バハルマの終焉
***カリアス
アナスタシアが投獄されたことを知った父は、暗殺が失敗したことがわかると覚悟を決めて、カラスティアが攻め込んでくる前に奇襲をかけることにした。
それに当たってガルシアの宗教騎士団に応援を要請した。
父は戦争嫌いで平和主義を標榜しているその影で、いざという時は自国の兵だけでなく、ガルシアの宗教騎士団にも協力を仰ぐため、何年も教皇に多額の献金を行っており、その窓口がネベラウ枢機卿だった。
彼は次期教皇と目されているので、教皇に代わって宗教騎士団を直接動かすことができる立場にいる。
宗教騎士団の力と我が国の兵士で奇襲をかければ魔剣のないダキアなど怖れる必要は無い。
カラスティア城の奇襲にあたり先陣を切るのはこの私だ。
今なら大きな手柄を立てることができると勢い込んで乗り込んだ。
しかし、真っ黒な壁ダキアに出迎えられてしまう。
その先頭には魔剣を持つ者が一人。
どういうことだ?
あるじゃないか!
焦って後退しようとしてもその隙すら無く、バハルマ兵のほとんどは魔剣によって切り刻まれていく。
激しい血しぶきを浴びながらガルシアの宗教騎士団が駆けつけるのを今か今かとイライラしながら待ったが、彼らが来る様子はない。
そしてバハルマ城がダキアとカラスティアの兵によって陥落したという急ぎの伝令が入った。
「なんだって!? そっちにもダキアが!?」
「はい! ロータス国王が先頭に立っておりました!」
「じゃあここで魔剣を手にしているのは誰だ!? なんで宗教騎士団は来ないんだ!!」
奇襲作戦は失敗に終わり、バハルマもあっけなく終わりを迎えた。
***ロータス
一週間後。
ヴァルコフ国王一家をぶち込んでいる牢はクリビアが入っていた牢で、カリアスもカラスティアからここへ連行された。
処刑までの間、彼女と同じ思いをさせたかったのだ。
その間、息をさせておくのも腹立たしいが。
「お前ら一家はカラスティアへ移送した後、順番に広場で公開処刑とする。最後に言い残すことはあるか」
側室の女が叫んだ。
「どうかまだ若いバーバラはお助けください、お願いします! 何も悪いことはしておりません!」
悪いことはしていないだと? このブルブル震えて無様な女が?
面白いことを言う。
「罪を捏造するような悪人を生かしておいても良いことは無い。そうだ、お前から首を刎ねてやろう」
「ひっ! それはクリビアのことですよね? あれはカリアス兄様に命令されて仕方なくそうしたのです!」
「バーバラ、お前!」
「そうでしょ! 子どもができないように宮殿から追い出せって言ったじゃない! それにクリビアがお兄様を誘惑したことも、どうせお兄様が陥れたんでしょ!」
「黙れ!」
カリアスがバーバラに掴みかかって兄妹喧嘩が始まり、側室同士も子どもを庇って喧嘩を始めた。
なんとも醜く馬鹿げた有様だ。
ギャーギャーうるさいこいつらを武力で黙らせるのは簡単だが、もっと簡単に黙らせることができる。
兵に合図すると、一人の男を連れてきた。
黒髪に赤い瞳の青年。
ヴァルコフ一家は驚いて目を剥いた。
それもそのはず、彼はカリアスの実の弟ヨセフだ。
後ろにはズオウ侯爵が付き従っている。
ヨセフはずっと東の国シナバスに留学していたが、バハルマに戻ってきたら父親がカラスティアに攻め込もうとしていたため、それに大反対してなんとかやめさせようとしたという。
平和友好条約を結んでいるにも拘わらず奇襲をかけるなど卑怯者のすることであり、例え今カラスティアに魔剣が無くても勝ち目はないと何度も説得を試みた。
シナバスにいた頃からダキアに憧れを抱いていたというヨセフは、誰よりもダキアの強さを確信していた。
対してカリアスとバーバラはヨセフを臆病者の弱虫だと批判。
ヴァルコフも聞く耳を持たず、失望した彼は密かにカラスティアに来て今回のバハルマの奇襲を密告した。
俺はその見返りとしてヨセフにバハルマの新たな国王の座を約束した。
バハルマはこれからカラスティアの従属国となるのだ。
「だから言ったじゃないですか、勝ち目はないと。感情的になった父上のせいでアナスタシア姉上も処刑されます」
ヴァルコフは慌てふためいて鉄格子を掴み、ロータスに懇願した。
「アナスタシアはベルナルドを亡くしておかしくなっていたんだ。あの子だけでも助けてくれ! あの子は優しい子だと知っているだろう!?」
これがあの老獪な国王の本当の姿か。
一国の国王というよりただの馬鹿親だ。
側室の二人とバーバラはヴァルコフの言葉に怒りを滲ませ、カリアスは爆発した。
「父上がロータス国王を暗殺しようとしなければこんなことにはならなかった! いつも俺たちの事は二の次でアナスタシア、アナスタシアと! 全部父上のせいだ!」
「黙れ!」
ヴァルコフはカリアスを殴り飛ばし、苦虫を噛み潰したような顔で目を伏せた。
ある意味カリアスもヴァルコフの犠牲者なんだろうが、バーバラの話を信じるとクリビアの悲惨な生活はこいつの企みの結果で間違いない。
クリビアを苛めるために存在していただけのヴァルコフ一家。
ようやく復讐してやれる。
「ヴァルコフ、アナスタシアの罪を情状酌量してやってもいい」
「本当か!」
「だが彼女はすぐに事故死するだろう」
「なっ……」
悔しそうに俯いたヴァルコフは、腹の底から低い声を響かせた。
「お前がもっと優しくしていれば! メイドではなくあの子自ら手を下したのは、それだけあの子の心が悲しみに覆われていたからだ。その悲しみはお前には分かるまい」
自分の家族だけが大事なただのちんけな男。
「お前は溺愛する娘を死に追いやっただけだ。せいぜい自分を恨め」




