令が敷かれていたようだ。

 もしそれが広まっていたら、私に対する同情の声が上がる度にクリビア様への悪感情が広がっていただろう。


 私はマナー講師の傍ら、そこで話のついでにクリビア様の汚名を晴らすことができると踏んだ。

 バハルマの元王女である私が言うのだから信憑性は高いと彼らは思うだろう。

 そして下級貴族たちは自分たちだけが知る情報だと、喜々として社交の場でその話をするのだ。

 そうして裾野の方から話しは広がっていき、いつか私の努力は実ることを確信している。




 勉強の時間が終わって隣の部屋に入った。

 そこではクリビア様と乳母のカトリが子どもの世話をしている。

 今日の預かりは乳児が二名、一歳と二歳と三歳が一名ずつ。


「アナスタシア、お疲れ―」

「アナナしぇんしぇー」


 積み木で遊んでいた銀髪のクリーヴが私目がけてトコトコ走って来た。

 もう二歳になる。


「ほんと、クリーヴはアナスタシア先生が大好きねー」

「坊ちゃまの女性の好みなんでしょうかねぇ、ふふふ」


 ロータス様の幼少期を髣髴とさせるクリーヴを抱っこした。

 もう完全に心のわだかまりは解けている。


「そろそろおやつの時間ね。アナスタシアの彼氏さんからりんごとバナナの差し入れがあるから今日はそれにしましょう」


 私の彼氏は三十代の果物屋の男性だ。

 妻を亡くしており、塾に子どもを通わせている。


 こども塾の一番最初の生徒が彼の子どもなのだけど、その子が入塾したのを切っ掛けに子どもを預ける親や生徒が増えていった。

 彼がお店に来る客にこども塾をそれとなく宣伝してくれたり、クリビア様の噂は嘘らしいと話してくれていたのだ。

 もちろんそれは彼が私から仕入れた情報だ。


 クリビア様を色眼鏡で見ることのない明るく健康的な彼は本当に神様のような人で、ロータス様に恋した時のようなドキドキは無いけれど、今はそれを上回る穏やかで決して揺らぐことのない幸せを感じている。

 もしかしたらこれが何年も連れ添った仲の良い夫婦の間に芽生える愛情? と勝手に想像する。

 お父様とお母様のような……。

 私は自分の今の精神状態にとても満足している。



 クリビア様がおやつを準備している時、呼び鈴が鳴ったので私が出ると、花屋さんから大きな花輪が届いた。

 アスター王太子殿下からの開園一周年記念の花輪だった。


「まぁまぁ、王太子殿下からなんて、開園した時も贈って下さいましたよね。奥様の事を本当にお好きでいらっしゃる」

「からかわないで、カトリ。彼は結婚したばかりなのよ」

「あら、でも年が離れすぎていて仲はあまり良くないって……」

「ただの噂よ。彼は誠実な男性よ。この花輪は友情の証として贈ってくださったの。ほら見て、差出人に“一番の友人、アスターより”って書いてあるじゃない」


 私とカトリは真顔で顔を見合わせた。


「そう書くしかないじゃありませんか、どちらもご結婚なさっているのですから」

「カトリさん、でもそんなこと言ったらランス医師が焼き餅を焼いてしまいますよ」

「誰が焼き餅を焼くだって?」

「あ、旦那様」

「おお、立派な花輪だな」


 ランス医師は花輪を満足げに眺めてクリビア様の頬にキスをした。

 この二人の間には誰も割り込むことはできないだろう。


 抱っこしていたクリーヴがランス医師を見て笑顔で「パパ!」と呼んだ。

 嬉しそうに微笑んで、「クリーヴ、いい子にしているか」と頭を撫でる彼の姿は全然似ていないけど本当の父親みたいで微笑ましい。



 クリビア様、カトリさん、ランス医師、そして子どもたちのいるこの幸せな空間。


 もしここにベルナルドがいたらどんなに幸せだろうかと実は毎日考える。

 この先どんなに幸せなことがあっても決して忘れない。

 年を取って死ぬ時も思い出すだろう。

 人生なんてあっという間。

 きっと目が覚めたらもう死ぬんだ、っていう時になっている。

 その時を楽しみにして、クリビア様に助けられたこの命、彼女とベルナルドに恥じない人生を送ることを私は心に誓っている。


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