ロータス(四)疑惑
***ロータス
テネカウ神父はシタールの王城に出向く用事があった時、俺が無事にガルシアに着いたことをこっそりクリビアに伝えようとしたらしい。
しかし彼女は俺を逃がしたことがばれて狭い部屋に監禁されてしまい、会うことができなかったと言うのだ。
クリビアは王女なのだからシタールで幸せに過ごしているものとばかり思っていた。
愕然とする俺に、神父はシタールの古くからいるメイドから聞いたことを話してくれた。
「クリビア王女殿下は腹違いの王子から頻繁に暴力を振るわれていたそうです。血筋に対するコンプレックスもあったのだろうとメイドは言ってましたが……。王妃は王女殿下をメイドのように扱っていて、しつけと称して鞭を使っていたとも聞きました」
「なんだって!? 国王は何も言わなかったのか?」
「それが、王妃と王子ばかりを大事にして見て見ぬふりをしていたそうです」
「だから! 娘の結婚式を利用することもなんとも思わなかったんだな! あのくそじじいめ」
「王女殿下はじっと耐えていたと、そのメイドは悔しそうに言っていました」
「殺してやる……」
シタール国王がクリビアの母親である王妃が亡くなってすぐに現在の王妃と王子を迎え入れたのは知っている。
だが二人からそんな酷い扱いを受けていたとは全く知らなかった。
彼女は俺に何も言わなかった。心配させまいとして?
テネカウ神父にその状況を話せば脱獄する時きっと俺と一緒に連れて行ってくれたはず。
なぜそうしなかった!
怒りでおかしくなりそうだ。
一刻も早く迎えに行かなければ。
その怒りはエネルギーに変わり、俺の中で止まっていた時間が急激に動き出すのを感じた。
そして俺がこんな所でぬくぬくとしているのは、ジュリアナに対する気持ちではないことがはっきりと分かった。
クリビアが幸せな状態でいると無意識に思っていたから、どこかで安心して平穏な日常に甘えていたのだ。
自分を正当化するための言い訳ではない。
愚かな日常は終わりだ。
「ロータス様。私は明日からアルマ医師と共にまたシタール王国に行くのですが、何か王女殿下に御伝言はありますか。会えなくてもメイド経由でお伝えすることが出来るかもしれません」
「そうか! なら愛していると、そして必ず迎えに行くから俺を信じて待っていてくれと伝えてくれ!」
「信じて、ですか。私は嘘はつけません」
「貴様……」
冷めた顔で言われて殴りたくなった。この段階で俺をおちょくると言うのか。
「冗談です」
「ふん。……おい、ちょっと待て。今アルマ医師と言ったか?」
「はい」
「彼はジュリアナとバハルマに行っているはずだが」
「いいえ、行っていませんよ。そういえば彼女は今回アルマ医師のお供につかないですね」
***ジュリアナ
バハルマの王城に到着した。
案内の兵士が重厚な扉を開けると廊下があって、私とネベラウ枢機卿倪下はその先にある部屋に通された。
目の前の黒く大きなソファには黒髪に赤い瞳のヴァルコフ国王がゆったりと腰かけている。
親ほど年が離れているのにそれを感じさせないくらいとても若々しくて生気が漲っている。
あとからメイドが一人の男の子を連れてきた。
私の五歳の弟マリウスだ。
マリウスは私に気付いてすぐに走って来た。
「お姉ちゃん!」
「会いたかったわ。元気そうで良かった……」
抱き締めあって再会の喜びを分かち合っていると、ヴァルコフ国王が苛立たしげに言った。
「まだ聞き出せないのか」
「申し訳ありません。ですがあと少しなので――」
「――猶予は無い。早く一緒に暮らしたいだろう?」
国王は私にしがみつくマリウスに射るような視線を向けた。
心臓がバクバクと激しく脈を打ち、マリウスの手を握る私の手のひらが汗で滲む。
「必ず聞き出してみせますのでもう少しお時間を下さい! お願いします!」
「……お前の美貌と身体を持ってしても聞き出すことができないとは。クリビア王女はやはり格別なのだな。子どもの頃の姿しか見たことないが、既にあの頃から美しさは際立っていた」
私の死に物狂いの懇願をよそに、この男は女の事を考えている。
持って行き場のない怒りとクリビア王女への嫉妬心が湧いてくる。
私を苦しめている愛妻家のヴァルコフ国王が賞賛し、ロータス様を虜にしているクリビア王女とは一体どれほどの女性なのだろうか。
見たこともないのに悔しくて、憎い。
するとそれまで黙っていた倪下が話を変えた。
「国王陛下、王妃殿下の具合はいかがですかな」
「おおそうだった。大事なのはそれだ。王妃は良くなったり悪くなったりの繰り返しで、医師どもはなんの役にも立たない」
「では早速儀式の準備に入ろうと思います」
倪下が来たのはバハルマにある神殿で王妃殿下の病気の回復を祈る特別な儀式を行うため。
だけど国王が本当に頼みにしているのは私がロータス様から聞き出す魔鉱石の情報で、王妃殿下に本当に必要なのは魔鉱石らしい。
そして倪下が儀式を行った翌日、王妃殿下の容態が急変してしまった。