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私の魔剣と陛下の心

 ***エリノー公爵


 多くの国民が悲しみに包まれたベルナルド王子の葬儀から数週間が経ち、宮廷内での業務は日常が戻ってきた。


 クリビアさんのことは、助けることができたのに恩を着せて無理やり連れ帰ることもせず逆に諦めたなんて、陛下もかっこいいじゃないかと正直思った。

 ただ、どこかエネルギーが足りないというか薄くなったというか……。

 王子の死も影響しているんだろう。


 二人を失ったことが陛下の心を変えたのかは分からないが、陛下は以前のようにきちんと政務を行うようになった。

 これまでたまっていた書類の山がどんどん低くなっていくのを見るのは気持ちがいい。

 私も書類に集中していると、俄かに陛下が口を開いた。


「エリノー、この間魔法鍛冶職人の世界に行っただろ、そしたら既にあの者たちは魔剣を作り始めていたんだ」

「……魔剣は一本しか作らないんじゃありませんでしたっけ?」

「王子の誕生祝いでヴァルコフ国王が来た日にこの世界と繋がって、短期間に二度も繋がることなどこれまでなかったそうだから、妙な胸騒ぎがしたんだと。それで念のため作り始めたらしい」

「ヴァルコフ国王が来た日に繋がったって、なんだかあれですねぇ……」


 私がそう言うと陛下は含み笑いした。


「……。でだ、もう出来上がったかもしれないから取って来てくれないか、二本」

「二本? どうして……」

「いいから取ってこい」


 そうして翌朝、私はトマシス鉱山へ向かうことになった。





 休みなのか、閑散とした鍛冶場の入口でこんにちわと叫ぶと奥からアペロスが出てきた。


「これは、エリノー公爵。ようこそいらっしゃいました」

「魔剣を取りに来ました」

「グッドタイミングですね。昨日出来上がったばかりなんですよ」

「既に作っておられたと聞きました。それに加えて陛下がもう一本頼んだので無理されたんじゃないでしょうか」

「そういうのも我々の役目ですからね。ところで公爵のご様子だと、クリビアさんは助かって陛下も生きておられるのですね」

「おかげさまで。ありがとうございます」

「中途半端な気持ちだと、陛下も亡くなってしまいますから心配はしていたんですよ」

「え? 王家の血筋なら死なないと聞きましたが」

「そうなんですが、自分の命と引き換えにでも救いたいという気持ちにほんの少しでも迷いがあれば、王家の血筋だとしても胸を刺したら普通に死んでしまうのです」

「……ほんの少しでも?」

「はい。ほんの少しでも」


 血の気が引いた。

 陛下がサントリナへ立つ時に自分なら胸を突いても死なないと言ったから安心して見送ったのだ。

 きっと私がうるさく言うと思って言わなかったんだろう。

 万が一クリビアさんへの気持ちが少しでも薄らいでいたらとんでもないことになっていたじゃないか。

 それだけ陛下はご自分の愛を確信していたということだけど、拒否されたのに……、凄いな……。


「でも良かったです。本当に命を懸けてでも救いたかった女性なのですね。あ、今魔剣を持ってくるのでちょっとお待ち下さい」


 結果的には良かったけど、魔剣は武器として使うに限るとつくづく思った。


 アペロスが私の顔を見てニコニコしながら魔剣を持って奥から出てきた。

 二本だけど軽い。

 そして外から見えないよう大切に袋に入れて帰途についた。





「やはりできていたか。一本はお前用だ、ほら」

「私に!?」

「俺とお前で持てばこれまで以上にダキアは強くなる。これでダキアの人数を増やす必要はない。名声の為にダキアに入ろうとする奴などいつ裏切るか知れたもんじゃないだろ。それにアペロスらはお前の為に魔剣を作り始めていたんだよ」

「本当ですか!?」


 夢のようだ。感動して魔剣を持つ手が震える。


「でもどうして……?」

「お前の疑いが晴れたからだ」

「なんですか、それ!?」


 詳しく聞くと、最初の頃、魔法鍛冶職人集団は私が陛下と従弟という立場もあって裏切るかもしれないと疑っていたらしい。

 でも、シタール王国を襲撃する頃にはその疑いも消えて、私にも作っていいと考えるようになったと言う。


 疑われていたとは露知らず。

 結構なショックだけど、今は信用されていることが素直に嬉しい。

 魔剣を眺めてうっとりしていたら、陛下がおもむろに心の内を話し出した。


「実はな、アペロスから王家の血筋しか命を救う魔剣として使う事はできないと聞いて、それなら俺がベルナルドに使うか? と思ったんだ。その時は命を懸けてでもっていう条件が頭から抜けていて、俺ならできると思った。お前がクリビアの事を伝えに来る前だ」

「陛下が!?」

「なんだ」

「いえ、なんでもありません」

「でも条件を思い出した時に王家の血筋でも死ぬことがあると聞いて諦めた。クリビアなら胸を突き刺しても俺は死なないという自信があったのに王子にはなかった。おかしいだろう……」


 陛下は自嘲的な笑みを見せて目を伏せた。

 こんなことを私に言うなんて心が弱っているとしか思えない。

 仕方のないことだけど。

 なんとか励まして差し上げたい。


「どうか元気をお出しください。きっとベルナルド王子はもっと素晴らしい両親の方がいいと思ってお隠れになったのでしょう。仲の悪い両親、しかも自分を愛してくれない父親なんて嫌ですもんね。先見の明がおありになったのです」

「……お前……」

「私では陛下をお慰めすることは難しいかもしれませんが、私はどんな陛下であっても陛下から離れません。一生ついて行きます! そして頂いたこの魔剣で陛下とこの国の為に身を捧げるつもりです」

「……はぁ……。そうか、頼もしい限りだ」





 それから三か月後、陛下がナイフで刺され倒れた。



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