慟哭
***ロータス
「さあ、一緒に来るんだ」
「離して!」
連れ去ってしまおう。それしかない。クリーヴは後で連れてくればいい。
クリビアの手を握って待たせてある馬車に乗せようと引っ張ると、メイドがクリーヴを抱いて通りまで下りて来た。
「クリビア様大丈夫ですか!」
その声にびっくりしたのかクリーヴが大声で泣きだした。
するとクリビアは俺の手を強く振り切ってクリーヴをメイドから引き取った。
俺は今さっきまで彼女を連れ去ろうとした衝動的な感情も忘れて、息子をあやすクリビアの慈悲深い美しい顔に感動して見入ってしまった。
赤ん坊の泣き声は周囲の目を引いて、街の人がちらちら見ながら通り過ぎて行く。
馬車近くに待たせている護衛が近づいて来そうになったので戻るよう合図して、恐る恐るクリビアに近づいて泣きわめくクリーヴを覗きこんだ。
俺そっくりな男の子。
愛する女性との間にできた子は誰よりも愛おしい。
今こうやって家族三人が揃っているのにどうしてこのまま共に暮らすことができないのか、どうしてそんな簡単なことが叶えられないのか意味が分からない。
気が狂いそうだ。
ひとしきり泣いたクリーヴが落ち着いてから、クリビアはメイドにクリーヴを託して俺の方を向いた。
少し緊張する。何を言われるんだろう。
「ロータス様。あなたは私を殺そうとした男の娘と幸せになることはできないと仰いました。じゃあどうしてあなたの両親を殺した男の娘と幸せになれると思っているのですか」
「君は何も知らなかったじゃないか。俺の両親のことでまだ負い目を感じているのか? そんな必要はない。最初から無いんだ!」
「アナスタシアも知らないのよ」
「待ってくれ。俺はそもそも彼女を愛していない。君は俺に幸せになるなと言いたいのか?」
「そんなことあるわけないじゃない! でもその相手は私じゃない。お願いよ……私はバハルマにいる時アナスタシアに救われてきたの。生きていられたのも彼女のお陰なのよ。彼女のことをよく知れば、あなたもきっと好きになるわ」
「彼女がたとえ聖女だったとしても俺の気持ちは変わらない。君は何も悪いことをしていないんだから彼女に遠慮するな」
「遠慮で言ってるんじゃない。私はあなたを愛していない!」
「嘘を吐くな!!」
どうしてもアナスタシアとくっつけようとする彼女に怒りが湧いて大声を出してしまい、すぐに反省して口を閉じだ。
クリーヴがまた大泣きしなくて良かった。
気付くと俺たちの周りに人だかりができていて、カラスティアの国王じゃないか? という声に人々がざわつき始めた。
その中から「クリビアさん?」と言う男の声がした。
誰だと思って人だかりに目をやると、大きなずだ袋を下げた男が前に出てきた。
これまでの流れ、そして空気がこの男の登場でガラッと変わるのを感じた。
「誰だ、こいつは」
「この方は……クリーヴを取り上げて下さった医師です」
「どうも、ランス・クライブ伯爵と申します。医師をしております」
「伯爵が医師だと? 本当にそれだけか? まさかこいつとできてるのか」
「変なことを言わないで」
「……」
違うのなら構わないが、どうも嫌な予感がする。
「お困りの様ですね、クリビアさん」
「部外者は黙っていろ」
「伯爵、なんでもないんです。すぐ帰りますからご心配なさらずに」
クリビアはこれだけの人だかりの中では俺に連れ去られることはないだろうと思っているのか、安心した様子でメイドと帰ろうとした。
「待ってくれ」
彼女の腕を優しくつかむと力いっぱい、ともすれば乱暴に振りほどかれた。
血がのぼる。
目の周りがカーッと熱くなった。
ああ、俺は今どんな顔をしているんだ。
彼女は俺を無視して待たせてある馬車にメイドと乗ろうとしている。
その時、ランス伯爵が護衛として付き添うと言った。
何が護衛だ。
俺が馬車を襲うとでも思っているのか。
しかも彼女は少し考えた様子を見せたがそれを受け入れた。
彼を馬車に乗せ、足早にこの場から立ち去ろうとする彼女に心が崩壊寸前になる。
「行くな! なんでそんな奴と一緒に行くんだ!」
叫んでも彼女が馬車から出てくることは無い。
「行かないでくれ! クリビア!」
見物人のざわめきが俺を嘲笑っているように聞こえる。
牢の中から見た星の輝きと同じ。
間抜けな俺。馬鹿な俺。
――『私は……最初からあなたとは別れるつもりだったの』
また君は俺を……。
地面に崩れ落ち、そして呟いた。
「俺を捨てないでくれ……」
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もう何日も食事がのどを通らない。
孤独と喪失感に苛まれ、心の中で何度も「何故?」と問いかける。
これまでの自分の行動全てが意味をなさないもののように崩れ去っていく。
未来への希望が見えない。
本当に終わりなのか……?
半ば無理やりカラスティア王国に連れ帰らされたが政務などやる気が起きず、ずっと部屋に閉じ籠った。