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命を救う魔剣(五)

 ***ランス伯爵


 突然やって来た男の斜め後ろには褐色の肌の男が立っていて、その二人の後ろで執事がオロオロしている。


「ロータス国王!」というアスター王子の言葉でその男の正体が分かった。

 やはりそうか。


 クリビアには聞かなかったが、街で会った時にロータス国王だろうとは思っていた。

 野次馬もそんな風なことを言っていた。

 クリーヴとそっくりのクリーヴの父親。

 とてつもなく美しく精悍な、男でも惚れてしまいそうな外見で、銀髪の輝きが目に眩しい。

 クリビアはこの男を振ってよく私と付き合ってくれたと思うと、それこそ前世のお陰としか言いようがない。


 彼はクリビアのベッドに脇目もふらず近づいた。

 彼女を見て安堵の表情を浮かべた彼は、頭を優しく撫でた後おもむろに剣を鞘から抜いた。


「何をするんだ!」


 びっくりして私とアスター王子が同時に彼の腕を掴んで制止した。

 そしてアスター王子が「気でも狂ったか!」と目を剥いて付け加えた。


「離せ。クリビアを刺すわけではない」


 ロータス国王は冷静だ。

 よく見ると彼が握っているのは漆黒の剣。

 これは噂に聞くダキアのリーダーであるロータス国王の魔剣ではないか。

 これで何をしようとしていたのか。


「ロータス国王陛下、これから我々はバハルマに行かなくてはならず、あなたの相手をしている暇はありません」

「バハルマに何しに行くんだ」

「毒消しのノクリスの根を取りに行くのです」

「笑わせるな。その間に死んでしまうぞ。クリビアは俺が救う。ランス伯爵、お前ではなく」


 横目でニヤッとされカチンときた。

 だが、どういうことか聞くと、ロータス国王は魔剣は命を救うことができると言って、その方法を簡単に説明した。


「ならば私が胸を刺す!」


 話しを聞いて威勢よく私がそう言うと、ロータス国王は睨んでいるとも、にやついているとも言えない表情になり私を見据えた。


「お前は死ぬがそれでもいいのか」

「彼女が生き返るならこの命惜しくありません」

「待て伯爵。娘がいるのにそれでいいのか。ロータス国王なら死なないのだから、君が命を懸けることはない。落ち着け!」

「あ……」


 ロータス国王への対抗意識から愚かにもラミアの事を忘れて命を無駄にするところだった。

 私は彼女の事となるとどうも周りが見えなくなってしまう。


「言い忘れたが、この魔剣で命を救えるのはカラスティア王家の血筋の者だけだ。お前が胸を突き刺したところで彼女は生き返らない。死に損だ」

「なんだって? だったら最初からそうおっしゃってください!」


 なかなか意地が悪い。

 ロータス国王はフッと笑うと、魔剣を握り直した。


「引っ込んでいろ」


 真剣な顔に戻ってそう言った彼はクリビアを見つめながら片膝立ちになり、両手で握り締めた魔剣の剣先を自分の心臓に向けた。

 これから彼は魔剣を自分の心臓に突き刺す。

 いくら死なないとはいえ、見ているこちらも緊張する。


 私たちは固唾を呑んで見守り、マリウスは怖いらしく目を瞑った。

 褐色の肌の男もごくりと唾を飲み込む。


 そして目を閉じたロータス国王は息を止めたと同時に魔剣を勢いよく心臓に突き刺した。


 彼の眉間に皺が寄り、グサッという骨と肉を切り裂く鈍い音がした。

 その瞬間、血が飛び出るどころか夥しい玉虫色の光が胸から溢れ出した。


 この美しい光景をマリウスにも見せたくて、未だ目を瞑っている彼の肩を二回ポンポンと叩いた。

 言葉を発する気にはならなかったのだ。

 意味が分かった彼はゆっくり目を開け、続けて口も大きく開いた。


 光はロータス国王とクリビアを包み込んでいく。

 心臓を突き刺している魔剣は徐々に彼の手からその形を崩壊させ消え去っていく。


 なんという奇跡だろう。

 前世の記憶を持っていることなど足元にも及ばない。

 この美しく不思議な光景に感動した。


 光りが消えると褐色の肌の男が彼に駆け寄った。


「陛下! 御無事ですか!」

「ああ、この通り、大丈夫だ」


 彼はゆっくりと立ちあがった。

 胸からは一滴も血は流れておらず、何事も無かったかのように服さえ乱れていない。

 私たちは胸を撫で下ろし、自然と口元に微笑みが浮かんだ。


 ベッドに眠るクリビアを注意深く見ていると、肌が土気色からどんどん健康的な艶のある白い肌に戻っていくのがわかった。

 頬と唇はバラのような赤味を取り戻し、浅い呼吸もぐっすり眠っているような深い呼吸に戻り、なんなら毒に冒される前よりも健康そうに見える。


 少しして彼女の瞼がピクリと動いた。


「ん……」


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